こんなところで?! その2
「……どういうことですか?」
声を抑えたけれど、それはあまり成功しなかったらしい。児玉さんがハッとした顔で振り向いた。
「雪見さん、帰る仕度を……。」
「かすみに必要なのは頼れる男、かすみを守って幸せにできる男だ。けれどキミは……、」
フフン、と鼻で笑う。
「気は弱そうだし、経済力もなさそうだ。」
「見た目で勝手に判断しないでください。」
そりゃあ、金持ちではないけど、生活するには十分だ!
「まあ、料理は上手いのかもしれないけどね。それとも、母性本能に訴えたのかな?」
「黒川さん。」
児玉さんの咎めるような口調も、黒川さんを止める効果はないらしい。
「かすみが俺以外の男を選んだのなら仕方ないと思っていたけれど……、今、ここで彼を見て気が変わった。その程度の男と結婚しても、かすみは幸せにはなれないよ。」
俺、そんなにみすぼらしいか?
そんなに頼りなさそうか?
思わずベンチの3人組に視線で問いかけてしまった。
町田くんたちはその意味を察して、「そんなことないです!」と表情で言ってくれた……と思う。
その間も黒川さんと児玉さんのやり取りは進み……。
「黒川さん、勝手に決めないで。」
「いや、かすみ。俺はちゃんと分かってる。かすみに必要なのは、何の心配もいらない暮らしを与えられる相手だよ。」
「わたし、心配のない暮らしなんてべつに……。」
「俺は、同期の中では出世が早いし、将来は有望だと言われてる。親からもらったものだけど、すでにそれなりの蓄えもある。かすみが仕事を続けたければ、家事をしてくれる人を雇うことだって可能だ。」
「お金で解決できることばかりじゃありません。」
気を取り直した俺が児玉さんより先に言葉をはさむと、黒川さんは馬鹿にしたような目つきで俺を見上げた。
「じゃあ、キミは彼女に何を与えられるんだい? 見たところ決断力もなさそうだし、たぶん、これからのことも、何も決まってないんじゃないの?」
う……、痛いところを……。
しかも、児玉さんのお父さんの了解もまだだし……。
「それは、今、相談しながら……。」
「いや、ダメだな、それじゃ。かすみに必要なのは、彼女を引っ張って導いてあげられる男だ。彼女が何も心配しなくて済むように、代わりに決断できる男だ。キミみたいな優柔不断な男には、かすみに幸せを与えることはできない。」
“できない” だって?!
そんなことない! 絶対にやってみせる!
「俺だって、児玉さんを守って幸せにするつもりです。必ず。」
「無理だ。」
「できます。」
こんなところで絶対に負けられない!
睨み合って会話が途切れたところで、児玉さんが俺の腕に手をかけ、黒川さんに向き合った。
「黒川さん。わたしはもう、黒川さんのことは何とも思っていません。だから、ここで何を言っても、黒川さんとの将来はありません。」
「かすみ……。」
「黒川さんは何もわかってない。2年前に、どうして別れることになったのか、全然わかってない。」
2年前?
2年前なのか?
俺たちがお見合いをしたころ……?
「だけど……。」
「この前の断り方が中途半端だったかしら? ごめんなさい。でも、雪見さんじゃなければ黒川さん、ということではないのよ。それはないの。」
児玉さん……。
「かすみ。」
「ごめんなさい。」
黒川さんが児玉さんをすがるように見つめる。
その視線を、児玉さんは穏やかに受け止めているだけ。
児玉さん。
ありがとうございます……。
「黒川さん。俺、絶対に児玉さんを幸せに」
「勝負だ。」
え?
「キミに、どれだけの覚悟があるのか見せてもらいたい。」
――― 覚悟。
児玉さんを幸せにする覚悟。
「……はい。」
「雪見さん! そんなの受ける必要ないのよ。黒川さん、あなたが勝っても、わたしはあなたとは結婚しません。」
「わかってるよ、それは。俺はただ、かすみが選んだ相手の覚悟を見たいだけだ。」
「わかりました。受けます。」
「雪見さん!」
「勝負の方法は……あらためて連絡する。」
「はい。」
最初はおろおろしていた児玉さんが、俺たちが連絡先を交換している間に諦め顔に変わる。
黒川さんが去って行くと、今度は怒った顔をして、両手を腰に当てて俺を見上げた。
「何考えてるの?!」
「すみません……。」
俺だって、自分で馬鹿だと思う。
児玉さんと俺の気持ちがちゃんと決まっているのに黒川さんの挑戦を受けるなんて、何の意味もないことだ。
だけど、男としてあれを断るわけには行かなかったんだ。
愛する人を幸せにする覚悟を見せろと言われたら、見せなきゃいけないんだ。
「まったく、もう……。」
「すみません……。」
謝ることしかできない。
また児玉さんに、余計な心配をかけてしまう。
……ん?
そういえば。
ベンチを振り返ると、3人組は額を寄せ合ってこそこそと話していた。
「あのう、今の話は黙っててって言ったら……?」
「え、ああ……、そう…だな。なあ?」
「え? 俺? いや、あんまり……。」
「すみません……、自信ないっす……。」
そうだよね……。
生徒たちにしてみたら、先生の新旧の恋人の鉢合わせなんて、ものすごく面白い話題だろう。
正直に言ってくれただけ、さっきよりも信用できる気がする。
「児玉さん。明日、校長先生に話しましょう。」
「うん……、そうだね……。」
児玉さんも、諦め顔でうなずいた。
急な展開になったけど、落ち着いて考えると、隠し事は少ない方が気が楽だ。
「だけど、3人とも、話すのは最低限の相手にしといてくれよ。」
「「「はい!」」」
ああ……。
この調子だと、 “最低限” の相手が何人いるんだか……。
「それから、絶対に勝手な想像は付け加えないこと。」
「「「はい!」」」
無理だな、きっと。
この子たちが言わなくても、どこかで尾ひれがついちゃうんだろうな……。
「ねーねー、雪見サン。勝負の日時が決まったら教えてよ。応援に行くからさあ。」
「来なくていいよ。」
勝っても負けても噂の種になるのがわかってて、キミたちに教えるわけがないだろう?
3人と別れて急いで着替えて戻ると、児玉さんはチームのメンバーと一緒にいた。
一緒にお昼を食べに行くことにしたと楽しそうに笑っている姿を見てほっとする。
生徒たちや黒川さんの登場も、児玉さんにショックを与えるほどではなかったらしい。
車に分乗してファミレスへ向かうことになり、駐車場へと移動。
「あれ? 川島、今日はいいのか?」
「森ちゃんのところに乗せてもらう。お邪魔しちゃ悪いもーん。」
そんなこと、気にしなくていいのに。
このメンバーで集まるときは、川島が俺の車に乗るのが習慣みたいになっていたけど……、まあ、いいか。
「児玉さん。お昼のあと、指輪と式場と、どっちを見に行きますか?」
「どっちでもいいけど……、ねえ、雪見さん。黒川さんのこと、ごめんなさい。」
「児玉さんが謝る必要なんかありませんよ。」
だけど……。
あーあ。
黒川さんは、いったいどんな勝負を挑んでくるんだろう?
それを考えると、ちょっと憂うつだな……。