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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
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やっと。


「今度はねえ・・・、あれ、あれなの!」


児玉さんが楽しそうに俺を振り返り、サイドステップで進みながら指をさす。

その先には、複雑な知恵の輪みたいな形をしたコースターのレール。


「児玉さん、すみません。俺、まだちょっと脚が・・・。」


たった今、落下型のアトラクションから降りてきたばかり。

なのに、児玉さんはまたあんなものに乗ろうとしている。

今の俺にできることは、ゆっくり歩いて、少しでもダメージから回復することだけ。



9月14日、日曜日。

児玉さんの希望どおり、はやぶさランドにやって来た。


きのうは児玉さんが用事があったので、夕食を一緒に食べに行っただけ。

一番近くのファミレスだったけれど、二人でいられる時間は楽しかった。

もちろん、「おやすみなさい。」は忘れずに。

そのあとのアイスは、言い出せずに終わってしまった。


今日は目的地が遠いので、朝早く出発した。

おかげで開園とほぼ同時に入園できたのはよかった。児玉さんにとっては。

行列が長くなる前に、一番人気のアトラクションに乗れたのだから。

俺にとっては、ラッキーとは言い難い部分があるけど。


今日の児玉さんはカーキ色の七分丈のパンツに踵の低いエスパドリーユを履いている。動きやすさを重視した服装に違いない。

そこに、ヒラヒラした淡いピンク色のトップス。銀色の小さなペンダント。

まわりの若い女性たちはもっと脚や胸元をたくさん出した服を着ているけど、俺には児玉さんが一番かわいく見える。


俺はジーンズに黒のVネックシャツと水色のシャツを羽織っているだけの、ありきたりの組み合わせ。

けれど、春に比べると、腹周りがすっきりした分、前よりも若く(年齢相応に?)見えるようになった気がしてほっとしている。



児玉さんはここに着いてからずっと、園内地図を見ながらアトラクションからアトラクションへと俺を引っ張って走りまわっている。


「雪見さんも、思い切って声を出せばいいんだよ。その方が怖くないんだよ。」


「そう言いますけどね、乗っているあいだずっと変な重力がかかっていて動けないじゃないですか。落ちるときには内臓が浮いて来るような気がするし。」


絶叫マシンの恐ろしさは、分からない人には分からないらしい。


今回、あらためて気付いたのだが、隣に児玉さんが乗っていると余計に怖いのだ。

おそらく30キロくらい体重差がある児玉さんと俺が、同じ安全装置でほんとうに大丈夫なのかと思ってしまうからだ。

30キロといったら、10キロの米の袋3つ分。ものすごい差だ!

そのうえ、小柄な児玉さんはすっぽりと座席にはまってしまうけれど、俺は体がはみ出している気がする。

要するに、俺には強制的に怖さのオプションがついてくるのだ。不公平だ。


最初のコースターでは、児玉さんは途中で、吹き付ける風で乱れた服の肩のあたりを直していた。

それが視界の隅に見えたときには、あまりの余裕ぶりが信じられなくて、見間違いかと思ってしまった。


俺は乗るたびにフラフラになって、座席から降りるのもやっとなのに、児玉さんはすぐに次に連れて行こうとする。

抵抗してベンチに座ったら、それなら乗り物をやめてお化け屋敷に入ろうと言われて、慌てて立ち上がった。


怖い話は聞くのも読むのも結構好きだけど、それは、自分が安全な場所にいることを確信しているからだ。

歩いて入るお化け屋敷は、たとえ幽霊が偽物だと分かっていても怖い。

おそらく、前にも後ろにも進めなくなって、永遠に出て来られないのではないかと思う。



「うーん、朝が早かったせいか、ちょっとお腹が空いてきちゃった。ねえ、そろそろお昼にする?」


お腹が空いた?!

あれに乗ったばっかりで、何か食べる?!


