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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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黙っていてすみません。 その2


やっぱり怒っているに違いない。

ボラ部で話しているあいだ、なんとなく俺を見ないようにしているように感じた。

すぐに職員室に戻ってしまったのは、機嫌を損ねたせいじゃないかな。生徒たちは気付かなかったみたいだけど。


ああ・・・、職員室に入るのが怖い。

でも、鍵は戻さなくちゃならないし、帰りの荷物だってある。


「はぁ・・・。」


こんなことなら、遠慮なんかしないで話しておけばよかった。



あ。

児玉さん・・・。



職員室から出てきた児玉さんが、俺に気付いた。

足早に近付いて来て、すっと体を寄せる。いつもの内緒話だ。

けれど、いつものような笑顔ではない。


「烏が岡の西口交番前で7時に。大丈夫?」


「あ、はい。」


そのまま無表情にさっさと歩き去る。

それ以上のことは想像するしかないけれど、その歩き方を見れば・・・。


「はぁ・・・。」


やっぱり怒ってる・・・。


学校では文句を言いたくても言えないから、帰りに待ち合わせなんて言い出したに違いない。

きっと、電話じゃなくて直接言わないと収まらないんだ。


「はぁ・・・。」


初めて帰りに待ち合わせをするのになあ・・・。





――― あ、いた。


時間調整をして待ち合わせ場所に着くと、児玉さんはもう来ていた。

つまらなそうに自分のつま先を見ながら肩を落としている。

爽やかなミントグリーンのサマーセーターが、淋しい気分を表しているように感じる。

いつも笑顔でいてほしいと思っていたのに、俺があんな顔をさせたのか・・・。


おずおずと近付いて、頭を下げる。


「お待たせしました。」


そうっと顔を上げると、児玉さんは不機嫌な顔をしていた。

けれど・・・。


それを見たら、逆にほっとしてしまった。

怒っていても、不機嫌でも、児玉さんが素直に感情をぶつけてくれることがなんとなく嬉しい。

こんな顔を見せる相手は、俺以外にはいないんじゃないだろうか?


それが顔に出てしまったのか、児玉さんがキュッと眉を寄せて睨んだ。

その顔を見て、また落ち込む。


「・・・すみませんでした。」


「もういいよ。行こう。」


すっと左肘に手を掛けられて引っ張られ、そのまま駅ビルのアーケードを速足で抜けて行く。

決然とした足取りに機嫌の悪さを感じて、どこに行くのか、とも訊きづらい。

引っ張られたまま途方に暮れていたら、児玉さんがようやく口を開いた。


「やっぱり、よくない。」


やっぱり怒ってる・・・。


「・・・はい。」


「わたしの立場がないじゃない。」


「はい。」


「訊かなかったわたしが気が利かないのかも知れないけど。」


「いえ、そんなことは・・・。」


「雪見さんは、わたしに祝って欲しくないの?」


「違います。」


「じゃあ、どうして言ってくれなかったの?」


「その・・・、図々しいような気がして・・・。」


「そんな・・・。」


「すみませんでした。」


そう謝ると、児玉さんは少し表情をゆるめてくれた。

一緒に歩調もゆっくりになって。


「・・・どうして?」


「誕生日のことを言ったら・・・、児玉さんにお祝いを要求するみたいになってしまうし・・・。」


「そうかも知れないけど・・・。」


「児玉さんは、俺のことはまだ考え中で、だから・・・。」


「わたしが彼女じゃないから遠慮した・・・ってこと?」


「・・・はい。」


俺の返事を聞いて5、6歩歩いたところで、児玉さんは大きなため息をついた。

それから立ち止まって、俺を見上げて。


「ごめんなさい。」


「え? あの・・・?」


「怒る前に、気付いてあげればよかった。」


「いえ、そんな。言わない俺が悪いんです。」


「そうじゃないよ。雪見さんは悪くない。」


そう言って、また俺の肘を引っ張って歩き出す。

今度は周りのスピードに合わせて。


児玉さんは謝ってくれたけど、相変わらず何も言ってくれないし、俺を見ようともしない。

どうしたらいいのか分からない。

無言の時間が過ぎて行く・・・。


「ふふっ。」


笑ってる?

ほんとうに機嫌が直ったのか?


