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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
2 作戦開始
9/129

児玉さんと体重計


児玉さんは、忘れていなかった。

飲み会の翌朝、駅で会った彼女が最初にしたのは、俺が昼用に買った品物のチェックだった。


今日はグレーのスーツ姿。

きちっとして凛々しいけど、前髪を斜めに留めてぱっちりした目の顔は、やっぱりたまごさんだ。


「やきそばパン、メロンパン、コロッケサンド、唐揚げ……。炭水化物と油。」


……教科は家庭科だったな。


「野菜がありませんね。」


「ええと、コロッケの中身はジャガイモですけど……。」


睨まれた。

衣付きで揚げてあったらダメ?


「ちょっとお聞きしますけど、」


「……はい。」


「お夕飯のお弁当は、もしかして2つとか?」


「よく分かりますね! ひとつじゃ物足りなく……て。」


呆れられてる?


「あの、でも、俺、体が大きいし。」


ああ、ため息つかれちゃったよ……。


「まあ、とりあえず、帰りに家まで歩くのを続けてみてくださいね?」


優しい先生の笑顔。

たまごの笑顔だ。


「はい。」


こんな笑顔で言われたら、言うこときいちゃうよなあ。

いいなあ、一年生。




今日は2、3年生の始業式。

各クラスでの顔合わせのあと、全体集会で新職員として俺も紹介される。


紺のブレザーの制服姿が並ぶ体育館で、新しく来た先生たちのうしろについて演壇に上る。

生徒の視線が自分に集まっているような気がするのは、この体型についての劣等感からだろうか?

隣の先生は、年配の細くて小柄な女性だから余計に目立つ。


「司書の雪見(ゆきみ)(しゅう)さん。」


副校長先生の紹介に合わせて頭を下げると、生徒たちの中からくすくす笑い。

やっぱり笑われてる……。

前の学校で新人として紹介されたときには、もっと好意的な反応だったのに。ショックだ。



――― やっぱり歩くか。



図書室で生徒を迎えるためのチェックをしながら心が揺れる。


カウンター横のドアは、生徒が(先生も)入りやすいように開けておくことにした。うるさかったら閉めればいい。

廊下の壁に図書室マップと新しく入った本の紹介を貼った。


入ると左側にカウンター、右側に自由席(と呼ぶことにした。)。自由席横の壁面には文庫本。

自由席と学習スペースのあいだには奥の書架への通路。



――― でも、帰りに上り坂はキツイな。



窓側の学習スペース。

書架側に10人席が2列、次が6人席、そして4人席が2つ。

生徒が背中合わせに座っても、比較的ゆったりしているはず。



――― だけど、バスに乗るところを児玉さんに見つかるのもナンだし。



フロアの中央あたり、10人席と6人席の長さの違いでできたスペースに新しい本、雑誌、新聞のコーナーを入り口に向けて配置。

高さが低いから視界が遮られないし、可動式なので、使い勝手が悪ければほかへ移せる。


通路を進んだ最初の書架の側面にも図書室マップ。

ああ、この分類の表示も字を大きく作り直そう。それから…。



――― あ。もしかしたら、また児玉さんと一緒に帰れるかも?



この自由席、もう少し可愛い雰囲気にならないかな?

小物でも置いてみるか?



――― うん。児玉さんと一緒なら、歩くのも楽しいな。



「雪見さん。」


児玉さん?!


「は、はい!」


開いた入り口の前でにこにこと手まねき。

なんていうタイミングだろう!


そうか。

児玉さんは1年生の担任だから、生徒が来るのは明日からだ。

俺に用事? なんだろう?

児玉さんの笑顔に、ちょっと楽しい気分。


「保健室に行きましょう。」


「保健室ですか?」


「はい。」


保健室は、この棟とA棟がぶつかった1階にある。

近くだし、めんどうではない……けど。

楽しい気分が一気に不安に変わる。


「堀内先生、おじゃましまーす。」


「失礼します……。」


「はい、いらっしゃい。体重計はそこよ。」


すでに打ち合わせ済み?