「児玉さん。俺、今、胃に何か入れるとか、無理な気がするんですけど・・・。」


胃の底が抜けるような感覚が忘れられない。

しかも、またすぐに乗るって言うし・・・。


ぐずぐず文句を言う俺を、児玉さんはニコニコしながら後ろに手を組んで見上げた。


「日陰に入って、一時間くらいゆっくり休もうか?」


「・・・はい。」


可愛い。


結局、児玉さんは俺のことを気遣ってくれるんだ。

・・・とは言っても、絶叫マシンに3つ乗って、ようやくだけど。


それでも、児玉さんが気遣ってくれたと思ったら、重かった胃が軽くなった。


「児玉さん。やっぱりお腹が空きました。」


「じゃあ、軽く何か食べようね。」


「はい。」


優しくされるとたちまち嬉しくなってしまう。

俺って、簡単な男だな。




「ねえ。おとといの夜、元気がなかったのはどうして?」


屋台で買ったホットドッグを食べ終わり、紙コップのコーラの氷をストローでつついていたら、児玉さんが尋ねてきた。

パラソルのついた白い丸テーブルに白い椅子、周りでも家族連れやカップルが楽しそうに休憩中。

俺と120度くらいの角度で座った児玉さんは、少し身を乗り出すようにして顔を近づけている。


「・・・・・・。」


紙コップとストローから手を離して椅子に寄りかかり、すいっと横へ視線をはずす。

児玉さんの元カレのことをくよくよ考えていた、とは言いたくない。


「言わないの? 間違いなく変だったよ。もしかして、わたしに関係があること?」


・・・言いたくない。


「あ、やっぱりそうなんだ。違ったら『違う。』って言うはずだもんねー。」


そうか・・・。

昔から隠し事が下手だと思っていたけど、ウソがつけないことが原因なのか・・・。


「ほらー、言いなさい。わたしに関係があるなら、わたしに聞く権利があるはずでしょ。」


うー・・・・。


「言いなさい。」


ダメだ。

この言い方をされると拒み切れない。


「・・・はい。」


仕方ない。

正直に全部、打ち明けてしまおう。

怒られたら謝るしかないな。


「実は、伊藤先生から ――― 」




「まったく・・・、伊藤先生も余計なことを・・・。」


俺の話が終わると、児玉さんはあきれて大きなため息をついた。


「でも・・・、伊藤先生は俺のことを心配して・・・。」


そんなふうに心配されるっていうのも、情けない気がするけど。

たぶん、恋愛に関しては相当踏ん切りがつかない男に見えるのかも知れない。


「で、雪見さんは不安になっちゃったんだ?」


「え・・・と、あ・・・、その・・・、はい。」


だって、相手はエリートでイケメンで金持ちですよ!

不安になって当たり前です!


「ふふっ・・・。」


児玉さんはそうやって笑ってますけど!

俺は・・・。


「言われたよ。」


「 ――― え?」


「彼・・・黒川さんから。」


そんな。


「言われた」って・・・児玉さん、そんなに普通の顔して・・・?


「あの・・・、なんて・・・?」


「『今度また、うちに夕飯作りに来てくれよ。』って。」


『うちに夕飯作りに』 ――― 。

それは間違いなく、特別な関係を望んでの・・・。


「あ・・・、あの・・・、」


「なあに?」


俺が知りたいこと、分かってますよね?


「こ・・・、児玉さんの・・・返事は・・・?」


口の中が乾いたような感じで、うまく舌が動かない。

そんな俺を見てニヤッと笑い、さらに身を乗り出す彼女。


「知りたい?」


「はい。」


即答。


またくすくすと笑って、今度は身を引き、ガタガタと椅子を隣に寄せてきた。

そして俺の肩に手をかける。

いつもの内緒話の合図に体を傾けると・・・。


「あのね、『わたしには、手料理をご馳走してくれるひとがいるから。』って言ったの。」



手料理をご馳走してくれるひと ――― 。



「児玉さん。」


横を向くと、すぐ近くで児玉さんの瞳が笑っていた。


「結婚してください。一生大切にします。」


今度は何のためらいもなく、するりと出た言葉。


児玉さんは眉をあげて面白がるような表情をしたあと、猫の笑顔で笑った。

前回のように驚くことも、慌てることもなく。


「いいよ。いつ?」


「来年の春。」


「春? 決めてたの?」


「はい。5倍の約束を達成して・・・。」


「あ! お父さんの?!」


「はい。」


児玉さんは忘れていたんですか?


「それ、本気でやるつもりなの?」


「はい。」


迷わず返事をすると、児玉さんは楽しそうに笑った。


「じゃあ、頑張らないとね。」


「はい。」


児玉さん。

俺、頑張ります。

周りのみんなに俺たちの結婚を祝福してもらえるように。


そして、一生大切にします。

2年前に傷つけた分まで。







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