「・・・わたしね、勝手に、雪見さんのお誕生日は冬だと思ってたの。で、まだ先だと思って忘れてた。」


「ああ・・・、俺の名前を見て、たいていの人はそう思うみたいです。」


「そうよね? ヒイラギっていう字には “冬” が付いてるし、クリスマスのイメージがあるもの。」


「ええ。でも、この名前は縁起がいいからって付けられた名前で。」


「縁起をかついで?」


「はい。クリスマスもそうですけど、日本では節分にも飾りますよね、魔除けとして。クリスマス用とは分類上は種類が違うそうですが。」


「ああ・・・、願いがこもった名前なのね。」


優しく微笑んで見上げる表情には、もう怒りのかけらもない?

そして、俺の左腕には ――― 。


「・・・あ。」


児玉さんがハッとして、俺の腕に掛けていた手を引こうとしたのが分かった。

それを急いで右手で上から押さえて止める。

驚いて立ち止まってしまった児玉さんに、そっと頼んでみる。


「あの、このままで・・・いてください。」


「え、あの・・・。」


おろおろしているところは初めて見た。

そんな彼女を見て実感する。


俺、今、児玉さんの手に触れてるんだ・・・。


児玉さんの目に決心した表情が現われ、俺に向かって背伸びをする。

見慣れた内緒話の合図。その言葉は・・・?


「だめ。」


ああ・・・。


「はい・・・。」


やっぱりダメか。


悲しい気分で、児玉さんの手から右手を離す。

児玉さんは手を引っ込めると、もう一度背伸びした。


「ここではダメ。鳩川でね。」


え?!


驚いて児玉さんを見ると、さりげなく、でも恥ずかしそうに視線を逸らされた。

そんな態度に鼓動が大きく打ち始め、呼吸が苦しくなってしまう。


「だって、ここは誰に見られるか分からないもの。まだ・・・決めていないのに・・・。」


無言の俺に言い訳をするように児玉さんがつぶやく。


「あ・・・、そうです、よね。」


でも、自宅の近所ではいい?

それは・・・?


ふっとため息をついて小さく微笑んで、児玉さんは歩き出した。

金縛りから解けたようにそれを追いかけて、ようやく尋ねてみる。


「あの・・・どこに向かっているんでしょう?」


「ふふ。お夕飯。」


あ・・・。


「今日はお誕生日だから、美味しいお店に行きましょう。あ・・・、うふふふ。」


「何ですか?」


「雪見さん、初めてわたしにちゃんと頼みごとをしたね。」


え?


「『このままで』って。」


「あ・・・、そうですか・・・?」


あらためて言われると恥ずかしい・・・。


「そうだよ。雪見さんがわたしに何かしてほしいって言ったことって、お礼と酔っ払ってるときしかなかったよ。」


酔っ払ってるとき・・・。

うっすらと記憶に残っている。児玉さんにしがみついて「帰らないで」ってやったやつだ・・・。


「あ、もう一つありますよ。」


「そうだっけ?」


「お見合いをしないでくださいって。」


「ああ、そういえば。」


「あのときは必死でした。」


「ふふっ、じゃあ、勢いで言ったんじゃない。酔っ払ってるときと変わりないよ。」


「そうですか?」


「そうだよ。」


・・・まあ、いいや。

思い出してみると、お礼でも何でも、児玉さんが俺の頼みを断ったことはない。

今のお願いだって、あとでならいいってことだ。


だけど・・・。


今までの願い事には、児玉さんは友達付き合いのつもりで応えてくれた。

でも、今日のお願いは、俺の気持ちを知っていて・・・つまり、友情だけでは “YES” とは言えないはずだ。

それに、さっきの表情だって、期待するには十分な・・・。


「ねえ、雪見さん。」


「はい?」


考え事から覚めて隣の児玉さんに視線を向けると、目が合った瞬間に顔を伏せられた。

その行動にまたドキリとし、あらためて期待が高まる。


「あのね・・・、さっき怒ってたのって・・・、」


「ああ・・・、はい。」


「ちょっとだけ・・・、あの子たちに焼きもちを焼いていたのかも・・・。」


ああ・・・、児玉さん。


「そうだといいと思ってました。」


大好きです。大好きです。大好きです。


このまま全部、ありのままに伝えられないことが苦しいです・・・。







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