体重計ってことは、俺を痩せさせる計画の一環か……。


「じゃあ、乗ってみて。」


……乗りたくない。児玉さんの前では。


「あ、恥ずかしい?」


「ええ、まあ。」


「ああ、じゃあ、あたしが見てあげる。児玉先生、交代。」


いや、やっぱり同僚の……と思うと堀内先生でも……。


「ほらほら、恥ずかしがらなくていいから。もたもたしてると誰か来ちゃうよ。」


え?! それはもっと嫌だ!


「ええと……、」


デジタルの数字は88.4。

ああ、やっぱり増えてる……って、児玉さんに教えないでください!

二人で顔を見合わせてヒソヒソと話しているのは、当然、俺のことだよな?

ああ、なんだか落ち着かない。背中がむずむずするような。


と。

児玉さん、眉間にしわが寄ってますよ……。


「雪見さん、家に体重計ある?」


「……いいえ。」


「じゃあ、毎日、ここに体重を量りに来て。」


「え?」


それは命令ですか?


「決まった時間がいいよね。朝? 堀内先生、どうですか?」


「そうね。一時間目が始まったころなら生徒や先生がいないことが多いかな。あたしが見てなくてもいいんでしょ?」


俺に拒否権は? ……ないんですね。


「あのう、毎日、ですか?」


「「そうです。」」


二人が “当然” という表情で俺を見る。


「もともとは何キロくらいだったの?」


堀内先生の質問。


「あ……、75キロくらいです……。」


「いつ?」


「2年前くらい……。」


「2年で13キロ! 増やし過ぎだよ!」


「はい……。」


積極的に増やしたわけじゃないんですけど。


「このまま順調に行ったら糖尿病とか高血圧とかにも……。」


「やだなあ。脅かさないでくださいよ。」


「脅しじゃないよ。」


そうなのか?

この年齢で糖尿病? 高血圧?

食事制限とか?


絶対にいやだ!!


「量りに来るだけでいいんですか?」


「書いておいてくれればあたしがグラフにして……」


「いっ、いえ! グラフは自分でやります!」


増える一方だったら困るし!


「ホントに〜?」


児玉さん、怖いです……。


「はい。やります。」


「見せてもらいますよ?」


う………。


「はい……。」


やるしかないのか。






「毎日、体重を量るだけでも、けっこう効果があるんですよ。」


保健室を出ながら児玉さんが楽しそうに言う。


「そうなんですか?」


「わたしもそれで太らないようになったんだから。」


「え?」


児玉さんが「太らない」って……?


「わたしね、高校から大学1、2年にかけて6キロくらい太ったの。身長は155センチなんだけど、この身長で6キロって、けっこうすごいんだよ。」


そうかも。


「家庭科って栄養とか健康とかも扱うのに、自分がこんな状態だったら生徒のお手本にならないと思って、いろいろやってみたの。でも、飽きちゃうのよねー。」


「わかります。」


「でも、これだけは続けられるの。お風呂上りに体重計に乗るだけ。」


お風呂上り……バスタオル1枚?

いやいや!


「ええと、それだけで痩せるんですか?」


「気持ちの問題かな? 現実を直視すること? “このままじゃまずい” って脳に刷り込まれて、自然と食べるものが変わったり、体を動かしたりするようになるみたい。減ってくると、今度はやる気が出るし、減ったあとは、増え始めたらすぐに気付くから傷が浅くて済むの。」


へえ。


「まずは、記録をちゃんと付けてくださいね! じゃあ、わたしはこれから打ち合わせがありますから。」


あ。

隙間の時間にわざわざ?


「ありがとうございました。」


こんなに心配してくれるんだから、当事者の俺がやる気のないままでは申し訳ない。

帰りに歩くことも、毎日体重を量ることも、たいしたことじゃないんだからやってみよう。

効果があったら、児玉さんが喜んでくれるだろうし。


あの笑顔が見られるなら、頑張る甲斐があるな。







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