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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
90/129

9月終了。


9月の後半は忙しくて、あっという間に終わってしまった。



21日の日曜日には、児玉さんと一緒に新しいショッピングモールに指輪を見に行った。


彼女が言っていたハワイアンジュエリーは繊細で美しいものだった。

説明を聞きながら見ているうちに、エンゲージリングではなく結婚指輪として買おうと意見が一致して、エンゲージリングはあらためて見に行くことにした。

その代わり、今回はお互いの誕生日のプレゼントとして、その場で持ち帰れるペアのペンダントを買ってきた。

ホワイトゴールドのペンダントトップ2つを並べると、波と花の模様がつながるようになっている。

俺は今までアクセサリーなんて身に付けたことがないけれど、お守りの意味もあるというので、次の日から首にかけている。

でも、誰かに気付かれると恥ずかしいので、クールビズの日程は残っていたけれど、その日からネクタイをしていくことにした。


翌週は児玉さんも俺も忙しく、結局、9月中にはエンゲージリングを買いに行けなかった。

でも、彼女の意志は確認できているし、急ぐ必要もないだろう。




図書室は、夏休みから続けて勉強に来ている生徒が15人くらいになり、そこにテスト前でやってくる生徒が加わり、放課後の学習コーナーの利用は1か月で400人にのぼった。

本の貸し出しは、夏休みの読書課題がきっかけになって始めた生徒が増えた。その付き添いで来る生徒も。

さらに国語科で1、2年生におこなった授業の関連で資料を利用する生徒や、昼休みや放課後に自由席で一息ついたり待ち合わせをしたりする生徒もいる。

昼休みと放課後以外にも顔を出す生徒も増えた。


とうとう図書室が生徒に認知された! と実感できた月だった。


もちろん、先生たちの努力と協力があったからこそだ。

夏休みの読書課題のプリントや授業での利用がなければ、これほどまでにはならなかったはずだ。

それに、児玉さんは受け持ちのクラスや家庭科の授業で、ことあるごとに図書室の話題を出してくれているらしい。


さっき集計したら、9月の利用者数は延べ二千二百人を超え、去年の9月の6.8倍にもなった!

