お守りします。 その2
児玉さんをダイニングの椅子に座らせて、大急ぎで部屋を片付ける。
この部屋で俺がこんなに素早く動き回ったことなんて、今までなかったと思う。
でも、あれこれ弁解しながら動き回る俺を見て、児玉さんがほっとした顔をしてくれたから良しとしよう!
「どの辺で気付いたんですか?」
落ち着いてから、ダイニングで向かい合わせに座って尋ねると、麦茶のグラスをゆっくりと回しながら児玉さんが答えた。
「2軒目のコンビニのあたりで・・・。わたしがゆっくりしか歩けないのに、追い越して行かない人がいるなあって思ってたの。その先でバス通りから曲がってもそのままついてきたから、次に曲がるときにそうっと後ろを見たら男の人で・・・。」
「そうですか・・・。」
もともと人通りの少ない時間に、同じ歩調で、同じ道を・・・となったら相当怪しい。
「もうすぐ着くところまで来て、振り切れたとしても、わたしがどこの部屋に入ったか分かっちゃうって気付いたら、どうしたらいいか分からなくなって、マンションを通り過ぎて、もう一度バス通りに戻ったの。」
バス通りに戻る前に襲われなくてよかった。相手が物騒な物を持っていたかも・・・とは口に出せない。
児玉さんをますます怖がらせてしまう。
「そのあともついて来てるかどうかは分からなかったけど、後ろにいなくても、ウロウロしてるかも知れないと思うと帰れなくて・・・。それで雪見さんを思い出して・・・、でも、電話に出なかったらどうしようかと思って・・・。」
「電話してくれてよかったです。ほんとうに。」
かなり危なかったんじゃないだろうか?
あんなに荷物を持っていたら、追いかけられたときに逃げ切れなかった可能性もある。
ほんとうに、無事でよかった・・・。
「雪見さん、あの・・・、わたし、迷惑かけちゃって・・・。」
「児玉さん。迷惑じゃありません。俺を頼ってくれて嬉しいです。」
「雪見さん・・・。」
「俺は、児玉さんの役に立てれば嬉しいです。だから謝らなくていいんですよ。」
「でも・・・、こんな夜に急に・・・。」
「今日は児玉さんに会えないと思っていたのに、会えてよかったです。ウソじゃありません。」
だから、笑ってください。
「雪見さん・・・、だけど・・・。」
申し訳ない気持ちが収まらない?
「それじゃあ、あれを撤回してください。」
「・・・あれ?」
「帰りに送らなくていいって言ったこと。」
「あ・・・・。」
後ろめたそうな顔。
もしかしたら、児玉さんは自分で気にしていたのかも。
なのに意地を張って・・・だったらいいんだけど。
「あの・・・いいの?」
うー・・・、やっぱり・・・。
そんな表情で上目づかいに見つめられたら、期待するなって言う方が間違ってると思う!
ここはもう一歩前へ、だ!
「いいも何も、これからは許可がなくても送ります。それともう一つ。」
「・・・はい。」
「今日みたいに遅くなる日は、駅まで迎えに行きます。」
「え・・・?」
「児玉さんだけが宴会に出て、一人で帰って来るのは心配です。」
一人で帰って来ることも、新しい出会いがあったかもしれないってことも。
「でも、それじゃあ雪見さんが面倒に・・・。」
「児玉さん。部屋で心配しているよりは、手間をかけても安全を見届ける方がいいです。幸い俺は晩酌もしませんから、いつでも車を出せますからね。」
俺が迎えに行くことが分かっていれば、児玉さんは誰かに送るって言われても断るだろうし、断られた男は、児玉さんには彼氏がいるって思うだろう。
「雪見さん・・・。」
「ね? そうさせてください。」
「・・・・うん。ありがとう。」
やっと笑顔が戻りましたね!
児玉さんには笑顔が一番似合いますよ。
ああ、夜中の12時を過ぎてしまった。
いつまでも話していたいけど、疲れている児玉さんを早く送ってあげないと。
「そろそろ行きましょうか?」
「あ、はい。どうもありがとう。」
「いいえ。それにしても、児玉さん、荷物が多過ぎませんか?」
「そうなの・・・。一つは披露宴用の服と靴とバッグなんだけど、もう一つは引き出物と二次会の景品でね。」
「景品?」
「うん。室内で楽しめるプラネタリウムとかで・・・面白そうだけど、かさばっちゃって。」
室内用のプラネタリウム?
いつか二人で試して・・・うわ、ダメだ。今は考えないようにしよう。
「ほんとうはね、二次会が終わったら帰って来ようと思ったの。でも、ゼミ仲間が集まるのは久しぶりだからって、もう一軒行くことになっちゃって・・・。」
「ああ、そうだったんですか。」
「今まで終電で帰っても、危ないことなんかなかったのに・・・。」
「もう思い出さなくていいですよ。これからは俺が迎えに行きますから。」
「うん。ありがとう。・・・そうだ。明るいところにいるうちに鍵を・・・。」
ええと、俺も戸締りをしないと・・・。
「え? あれ? うそ?」
児玉さん?
「どうしました?」
「鍵が、ない。」
鍵?!
「い、え、あの、玄関の鍵ですか?」
「うん。あれ? ホントに?」
「児玉さん、落ち着いて。こっちの袋には入ってませんか?」
「え? あ、そうだよね。」
児玉さんがダイニングの床に膝をつき、服が入っている紙袋を確かめる。
俺ももう一つの袋を・・・、でも、ない。
「ない! どうしよう?!」
パニック状態になった児玉さんが、頭を抱えて座り込んだ。
どうしようって・・・どうする?!
うちに泊まってもらっても構わ・・・・いや、構う! ・・・いや、児玉さんが覚悟してくれれば・・・ダメだ!
冷静になれ。
それに、明日になれば解決するっていう話でもないし!
「児玉さん。合鍵は?」
「合鍵・・・実家、と部屋の中・・・。」
今から実家に行ったりしたら、ご両親はものすごく驚くだろうな・・・。
「あの、どこかで拾われてるかも知れませんよ。結婚式場とか、二次会の会場とか。」
「結婚式場・・・ホテルだ。ホテルだったら夜も連絡つくよね?」
「そうですね。電話番号はわかりますか?」
「うん。招待状が・・・。」
児玉さんが泣きそうになりながら電話をすると、ホテルのフロントに鍵が届いていることが分かった。結婚式場の更衣室に落ちていたらしい。
それを確認したところで児玉さんが途方に暮れた顔で俺を振り返ったのを見て、電話を代わる。
「今から取りに行きたいんですが。」
俺の言葉に、児玉さんが目を丸くした。
それに安心させるために頷いて。
「白鷺谷の駅前ですよね? たぶん30分ちょっとだと思います。・・・はい。」
車での進入口を教わって電話を切ると、児玉さんがまたもやしょんぼりしていた。
「ほんとうに・・・いいの?」
まったく、児玉さん。
選択の余地はあるんですか?
「じゃあ、このままうちに泊まって行きますか?」
「えっ?!」
ほらね?
「だ、だめ、だめです。だって・・・、だって、明日は、朝一番で職員会議が・・・。」
「はあ? ふ・・・くくっ・・・。」
問題はそこですか?
それとも、分かっていて気付かないふり?
「だって、・・・このままじゃ、朝になったって帰れないし・・・。」
はいはい、そうですね。
着替えもありませんからね。
「じゃあ、行きましょう。今の時間なら、高速を使えばすぐですよ。」
「はい・・・。」
そんなに落ち込まないでください。
夜のドライブもロマンティックでいいものですよ。