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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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合宿で


「おはよう、ユキちゃん! いつもありがとう。」


2泊3日のフットサルの合宿に出発する8月15日の朝。

高校時代に俺たちのマネージャーだった川島恵理奈を迎えに行くと、元気な笑顔で手を振ってくれた。

俺は高校の友人たちの間では「ユキ」と呼ばれていて、川島はそれに「ちゃん」を付けて呼ぶ。


「いいよ。うちが一番近いし、通り道だからね。」


大きな荷物を受け取って荷台に乗せる。

集合場所までの間に、もう一人拾って行くことになっている。


毎年8月の中旬に行われる合宿は、学生時代のそれとは違い、今では息抜きの旅行みたいなもの。

もちろん昼間は練習するけれど、運動量は当時とは比べ物にならないほど少ない。

けれど、ボールを追うのは楽しいし、遠慮の要らない友人たちと長い時間一緒に過ごせる機会は、今の歳になるとものすごく貴重だ。

だから、みんななんとか都合をつけてやって来る。


「今年は14人の参加だって?」


「そう。宮田くんは明日の朝に来るって聞いてるけど。」


「ふうん。奥さん、許してくれたんだな。」


「あはは、そうみたいね。」


中には家族の予定とかぶってしまうメンバーもいる。

毎月の練習や試合の日には奥さんや子どもを連れてくるメンバーもちらほらいるが、合宿にはみんな一人で来る。

あと何年かしたら、一緒にプレイできる子どもを連れて参加、なんてこともあるかも知れないけど。


「ユキちゃんは、まだ結婚しないの?」


最近、メンバーの中でもよく出る話題。

今のところ、結婚しているのは2割? 3割?

彼女がいないのは・・・半分くらいじゃないかと思っているけど。


「ははは、まあ、そろそろとは思っているけど。」


「そう言いながら、お見合いは嫌なんでしょう?」


そう言う川島にだって、彼氏はいないのだ。

今は仕事が楽しくてそれどころではないと、会うたびに言っている。

高校のときから何でもきびきびとこなし、俺たちの世話をときには厳しく、でもたいていは笑顔でこなしてくれていた川島は、おそらく仕事でも活躍しているに違いない。


今、チームを作っているのは俺たちの代が中心で、そこに下の学年が何人か入って20人ほど。

合宿や宴会だけの参加者もいて、普段から練習や試合に来ているのは10人前後だけど。

川島は俺たちと同じ学年で、もう一人のマネージャーだった北村 ―― 今はチームメイトの奥野の妻 ―― と一緒に、ほぼ毎月、顔を出している。


今の活動では、事務手続きやボールの管理などは自分たちでやっているから、マネージャーは必要ない。

けれど、


「みんなと飲むのは楽しいんだもん!」


と、練習後の飲み会を楽しみにして来てくれて、ベンチの整理や飲み物の差し入れなど、相変わらずテキパキとやってくれる。

だから俺たちはみんな、川島のことも、北村(つい旧姓で呼んでしまう。)のことも、大事にしているのだ。


高校時代はぽっちゃり体型だった川島は、就職したころにはだいぶほっそりしていた。

と言っても、ほっそりしたのはウェストと脚で、今はメリハリの効いたグラマラスな体型になっている。

ショートカットだった髪も、今ではゆるくパーマをかけて伸ばしていてすっかり女性らしくなった。

丸い目に少し上を向いた鼻の愛嬌のある顔と元気な笑い声は昔と変わらないけれど。


そこから20分ほどでもう一人のチームメイト成田を乗せ、途中にあるコンビニでもう一台と合流して、高原にある合宿所へと向かった。






「ユキ、もしかして痩せた?」


練習後、風呂場の脱衣所で服を脱いでいるとき、奥野が声を掛けてきた。


「ああ、うん、少し。」


「だよな? 腹が出っ張ってないもん。」


「え? 本当か? どれ、見せろ。」


「何やったんだよ? ジムでも通ったか?」


そろそろ腹周りにはみんな危機感を持っている年ごろで、友人たちの体形の変化にも敏感だ。

お互いに高校時代の無駄な肉のついていない体型を覚えているから、ますます気になる。


「おもに食事・・・かな?」


前よりも歩くようになったけれど、児玉さんのお弁当がなによりも一番効果が高いことは間違いない。

炭水化物と油の摂取量が減ったし、腹持ちがいいから間食も減った。

でも、何よりも大きいのは児玉さんの存在そのもの。毎日のお弁当だけじゃなく、励ましてくれたり、褒めてくれたり。

見栄も多少はあるけれど、児玉さんに喜んでもらうため、それと、児玉さんの目に格好良く映るために頑張ろうと思うのだ。

けれど・・・。


「奥野は太ったな。」


児玉さんのことを言い出せずに話題を振ってしまう。

4日前の誕生日のあと、児玉さんの態度がまだ完全に元通りに戻っていないことが引っ掛かって・・・。


「わかるか? この一年で、このわき腹のあたりがさあ。」


「結婚すると太るってよく言うよな? 北村の料理がよっぽど美味いんだな。」


「えへへへ・・・、まあな。」


「こいつ!」


にやけ顔で幸せを見せつける奥野をみんなで小突いて笑う。

俺も児玉さんのことを自慢できるくらい、関係が確実になっていたらよかったのに・・・。




誕生日の翌朝、児玉さんには会ってすぐに謝った。

彼女は笑顔でお弁当を渡してくれながら、


「べつにいいよ。もう気にしてないから。」


と言ってくれた。

なのに。



なんとなく冷たい。



話しかければ笑顔で応えてくれる。

仕事の話もいつもどおり。

昼食を食べているときも、俺に話しかけてくれることもある。

だけど・・・やっぱり冷たい。


ご機嫌とりをしても通じそうにない気がして、とりあえず、児玉さんの怒りが収まるのを待つことにした。

合宿から戻ったら、元どおりになっているといいけど・・・。






「え? 違うよ。合宿だって言ったじゃないか。」


夜の宴会の途中で廊下に出たら、成田が電話をかけていた。

こそこそした様子から察するに、どうやら相手は女性なのだろう。


「違うってば。高校のサッカー部の・・・あ、ユキ、ちょっと。」


俺?


「違うよ。ユキは男だよ。 ―― なあユキ、ちょっと言ってやってくれよ、サッカー部の合宿だって。」


彼女に浮気でも疑われてるのか?


“頼む!” という身振りをしながら俺にスマートフォンを差し出す成田を笑ってしまう。

高校生のころから強気なプレーが持ち味だった成田は、女子には滅法弱いというところも当時と変わっていないらしい。


「もしもし?」


『あら・・・?』


電話の向こうから、女性の戸惑った声。


「ええと・・・、サッカー部の合宿に間違いないですよ。」


とりあえず言うことは言ってみる。

信じてもらえるかどうかは、普段の成田のおこない次第。


『あの・・・ユキ、さん?』


名前が気になっていたのか。

たしかに「ユキ」って女性の名前みたいだ。


「ええと、雪見です。名字が。」


『え、あ、そ、そうなんですか。ごめんなさい、その・・・。』


「いいですよ。今、成田と替わりますね。」


照れたように笑う成田にスマートフォンを返しながら、児玉さんの声を聞きたくなった。

でも、きのうまでの彼女の様子を思い出して、その決心が着かなかった。


帰ったら、元どおりになっているだろうか・・・?







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