でも、累計5倍までは……やっぱり厳しい。

とにかく頑張らないと。


夏休み前とは打って変わって賑やかになった図書室に一番驚いたのは図書委員たちだった。

カウンターでおしゃべりをしている暇がなくなり、返却される本は以前の倍。

俺も手伝っていたのだけれど、月末になると、授業の影響で資料探しの相談が入るようになって、彼らに任せるしかなくなってしまった。

ときどき、「忙しいんですけど!」なんて愚痴を言っている委員さんもいたけど、みんなサボらないで来てくれてほっとしている。




月末の文化祭では、ボラ部のおはなし会を見に行った。

練習を見たり、相談に乗ったり、たくさんつながりがあったので、自分の教え子が発表するような気がして緊張してしまった。


室内の飾りつけは女の子らしい思い付きで、色画用紙と折り紙で野原のようになっていた。

クマの指人形との掛け合いも上手だったし、絵本もよく読めていた。

お客さんがけっこう来てくれたので、みんな嬉しそうだった。

とにかく、本人たちも楽しんでできたことが一番良かったと思う。


結局、2日間の4回すべてを見に行くことになり、終了後は彼女たちがわざわざ司書室にお礼を言いに来てくれた。

お礼を言いながら、彼女たちは感極まって泣いてしまい……まあ、児玉さんがその場にいなくてよかった。






「……よし、できた。」


大きなカラー刷りのポスターと、A4サイズの白黒のチラシ。

新しい企画、『昼休みブックトーク』のポスターだ。

10月から、第1、3火曜日の昼休みに、生徒を集めて本を紹介する予定。


お客さんはそれほど多くはないかも知れないけど、生徒たちがあまり気付かない分野の本を紹介する予定でテーマを決めてある。

歴史、伝記、科学技術、外国文化……。

面白く書いてある本も多いし、物語には興味がなくても、こういう本は好きだという生徒もいるはずだ。

とにかく5倍達成のために、何か始めてみなくては……。


「ああ、できたんだね。」


各クラスに貼ってもらうチラシを持って職員室に行くと、坂口先生が声をかけてくれた。


「はい。会議でお伝えしたとおり、クラスの連絡箱に入れておきますので、よろしくお願いします。」


「うん。……だけど、雪見さん。そんなにやらなくても大丈夫じゃないの?」


「え?」


「ほら……、4月に話した “利用生徒数3倍” のためなんだろう?」


「あ、はあ、まあ……そうです。」


さすがに自分の将来がかかっているとは言えない……。


「だったら、今のペースなら十分に達成できるんじゃないかな? 普段の人数が増えてるだけじゃなくて、授業で利用する分があるしね。」


「ええ、まあ、そうかも知れませんね……。」


「先月から仕事も忙しくなってるだろう? 無理して体調を壊したら困るよ。まあ、もう決まったことだから、今さら言っても仕方ないかも知れないけど。」


「はい。ご心配していただいて、ありがとうございます。」


「うん。何かあったら相談に乗るから、無理はしないようにね。」


「はい。」


うーん……、坂口先生って、結構優しいんだな。

3年生はいよいよ本格的に入試が始まっているから、先生たちも忙しいのに。



でも、たしかに忙しい。

特に授業で利用すると、資料探しの相談が一気に増えるから、これは仕方がないことだ。

最近は書架整理の時間がなかなか取れなくなった。

遅くまで残る日が増えて、図書館や書店まわりの回数も減った。

児玉さんに夕食を作る計画も、たった2回しか実行できないでいる。

今日だって、もうすぐ8時だ。



そういえば、児玉さんは今日は帰ったのか?


職員室にはいない。

けど、机の足元に俺の弁当箱の袋がまだあるな。

一緒に帰りたいけど……無理だよな。

まあ、明日の誕生日は、一緒に食事に行く予定だから……。



連絡箱にチラシを配り終え、図書室に戻りながら思い出した。

今度の日曜日はフットサルの試合がある。

しばらくは天気も良さそうだし、体を動かすのは気晴らしになるだろう。

みんなに会うのも合宿以来だ。


――― そうだ。


児玉さんも一緒に行かないかな?

みんなに紹介したい、結婚相手だって。

どうせ試合はすぐに負けちゃうだろうから、そのあと指輪か式場を見に行けばいいし。


うん。

今夜にでも訊いてみよう。


「あ、お邪魔してます。」


児玉さんの声?


見回すと、書架の間で手を振っている。

最近は、先生たちが図書室に来ることもしょっちゅうだ。


「どうぞごゆっくり。」


校内で児玉さんと会話をするのもだいぶ慣れた。

不思議なことに、児玉さんとの関係が確定してから、前ほど照れくさくない。

ほかの人たちに隠さなくちゃならないのは同じなのに、どうしてだろう?


「雪見さん。ちょっといい?」


「はい。」


どこだ?


ああ、2列目の通路の奥。

踏み台に乗って。

一番上の棚?


「届きませんか?」


「ええと……、これ。」


「ああ、はい。これですね……、どうぞ。」


「ありがとう。……うふふふ。」


笑われてる?

何か変か、俺……?

服に何かついてるとか?


……わからないな。


「何か?」


まだ笑ってる。

どうして……?


「今、踏み台に乗ってるんだよねー。」


踏み台?

そんなもの、ここには何個も……って、まさか?!


「あ、あの、児玉さ、先生?」


その目つき!

俺の想像、間違ってないのか?!


「こっ、児玉先……生。あの、ここは俺の、仕事場で……その、明るいし、誰か来る、かも……。」


「じゃあ、ちょっとだけ。じっとしてて。」


肩に手が!


「え、あの。あ……。」


そんな。

ダメです。

落ちますよ。


「ん。」


鼻の頭に?!


なんか……ものすごく恥ずかしい!!

ホントに誰もいないよな?!


「司書さん。この本を借りたいんですけど。」


「あ、は、はい。今すぐ。」


「……ねえ。」


「はい?」


「下ろして。」


え?!

そんな高さじゃないですよね?!


「は、はい。」


ええと、一旦この本をどこかに置いて……って! 素直に引き受けてる俺も俺だよ。でも可愛いし。

もう混乱しちゃって……うわ、児玉さんに触っちゃったよ、学校で。

誰も来ないでくれ!

ああ、このまま抱きしめたい……。


「え、と、じゃあ、カウンターに……。」


「ねえ、雪見さん。」


うわ、またそんなに近付いて?!

あ、内緒ばなしですか?

今さら内緒ばなしって、意味あるのか……?


「今日、一緒に帰ろ?」


え?!


「駅で待ち合わせて、偶然一緒になったことにすれば大丈夫だよ。あと15分くらいで出られる?」


「は、はい……。」


偶然一緒になったことにしても、俺は普段どおりでいられるのだろうか。

どうか、誰にも会いませんように……。


……あ!


こんなことがあったら、これから児玉さんが図書室に来るたびに気になっちゃうじゃないですか!

もう……、困りますよ!








長いおはなしにお付き合いいただき、ありがとうございます。


ここまでで、「九月の章」は終わりです。

次回から「十月の章」に入ります。

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