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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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失敗!


誕生日のお祝いに児玉さんが連れて行ってくれたのは、駅前のビルの最上階にある夜景の綺麗なレストランだった。

すっかりいつも通りの笑顔に戻った児玉さんと楽しく食事をしながら、頭の中では鳩川駅からの帰り道のことを考えていた。

なにしろ、初めて恋人同士みたいに腕を組んで歩く約束をしたんだから!



ところが・・・。



「・・・暑い。」


鳩川駅を降りてものの2、3分で、児玉さんが我慢できなくなってしまった。

まあ、俺も似たようなものだったけど。


夏に腕なんか組むものじゃない。

お互いの体温で暑いし、汗で気を遣う。

それでも児玉さんはハンドタオルを俺の腕にかぶせて、約束を果たそうとしてくれた。

けれど、それはまたそれで微妙な気分だったので、今回の頼みは延期ということにしてもらった。


二人で苦笑したあと、並んで歩きながら、ふと思った。


俺が酒が飲めれば、 “食事のあとにもう一軒” というのがあったのかも知れない。

ムードのある小さな店で、隣同士でグラスを傾けて。

食事のときよりも親密な距離、親密な会話。

わざわざ腕を組む約束なんかしなくても、自然と距離が縮まったのかも・・・。



酒が飲めないのは損だな・・・。



ほんの少し落ち込んだとき、2軒目のコンビニの前で児玉さんが立ち止まった。


「ねえ、雪見さん。もう一つデザートを食べない?」


そう言ってまた俺の腕を引っ張って店の中へ。

まっすぐに向かったアイスのケースの前で、笑顔で俺を見上げる。


その笑顔を見た途端、一気に気持ちが軽くなった。


児玉さんは俺と一緒にいて楽しいと思ってくれている。

一緒に何をするかじゃなくて、一緒にいることそのものを楽しんでくれている。


俺はなんて簡単な男なんだろう。

児玉さんが俺に笑顔を向けてくれるだけで、体がふわふわするくらい幸せだ。


高校生のようにコンビニの前でアイスをかじりながら、顔を見合わせて笑った。

そして、気付いた。



もしかしたら・・・児玉さんも俺と同じ?



児玉さんは、いつも笑顔でいてくれる。

今日はちょっと怒らせちゃったけど、俺がいつも、児玉さんがそばにいてくれれば幸せだと思う、その気持ちと同じ・・・では?

俺ほどではないにしても、 “ただの同僚” よりは俺のことを思ってくれているのかも。


今日、何度となく感じていた期待がさらにふくらんでしまう・・・。



児玉さんのマンションの前での別れ際、期待が不用意に顔に出ないように気を付けながら、彼女と向き合った。

もしかしたら何か・・・、誕生日だし・・・。


「おやすみなさい、雪見さん。」


可愛らしく首をかしげて微笑む・・・だけ?


「あ、・・・おやすみなさい。」



さびしい。


児玉さん、さびしいです。

それだけですか?



「・・・う?」



ニヤリと笑った児玉さんが、腕を伸ばして、人差指で俺の左の頬をつついていた。

いや、 “つついた” というよりも、 “力いっぱい押した” と言う方があてはまる。

素早かったから、その勢いで痛かった。


「児玉さん・・・、痛いです。」


「あ、ごめん。ふっ・・・、くくくく・・・・。」


止まらない?

そんなに笑うなんて!


「も・・・、ごめん、ふふっ、あんまり・・・がっかりした顔、くくっ、するから・・・。」


気付いてたんだ。

気付いたのなら、俺の期待に沿うような何かをしてくれたっていいじゃないですか!


「がっかりした顔だってしますよ・・・。」


俺は児玉さんのことが好きなんですから。


「ごめんなさい・・・、ふふふふくく・・・。」


片手を口に、もう片方をお腹に当てて、声を殺して笑っている児玉さんが腹立たしい。

逆に驚かせてやりたい。


そう思った瞬間、体が動いていた。


「ふ、え?」


俺の腕の中にがっちりと閉じ込められて、児玉さんの動きが止まった。

その隙にかがんで耳のあたりにキスをして、すばやく一歩下がる。


「おやすみなさい、児玉さん。」


その言葉で呪縛が解けたように、児玉さんがパチパチとまばたきを繰り返す。

それからゆっくりと、左の耳に手を持って行き・・・。


「・・・や、やだ、もう・・・、もう・・・帰る!」


マンションの玄関に掛け込むと、エレベーターを見てから、慌てて階段を上って行った。

見る間に3階の廊下を自分の部屋まで走り、ドアを開けるとようやく下の道路にいる俺を見た。


そして。


彼女が俺に向かってやったのは、恋人同士の合図ではなく、「あかんべー」だった。


「ぷ・・・。」


俺が笑った一瞬のあいだに、彼女はドアの向こうに消えてしまった。



児玉さん。

そんなことをされても、面白いだけですよ。

面白くて、可愛くて・・・ますます好きになってしまいます。



夕方はどうなることかと思ったけれど、最後はいい線行った気がする。

なんとなく自信が湧いてきた!






部屋に着いてから、児玉さんのメールに気付いた。


さっき別れたばっかりなのに?

なんだろう?

さっきの「あかんべー」を『ごめんね。』なんて?

いや、そんな! 俺の方こそ・・・。


『今日はお誕生日だから、さっきのことは許してあげる。』


あ。


俺の方が許してもらう立場・・・ですよね。

寛大なお言葉、ありがとうございます。


『でも、これで延期した約束の分は終わりだからね。』


え?

あれを使ったことになっちゃったのか?

なんか・・・想定外な・・・。


『それから、これからは送ってくれなくてもいいです。逆に危険な気がするから。』


えええええぇ?! そんな!!


うそだろ?!

あれ一回で?!


つ、つづきは・・・。


『児玉』


なし?!

フォローなし?!


いや、何かある。


『明日もお弁当はあります。ご心配なく。』


弁当じゃなくて!


そんなに怒っちゃったのか?

全然、『許してあげる』じゃないじゃないか!!


しかも、今までと比べてプラスマイナス・ゼロじゃなく、確実にマイナスになってる・・・よな?


あ・・・謝ろう、今すぐ。

こういうことは早いに越したことはない。

ぐずぐずしているうちに、何が起こるかわからないし。


電話電話・・・。



・・・・・出ない。



風呂にでも入ってるのか?

それとも無視されてるのか?



あ〜〜〜〜〜!!


調子に乗って、あんなことしなければよかった!!







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