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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
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期待と・・・。


夏休みが終わり、9月に入った。



8月の図書室は、夏休みが終わりに近づくにつれて、宿題をしに来る生徒でいっぱいになっていった。

国語で出された課題の本の貸し出しも順調だった。


8月20日に納品された自由席の新しい机は、淡いグリーンの楕円形で、座面が青い椅子とセットの6人掛け。

それを2つ、縦に並べてある。

こげ茶色の図書室の中で、やわらかくて明るいコーナーになった。


そこで使っていた4人掛けの机2つは、学習コーナーに追加した。

1つは書架側から3番目の6人机につなげて隣の二つと同じく10人席に、もう1つは新聞のラックの隣に。

新聞やテーマの本の場所を少しずらすことになったけれど、もともと通路が広めにとってあったので、それほど無理ではなかった。

学習コーナーの利用者が増えた時期でもあったから、席に余裕ができて、生徒たちには都合がよかったと思う。


8月の利用者は、最終的には去年のほぼ4倍。

後半になるにしたがって増えて行ったのは去年と同様だったけれど、たぶん、1年生の利用が多かったのだと思う。

それに、国語科の課題プリントに、図書室の時間を書いてあったことも。


この調子で9月以降も生徒たちが来続けてくれれば、授業での利用分も合わせて、去年の5倍も達成できるかも?


そうしたら、児玉さんと俺は・・・新郎新婦? 春に? いやー、恥ずかしいけど!

そのころには俺もすっかり痩せて、タキシードが似合う体型になってるはず、いや、ならなくちゃ。

あと5キロ・・・そろそろ涼しくなるから、ジョギングでも始めようかな。

間に合わなければ、衣装は和服でもいいかも。

男の和服は少し恰幅がいい方が似合うって聞いたことがあるし。


「雪見さん、おはよう。」


「あ、おはようございます。」


「はい、これ。」


「ありがとうございます。」


俺がこんなに浮かれた想像をしているのには、児玉さんの態度にも原因がある。


こうやって鳩川駅でお弁当を受け取るようになって4か月。

お弁当を受け取って、一緒に通勤をするのは今でも照れくさい。

この照れくささには慣れることができないまま、最近はさらに “ドキドキ” が加わった。ときには “クラクラ” も。


「今朝のニュース見た? 県内の高校に泥棒が入ったって。」


「え、そうなんですか?」


当たり障りのない会話。

駅でも電車の中でも、もちろん学校でも、誰に聞かれても問題のない会話だ。


なのに。


「うん。音楽室から楽器が盗まれたらしい・・・よ。」


話している途中で急に児玉さんが視線をはずしたり、そうかと思うと、またちらりと微笑みかけてきたりするのだ。

その視線のはずし方が、慌てたようで、困ったようで・・・何とも言えない。

これをやられるたびに、俺も一緒に困ってしまう。


「あ、ああ、楽器ですか・・・。」


「ごっそりやられちゃったみたい。安いものじゃないから困るよね?」


そのうちまた思い直したように、パッと俺を見上げる。

けれど、まっすぐ見ようとしながらも視線が揺らいでいて、困っていることを隠そうとして隠し切れていなくて・・・。


「そうですね。」


胸がざわざわする。

耳と口では会話が普通に進んでいるけれど、頭の中は何も考えられなくて、それでいて、何かしなくちゃと必死になっている。


視線のことだけじゃない。


児玉さんが、俺に触れる回数が増えた・・・ような気がする。


触れるって言ったって、べつに意味のある接触があるわけじゃない。

たとえば電車に乗るときや降りるとき、彼女はよく俺のななめ後ろにいて、腕や背中にふっと手を掛けてきたりする。

隣を歩いているときに、彼女の肩が腕にあたるとか、笑ったはずみに髪が触れるとか、そんなこともある。


そういうことは以前からあったけど、これほど度々ではなかったような気がする。

数えていたわけじゃないから、確かに増えているのかどうかはよく分からない。

俺が意識し過ぎという可能性もあるし。



だけど!



俺がそのたびに心がかき乱されていることは間違いない。

彼女の態度が気になって、鼓動は早くなるし、呼吸は乱れるし、思考は混乱するし・・・要するに、怪しい状態になってしまう。


単に、自分に都合よく解釈しているだけなのかも知れない。

それは分かっているけど・・・二人きりになりたいと思っちゃいけないだろうか?


「あ、そうだ。雪見さん、お願いがあるの。」


「あ、はい。」


「今週の金曜日なんだけど・・・、あの、お迎えをお願いできる?」


お迎え?

