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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
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責任の取り方


「ねえ、雪見さん。わたしたち、 “結婚を前提としたお付き合い” はしたのかな?」


昼食のあと、今度は水路の上を流れるコースターへと向かいながら、児玉さんが言った。


「え?」


「ほら、よくそんなこと言うじゃない?」


たしかに・・・。


「今から半年ありますよ。」


「今からは、 “婚約期間” に入るんじゃない? 結婚の約束をしたんだから。」


「そう言われれば、そんな気も・・・。じゃあ、さっきまでですか?」


「さっきまでは、雪見さんの希望にわたしが返事を保留にしていたから、 “お付き合い” って言えるのかどうか・・・。」


そう言われてみると・・・。

考えれば考えるほど混乱してくる。


・・・・・・?


「児玉さん?」


「なあに?」


「そういう区分けって、どうしても必要ですか?」


「さあ?」


「え?」


「ちょっと言ってみただけ。うふふふ・・・。」


まったく・・・。


まあ、いいですよ。

俺たちの時間をどう呼ぼうと構いません。

最終的に、児玉さんが俺と結婚してくれることに変わりはないんですから。


「あ、でも。」


「なんですか?」


「 “婚約” は、違うかも。」


「違うって、どんなふうに?」


「結納をしたり、指輪をもらったりしないと、正式な婚約とは言わないのかもよ?」


え?!

だとすると・・・。


「それは大変だ! 児玉さん、もう帰りましょう。」


「え? 急に?」


「指輪を買いに行きましょう、今から。」


「今から・・・?」


「だって、さっきの返事はただの口約束だって言うなら、一刻も早く正式にしないと。」


「・・・雪見さん。」


「はい?」


「そんな言い訳しても無駄だよ。」


・・・う。


「今日は絶対にあと3つ乗るんだから。」


ダメか・・・。


「・・・と思ったけど。」


え?

指輪へGO?


「まずは、お化け屋敷に行くことにする。」


「は?」


お化け屋敷へGO・・・?


「ええと・・・、今からですか?」


「そう。」


「どうしても?」


「うん。」


児玉さんは “当然でしょ?” という顔をしている。

でも、俺は怖いのに・・・。


「どうして・・・?」


今、俺は猛烈に情けない顔をしているに違いない。

そんな俺の肩に児玉さんが手をかけ、耳元で囁いた。


「だって、手をつなぎたいんだもん。」


「え、あ、え・・・?」


「ね? 行こ?」


思いがけない答えと可愛らしく首をかしげる様子に、思わずこくこくと頷いてしまった。

それを見てにっこり笑うと、児玉さんは園内マップを取り出して位置を確認しはじめる。

ぼーっとしたままそれを見ていて、ふと気付いた。



べつに、お化け屋敷じゃなくても手はつなげるはずだ。



歩きながらだっていいじゃないか。

俺、嵌められたのか?


俺の気持ちにお構いなしに、彼女が笑顔で指をさす。


「あっちだよ。」


・・・まあ、いいか。

怖かったら児玉さんにしがみついてしまおう。置き去りにされたら困るし。


行こうって言ったのは児玉さんですから、責任とってくださいね。





――― たしかに児玉さんは、責任をとってくれた。



お化け屋敷ではがっちりと手を握っていてくれて、驚いて滅茶苦茶に走りだしそうになる俺をひたすら引っ張って、出口まで導いてくれた。

その勢いで手をつないだまま、予定の残り3つの絶叫マシンを渡り歩いた。


さらに、楽しくも恐ろしい時間の連続でまともに歩けない俺の代わりに、帰りの車の運転をすると言ってくれた。


「大丈夫だよ、安全運転だから。この前の北海道旅行で、レンタカーを運転したのはわたしだもん。」


たしかにそれは聞いていた。

ペーパードライバーだと思っていたけど、先月運転したばかりなら大丈夫かも。

7月に実家に帰ったときにもやったというし、船酔いのように頭がフラフラしている俺が運転するよりも安全かも知れない。

もうすでに暗くなってきているし、家までは距離がある。

夕食をサービスエリアでとるとしても、帰り道で渋滞にあう可能性を考えると、出発時間を遅らせるのは避けた方がいいだろう。


「じゃあ、お願いします。ゆっくりでいいですから。」


「任せといて!」


児玉さんが自分で請け合ったとおり、駐車場から道路に出るまでの間、その運転は落ち着いていた。

俺とナビの指示に従いながら高速道路へと向かう間も、慌てることもなかった。

高速道路に入ったあとの合流もスムーズで、渋滞もないことにほっとした。



けど。



「・・・児玉さん。スピードを出し過ぎでは・・・?」


「え? そうかな?」


そうかな・・・って、そうですよ!

前の車がどんどん近付いて来る・・・じゃなくて、こっちが近付いているのだ。


「児玉さん、前の車に近過ぎます。」


「そう? じゃあ・・・。」


車線変更?

だけど、前後の車の間隔が・・・行くんですか?! ホントに?! うわ!


怖い。

絶叫マシンよりもっと。


「こ、児玉さん。急いで帰らなくていいですから、もう少しゆっくり・・・。」


「え? 急いでないよ。でも、高速道路だから。」


高速道路だからって、ほかの車を追い越す必要は・・・。


「児玉さん、前の車が・・・。」


「変だなあ。どうしてこんなにどんどん近付いちゃうのかなあ?」


「スピードが速いからですよ!」


「え? そんなことないよ。」


いや、明らかに速い。

その証拠に、隣の車線の車をどんどん追い越している。

ジェットコースターの乗り過ぎで、速さの感覚が狂っているんじゃないか?


「あの、児玉さん、スピードメーターを確認して、う、あ。」


また車線変更?!

怖い!


「児玉さん。あの、次のサービスエリアに入ってください。」


これ以上、児玉さんに運転されたら、心臓が止まってしまうかも知れない。


「あ、もしかしてトイレ? じゃあ、急いで・・・。」


「いいえ! トイレじゃありません! 急がなくてもいいです!」


これ以上、急がないでくれ!


「ええと、サービスエリアに入るには左車線に・・・。」


「児玉さん、サービスエリアはもう少し先ですから、車線変更は今すぐじゃなくても・・・うわわわわ。」


また前の車に近付いてる〜!


「あの、児玉さん、アクセルを緩めてみては・・・?」


「え? ああ、そうか。」


「そうか」 ?

「そうか」って言いました?

今、気付いたんですか?


「あ、サービスエリアの標識だ。左に寄らなくちゃね。」


寄るって言っても、車線を移るときには前後の間隔を・・・よく見て! 大丈夫か?!

ああ、後ろの運転手さん、すみません・・・。



児玉さん、どうか、どうか無事に、サービスエリアまで行き着いてください。


せっかく結婚の約束をしたんです。

添い遂げるなら、あの世じゃなくて、現世でお願いしたいです。







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