決まらない予定
「来年の春に結婚するっていうのは決まりですからね。」
「・・・はい。」
遊園地の帰りに寄ったサービスエリアのフードコート。
カウンター席の端っこで一息つきながら、これからの予定を確認する。
車の中で「計画的に」と話しているうちに、考えてみたら、春までの半年のあいだに、やらなくてはならないことがあることに気付いたのだ。
春に結婚することは、絶対に動かしたくない。
それ以上待つのは嫌だ。
そこの部分だけは、児玉さんにはっきりと伝えた。
「式場の予約、新居探し、結納? ・・・の前に、児玉さんのご両親に許可をいただかないと。」
「え? うちにはあいさつは済んでるってことでいいんじゃない?」
「いえ、ダメですよ! そうだ、どうしよう? 5倍の約束もあるし・・・。」
最終的に達成できるのが来年の3月だったりしたら、春に結婚は無理か?
いや、もしも達成できなかったら・・・?
「どうしましょう、児玉さん! もしも、5倍が達成できなかったら?!」
この話は終わり?!
そんなの嫌だ!
「ねえ、雪見さん、そんなに気にしなくても・・・。」
「いいえ! 約束したからには頑張らないと。ああ、どうしよう? 親同士の顔合わせとか、結納とかも・・・。」
「もう。そんなに悩むなら、どうしてあんな約束をしたの?」
「だって、児玉さんと結婚するには、あれしかチャンスがなかったんです。児玉さんと結婚できるなら、どんなことでもやります!」
「わ、わかった。わかったけど、雪見さん、声が大きいよ。」
あ・・・。
「あのね、それは落ち着いて考えようよ。今までの実績と、これからの見込みをちゃんと計算して、それから考えよう。ね?」
「・・・はい。」
明日、学校に行ったら、早速これからの予定を入れてみよう。
足りなかったら、俺ももっと積極的に動かないと。
「それよりも、わたしが雪見さんの家に行かなくちゃ。」
「ああ、うちは後回しでいいです。お見合いで会ってますから。」
「え、でも、それは2年前だよ。」
「夏休みに話したときも、反対してませんでしたから大丈夫です。」
「いえ、そういうものじゃないでしょう?」
「平気ですよ。それより、やっぱり児玉さんのご両親が先です。だけど、5倍の約束があるからなあ・・・。」
「またそこに戻っちゃうのね・・・。もういいや。それ以外のことを考えようよ。」
そうだな・・・。
あ、大事な物が!
「指輪です!」
「ああ、そうね。」
「そうです、指輪ですよ。とにかく早く、口約束じゃなくて正式な約束にしないと。そうだ! 来月の児玉さんの誕生日に贈ります!」
「え? 指輪を? 10月1日だけど、間に合う?」
約2週間?
「間に合うんじゃないですか?」
「指輪は選ぶだけじゃなくて、そのあとにサイズを直してもらうんだよ。」
「え?」
「一週間くらいでできるのかなあ? 今まで指輪は買ったことがなかったから・・・。」
「じゃあ、今週の帰りに見に行きましょう。」
「今週は試験前で忙しいよ。」
そんな!
「じゃあ・・・、今度の土日ですか? でも、何軒も見て回ったりするんですよね? その日には決まらないかも・・・。」
「もう、雪見さん! そんなに拗ねた顔しないの。」
だって・・・。
そうやってほっぺたをつついたって、行けないんじゃ・・・。
「うふふふ、わかりました。そうね・・・、水曜日は遅くならないようにする。」
「絶対に、ですよ。」
「はいはい。でも、その日に決められなくても拗ねないでね?」
「はい。児玉さんが気に入ったものに決めてください。」
時間を作ってくれるんだから、いいや。
「あ。ねえ、学校にはいつ報告する?」
「・・・あ、そうですね。」
校長先生には、さすがにギリギリってわけには行かないよな・・・。
「春に結婚するんでしょ? だとすると、わたし、来年はほかの学校に移った方がいいよね?」
「ああ・・・そうですね・・・。」
淋しいけれど、結婚すれば仕事以外は一緒にいられるんだから仕方ないな。
「異動の予定もあるから、年末には校長先生には言わないとね。そのときに、ほかの先生方にも、かな?」
「まあ、そのくらいですよね。」
それまでは・・・秘密だよな、伊藤先生たちみたいに。
生徒たちに知られると、何を言われるかわからないし。
「あとは?」
「ええと・・・、式場、新居、指輪、職場・・・。早く動かないといけないのは・・・式場ですか?」
「そうね・・・。日取りと人数? でも、親の都合が分からないうちにはちょっと・・・。」
「ああ・・・、そうですよね・・・。」
「まあ、来月に入ったら、下見だけでもしようか。予算も何も分からないしね。」
「はい!」
これからは土日も忙しくなりそうだ!
でも、児玉さんと一緒にいられる。
ああ、もう、幸せだ〜♪
「くくくく・・・。」
?
笑われてる?
「何ですか?」
「ふふ。雪見さんて、心の中が顔に出るひとだなあ、と思って。」
「え、そうですか?」
「うん。特に嬉しいときはね。」
嬉しいとき・・・。
「じゃあ、児玉さんと一緒にいるときは、いつもそういう顔をしてるんですね。」
「わたしだけじゃないよ。」
う、そうなのか?
児玉さんは焼きもちさんだから、気をつけよう。
「うふふ、分かりやすくていいよね。拗ねてるときは特に便利だよ。」
「拗ねてるときですか?」
「そうだよ。だってね、」
肩に手が。
内緒ばなし?
「甘やかしてあげるタイミングがわかるでしょ?」
あ、甘やかして・・・って・・・?
え?
たとえば、どんなふうに?
頭をなでてくれたりとか?
ほっぺたをつん、とか?
ぎゅうっ、とか、チュッ、とか、それとも・・・あ〜!
児玉さんが耳元でそんなこと言うから、想像が具体的すぎて!
しかも、児玉さん、ちょっと寄りかかり気味かと・・・。
「こ、児玉さん、あの・・・。」
「くくく、やっぱりね。」
・・・は?
やっぱり?
「こういう場所だと恥ずかしいんだね。」
「・・・はい。」
人前で仲良くするのは恥ずかしいです。
「ふふふ。」
そうやって俺を笑ってればいいですよ。
・・・また内緒ばなし?
「可愛い♪」
!!
「ふふふ、耳まで真っ赤だよ。」
あ〜、もう!
俺が何もできないと思って!
そうだ!
「児玉さん?」
「なあに?」
「さっき、本気で疑ってたんですか?」
「・・・え?」
「髪留めのこと。」
「・・・ああ、あれか。うーん・・・、どうかな・・・。」
すぐに返事ができないところを見ると・・・。
「ふふっ。もしかしたら、ちょっと困らせようと思っただけかも。」
やっぱり。
「でも、やっぱりちょっと疑った。」
「あ、そう・・・ですか・・・。」
俺、疑われるような男ってこと・・・?
「雪見さんって、いきなり行動に出ることがあるから。」
いきなり行動に・・・?
そんな、危ない。
「で、でも、児玉さん。俺、相手は選んでますよ。」
“だれかれ構わず” ではありません!
「くくく・・・。わかりました。わたしが警戒していればいいのね?」
「まあ・・・、そうですけど・・・。」
できれば、あんまり警戒しないで欲しいです。
せっかく児玉さんの気持ちが分かったのに、隙がなくっちゃ何もできないですから。