ああ、その遠慮がちな微笑みが・・・・・・あ! もしかして?!


「は、はい。夜にお出かけですか?」


「うん、そうなの。この前の結婚式で会った大学の後輩が、サークルのOG会をやろうって。」


初めてのお迎え要請だ。

俺を頼りにしてくれてるんだ。


「わかりました。待機していますよ。」


「ありがとう。遅くならないように帰って来るから・・・よろしくお願いします。」


「はい。烏が岡で電車に乗るときに連絡してください。時間を合わせて駅まで行きます。」


やった!


児玉さんは一人で帰って来るつもりでいる。

児玉さんを送る役目は俺のものだ!

この調子なら・・・。


「児玉さん。今度の日曜日に出かけませんか?」


驚いた顔? ・・・と思ったら、また視線が・・・。


「うん。」


うわ。

嬉しそうで、恥ずかしそうで・・・ああ、もう!


これって絶対に、期待してもいいパターンだよな?

少し遠出して遅くなってもOK?


そうだ。

まずは、児玉さんに返事をもらいたい。今の様子なら、いい返事をもらえるんじゃないだろうか。

どこか落ち着ける場所で・・・。


よし。

今晩から計画を練ろう。






この時期は、前期の期末テストとそのあとの文化祭に向けて、生徒も先生も忙しい。

俺も、授業の関係の仕事が増えたし、図書室の利用者が増えた分は忙しくなっている。

と言っても、忙しいことは全然構わないし、今は児玉さんも図書室に来てくれるようになって、俺としてはかなり幸せな状態。


ただ、ほんの少し、戸惑っていることがある。


「雪見さーん。こんにちはー♪」

「こんにちは♪」


この子たち・・・ボランティア部のことだ。


「ああ、いらっしゃい。」


最近、昼休みや放課後に、入れ替わり立ち替わりやって来る。

放課後に俺が被服室に呼ばれることも。

当てにしてくれることは嬉しい。

けれど、彼女たちの勢いに、いつまでたっても馴染めないのだ。


ボラ部は文化祭用に2つのおはなし会のプログラムを用意している。

一日目と二日目の両日、午前と午後の開催で計4回。

夏休み中に作品と読み手が決まり、練習も順調。

順調だから、それほど俺が見てあげる必要はない・・・はずなんだけど。


今、来ているのは、部長の佐藤さんと、彼女と仲良しの戸田さん。

ボラ部の部員たちは、いつもニコニコと楽しそうだ。


「今日はどうしたの? 活動日・・・じゃないよね?」


ボラ部の活動日は月曜と木曜だ。

今は火曜日の放課後。

文化祭が近付いて、活動日を増やしたのかな?


「今日は部活の話で来たんじゃありません。ね?」


「そうでーす。」


「ああ、違うのか。じゃあ、何か・・・」


「あれ? お揃いで、どうしたの?」


あ、児玉さん・・・。


「あ、先生。わたしたち、これを雪見さんにあげようと思って。ね?」


嫌な予感。

俺に、何を・・・?


二人が児玉先生に見せているのはラップに包んでピンクのリボンをかけた・・・お菓子?


「あ、今日の調理実習のカップケーキ?」


・・・児玉さんの授業だったのか?


「「そうでーす♪」」


「へえ。とっておいたんだー。」


「はい! 雪見さんは手作りのお菓子なんて、なかなか食べる機会がないと思って。はい、どうぞ。」


うわ・・・。


受け取ってもいい・・・ですか?

児玉さん、怒りませんか?


「あ、あの、僕じゃなくて誰か・・・いるんじゃないのかな、あげたい人が。」


「やだ、いませんよ! ねえ?」


「そうです。どうぞ、雪見さん。いつもお世話になっているお礼ですから。」


「雪見さん、せっかくだから、いただいておけば?」


児玉先生?

笑顔だけど、怒ってない? 大丈夫?


「こ、あ、そう、ですか? そうですね、はい。あの、どうもありがとう。」


「どういたしまして♪ じゃあ、失礼しまーす。」


「失礼しまーす。」


「うん・・・、わざわざありがとう。」


「・・・雪見さん、よかったね。」


児玉さん・・・?


「これね、山田先生と相談して決めた買って欲しい本のリストなの。よろしく。」


「あ、はい。」


「じゃあ、お邪魔しました。」


「あ・・・。」


怒ってるのか?


でも、俺のせいじゃないのに!!







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