こんなところで?! その1
――― ん?
あの顔、なんだか見覚えが……。
参加賞を受け取って戻る途中、前から来た3人組に目が留まる。
「あ。雪見サンだ。」
「あれ……、やっぱり町田くん?」
図書委員の町田くんだ。
制服姿じゃないと、だいぶ雰囲気が違う。
そういえば、サッカー部だって言ってたっけ。
ほかの2人にも見覚えがある。
「あ、図書室の。」
「こんちは。」
「こんにちは。」
俺も顔が売れてきたな……。
児玉さんと一緒のところを見られなくてよかった!
「どうしたの? 今日は社会人の大会のはずだけど、助っ人?」
「あ、いや、うちの兄貴が靴を忘れたって言うんで届けにきて、そのまま見てて。」
「ああ、そうなんだ。」
「ねえねえ、ユキちゃんの学校の子?」
川島……嬉しそうだな。
「うん、うちの……みんなサッカー部?」
「「「はい!」」」
ん? 急に反応が良く……こらこら!
川島の胸ばっかり見るんじゃない! 失礼だぞ!
「へえ。可愛いわねえ、こんにちは。あたしたちの高校時代を思い出しちゃうよねえ、ユキちゃん? ちょっとその頭、触ってみてもいい?」
「え、あの、はい。」
川島……、高校生好きか?
あーあ、三人とも赤くなっちゃって。
「わあ、この手触り、久しぶりだわ〜。最近のサッカー少年は、こういう短い髪の毛の子っていないのかと思ってた〜。」
「あ、あの、雪見サンの彼女さん……ですか?」
「あ、いや……。」
「あら、残念、はずれでーす。あたしは高校のときのマネージャー。」
「マネージャーっすか? いいですねえ。うちの部にはいなくて〜。」
「そうなの? じゃあ、今度、お世話しに行ってあげよっか?」
「川島……。」
「うおー、マジで?! いやー、お姉さんみたいな人が来てくれたら、みんな気合い入りまくり!」
どっちも調子に乗り過ぎだよ……。
あれ?
もしかして、こっちに向かって来るのは児玉さん……?
トイレか?
まずい!
「川島。俺、先に戻るから。」
「え? なに、急に? あ。」
気付いたか?
児玉さんとこの子たちを会わせたくないんだよ。
「かすみさーん! どうしたの?」
うわ、川島!
呼んでどうするんだよ?!
「あ、あの、ちょっと。」
児玉さん!
手を振り返さないで!
いや、キミたちは見なくていいから!
「もう一人のマネージャーさん?」
「違うよー。あれはユキちゃんの彼女。」
「あ、ちょっと待っ」
て……、ああ……。
職場には秘密なんだって言っておけばよかった……。
「へえ、雪見サン、彼女いるんだ? あのひと?」
「あ、いや、その、見なくていいよ。」
児玉さん、向こうに戻って!
「そんな、隠さなくても……ん? あれって……?」
「たまちゃん……?」
「あ。もしかして、教えちゃいけなかった?」
川島……。
今ごろ遅いよ。
「わかってるよ〜、たまちゃん。」
口止め料代わりの飲み物を受け取りながら、町田くんが笑う。
「ホントに?」
「俺たち、そんなに口が軽くないよ。なあ?」
「「うん。」」
サッカー部の3人を観覧席のうしろの通路に連れて来て、児玉さんと二人で、俺たちのことはまだ公表していないことを説明した。その理由も。
ベンチに並んで座った3人は、なんとなくニヤニヤしながら、前に立っている俺たちを見上げている。
そんな顔で「口が軽くない」と言われても、まったく信用できない。
「ねえ、でもさあ、いつから?」
「教えない。」
「どっちからコクったの?」
「さあね。」
児玉さんに尋ねても何も教えてもらえないと気付いた3人が、今度は俺に顔を向ける。
「ねえ、お互いに何て呼んでんの?」
秘密を共有している仲間の気分なのか、秘密を握って優位に立っている気分なのか、口調が親しげだ。
「え? 名字で。」
これは隠す必要も何もない。
「なんだよ、つまんねーなー。」
「もう少し仲良しの雰囲気、出した方がいいんじゃないの?」
いやいや、それは君たちに言われることじゃないから。
俺たち、十分に仲良しだし。
「かすみ?」
このタイミングで児玉さんの名前?!
しかも呼び捨て?!
誰だよ?!
俺の反対側の隣から、男が児玉さんの顔をのぞき込んでいる。
10月とはいえまだ暑いのに、スーツをきちんと着込んで。
「やっぱりかすみだ。ここで会うとは思わなかったな。引率?」
そう言いながら、俺と生徒たちをさらりと見回す。
頬骨のくっきりした細い顔に、濃い眉と大きめの目が凛々しい。
背はあまり高くない・・・児玉さんプラス10センチくらい? けれど、堂々として落ち着いた態度が威厳を添えている。
そこで、ハタと自分が体操着のままであることに気付いて、激しい劣等感に襲われてしまった。
サッカー用の青いTシャツと白いハーフパンツでは、威厳とは程遠い。
「黒川さん……。」
黒川?
最近聞いたような……黒川さん?!
もしかして、児玉さんの元カレ?! エリートで、イケメンで、金持ちで……の?
これが本物か……。
だとしても、なんで、今?
「黒川さんこそどうしたの? サッカーはやってなかったと思うけど……。」
「ああ、俺は仕事。今度うちで出したスポーツ飲料のPRの責任者だから。」
スポーツ飲料って、参加賞のあれか?
なんだかお返ししたい気分……。
「みんなかすみの教え子?」
そう言いながら、もう一度、3人組から俺へと視線を走らせる。
口元はにこやかだけど、目はそうじゃない。
児玉さんが自分を断った理由がここにあると察してるんだ。それが俺であることも。
「俺は違います。」
黒川さんは「へえ。」と言うように片方の眉を上げた。
それから、遠慮のない目つきで俺をつま先から上へとゆっくりと点検。
児玉さんは不安そうな顔。
話がどう転がるのか、生徒の前で軽く流せるのかと心配しているんだろう。
「ああ、そうなの? 悪いね、高校生かと思ったよ。」
言葉の裏に “頼りなさそうなヤツ” という意味が隠されているのが分かる。
余裕あり気な表情が不愉快だ。
「同僚の、雪見です。」
「黒川です。かすみとは長い ―― 大学時代からの知り合いでね。」
もう関係がないくせに、「かすみ」って呼ぶな!
図々しいヤツだな!
「あ、あの、黒川さん、雪見さんは今から帰りの支度を……。」
「かすみ。手料理を食べさせてくれるっていうのは、こいつ?」
初対面なのに、こいつ呼ばわりされた?!
腹立ちを顔に出さないように努力している俺の前で、児玉さんは「最悪。」という表情。
ベンチの3人組はお互いに目配せをしている。
どうも、気を利かせてここで退席しようとはまったく思わないらしい。
それを見たら、急に覚悟が決まった。
「そうですよ。先月も2回ほどご招待しました。」
そう答えて、腕組みしてなるべく堂々と見えるように立ちながら、黒川さんの視線を受け止める。
町田くんたちの目が、これからの展開を期待してきらめいた。
児玉さんは俺に、黙っているようにと視線を送って来た。
「黒川さん、それは黒川さんには関係がないことでしょう?」
「いや、あるよ。」
「なんで?」
「俺の方がかすみを幸せにできると思うから。」
!
「は?」
児玉さんが呆れている。
けれど、俺は黒川さんの一言 ―― はっきりと挑戦してきた一言に、頭に血が上った。