★★ お久しぶりです。 : 児玉かすみ
8月24日、日曜日。
大学時代の友人の結婚式に招待された。
ホテル内のチャペルでの挙式、そして披露宴。
大学時代は日焼けなんかものともせずに駆け回っていた紗也香が、今月初めの北海道旅行では帽子と日焼け止めを片時も手放さなかった。
その甲斐あって、色白の美しい花嫁姿だった。
・・・お嫁さんは、肌の色がどうでも、痩せていても太っていても、本人の心が幸せでいっぱいだから、みんな綺麗に見えるんじゃないかと思うけど。
「8月も後半なのに、夕方になっても暑いよねー。」
隣を歩いている真子の言葉に力なく頷く。
「ほんとにね。」
紗也香の結婚式が行われたホテルから二次会が行われるレストランへと向かう途中。
会場は駅をはさんで反対側。タクシーを使うほどでもない距離だから歩くしかない。
真子もわたしも、披露宴に着たワンピースとハイヒールは着替えて荷物になっている。
二次会は『カジュアルな服装で』と言われているし、一日中ハイヒールで過ごすのは無理だから。
ほんとうのところ、二次会は遠慮したかった。
けれど、紗也香から「彼の友達はエリートばっかりよ!」と言われて有頂天になった真子に押し切られて出席することになってしまった。
サークルや大学の仲間がたくさん来るようだから、行けば行ったで楽しいでしょうけど。
これで、サークルの同期で未婚なのは真子とわたしの二人。
まあ、結婚していない先輩もいるし、仕事が充実してるんだから、べつに結婚結婚って騒ぐ必要もないよね?
一応、雪見さんっていう候補者もいるし・・・。
ふぅ。
雪見さん・・・か。
今もちゃんと候補者・・・なのかな?
最近、特別なことは何もないけど・・・。
ちょっと気にして言い過ぎた?
だけど、あのときは本当にびっくりしたし、ちょっぴりお仕置きをしなくちゃって思って・・・。
「二次会の参加者って何人って言ってたっけ?」
「え? あ、50人くらい・・・だったと思うけど。」
「そのうちフリーの男性は何人なんだろう? ねえ、どう思う?」
「もう、真子ったら・・・。そんなに気になるなら、『彼氏募集中!』って胸に貼っておけば?」
「それ、本気で考えたよ。実際、パソコンで作ってみたもん。さすがに印刷まではしなかったけど。」
「そうなんだ・・・。」
それほどまでに切実?
「あ、そんな憐みの目で見て。だって、親がうるさいのよ、30歳だぞって。かすみだって状況は同じじゃないの? 彼氏いないんでしょ?」
「え、うん、そうだけど・・・。」
たしかに親のお見合いに対する気合いが前とは違ってた。
だから自分では断り切れなくて、それを聞いた雪見さんが・・・。
とは言え、雪見さんは彼氏ではない。
わたしがまだ決められないから。
だと思っていたけれど・・・。
雪見さん・・・。
今でも候補者のまま?
あの日、『もう送ってくれなくていい』ってメールに書いて、すぐにかかってきた電話には出なかった。
翌朝、謝ってくれた雪見さんに「気にしてない」とは言ったけれど、ほんとうはまだ気持ちが落ち着いていなかった。
そんな状態で接しているうちに、自分で引っ込みがつかなくなってしまった。
急にもとのように話しかけることも変な気がして、どうしたらいいのかわからないまま、ますますぶっきらぼうな態度になって。
雪見さんは・・・前と同じ。
いつも笑顔で、冗談を言ったり、仕事の相談に乗ってくれたりする。
お弁当を渡すと嬉しそうな顔をする。
きのうはお米も届けてくれた。
だけど・・・ちくちくと胸に引っ掛かっている質問がある。
今も候補者のまま?
たったあれだけのことで怒ったわたしに、愛想をつかしてしまったのかも。
だから、わたしがぶっきらぼうな態度のままでも気にしないのかも。
それならそれで仕方ないけど・・・、でも・・・。
「あ、あそこだよ。」
真子の視線の先にはガラスの壁に囲まれた小奇麗なレストラン。
ちょうど入り口を入ろうとしているのは、一年後輩の美穂ちゃんだ。
「美穂ちゃん!」
「あ、せんぱーい!」
久しぶりの再会で賑やかに話しながら受け付けを済ませる。
荷物を預け、会場に入ると、女子大時代の友人たちの輪ができていてますます賑やか。
おしゃべりの合間に、お互いの恋愛事情のチェックも忘れない。
「かすみはどうなのよ?」
「今のところは、いないかな。」
“今のところは” 、 “かな” なんて、あいまいな表現。
見栄?
それとも、すぐに決まった場合の言い訳?
すぐに決まった場合・・・雪見さんと?
ふぅ。
わたし、何をやってるんだろう?
こんなに気になるなら、自分から歩み寄ればいいんだよね。
だけど、もう、雪見さんがわたしのことを何とも思っていなかったら、みっともないじゃない?
もう、雪見さんが・・・。
だって、あれからの雪見さん、前と同じなんだもの。
何も気にしていないみたいで・・・、わたしが怒ったことを・・・。
・・・はぁ。
今日になってこんなに気になるのは、紗也香が結婚したからなのかな?
わたしにだって候補者はいるのだと・・・見栄を張りたいから?
わたしは自分のプライドのために雪見さんが必要なの?
そんなの・・・自分勝手だ。
「かすみ?」
男の人の声?
真子が驚いてる。誰?
「はい?」
――― !!
「黒川さん・・・。」
どうして?
なんで?
「あ、あの、中国では・・・?」
2年前に異動で・・・。
「6月に帰ってきたんだよ。元気そうだね。髪が短くなってて、最初は分からなかったよ。」
「あ、ええ、そう、なの。黒川さんも、元気そうで・・・。」
「あははは、元気だけが取り柄だから。真子ちゃんも久しぶりだね。サークルのOB会で会って以来だから・・・あ、主賓が来たね。またあとで。」
「あ、はい・・・。」
黒川さん・・・、帰ってたんだ・・・。
「かすみ。」
「ん? あ、なあに、真子?」
「あんた、黒川さんとは別れたんだよね?」
「うん、そうだよ。」
「未練なく?」
「うん・・・、まあ、吹っ切れてるかな。」
今も、びっくりしたけど、意外に平気だ・・・。
「うん。大丈夫。何とも思ってない。」
「あたしが頑張っても?」
「真子が? ああ・・・うん、いいんじゃない? お似合いかもよ。・・・でも、結婚してるかも知れないよ。」
あのとき、仕事を辞めて中国に一緒に行って欲しいって言われたことが、お別れの発端になった。
黒川さんは一人で中国で暮らすのが淋しかったのだ。
「ちゃんと見た。指輪してなかったもん。」
「そう。」
「もちろん、彼女がいないかどうかは確認するけど。ねえ、かすみ。あとで一緒に話しに行こうよ。」
「え? 一人で行けばいいじゃん。わたしは行かなくてもいいよ。」
「わざわざ向こうから話しかけに来たんだよ? かすみと話したいに決まってるじゃん。あたしは黒川さんとは大学時代にはあんまり親しくなかったんだもの、間に入ってくれてもいいでしょう? お願い。」
「まあ・・・、チャンスがあったらね。」
こんなところで元カレと話していたりしたら、注目の的になってしまう。
誰かほかのひとが、真子の気を引いてくれたらいいんだけど・・・。