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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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黙っていてすみません。 その1


二人で海に行ったことは、職場では秘密にしておいた。

もしかしたら児玉さんは小野先生には話すのかな、と思っていたけれど、小野先生も何も知らないようだった。

職員室で一緒に昼食を食べているときに、


「雪見さん、焼けたね。どこかに行ったの?」


と小野先生に尋ねられ、ドキドキしながら「海へ。」と答えたら、


「ああ、いいねぇ。うちも息子を連れて行ってあげようかな。」


と、そのまま全員で、どこの海水浴場がおススメかという話題に突入した。

児玉さんは俺と目が合うと、ちらりと笑っただけだった。

彼女は俺ほどには日に焼けていなかったから、誰も気づかなかったらしい。



職員室で昼食を食べていると、先生たちによく話しかけられる。

授業での図書室利用の検討を求められている先生たちが、通りすがりに何かを確認したりするからだ。

ほかにも、サッカー部顧問の内田先生とは、1年生が図書室に通っていたことがきっかけになって、親しく話すようになった。

3年生担任の先生たちは、自分のクラスの生徒が図書室に来ているのか訊いてきたりする。


このことに気付いたとき、自分が今まで職員室で過ごす時間をとっていなかったことを反省した。

たしかに俺の仕事は図書室と司書室にあるけれど、そこに閉じこもっていてはいけなかった。

先生たちにとって俺自身が身近な存在でなければ、図書室と先生たちの橋渡しなんてできるわけがない。

机の上に本を置いておいたって、本は口が利けるわけではないんだから。

前任の前川さんが職員室でお昼を食べていたことも、そういう意味があったのかも知れない。


そう気付いたとき、昼食を一緒に食べようと誘ってくれた小野先生たちはとてもありがたい存在なのだと知った。

感謝の言葉を伝えても、「そのくらいのことで!」と笑われてしまったけれど。


一日に30分程度でも職員室で仕事をする時間を作ることにして、机に本を置いておくのはやめようと思った。

けれど3日目に、「雪見文庫はもう止めたの?」と尋ねられて続けることにした。

先生たちは、俺が本を持って来ている理由なんか、とっくにお見通しだったらしい。

職員室で仕事をするには本は邪魔だったけれど、通りすがりの先生たちと話すきっかけにもなるので、これはこれでよかったと思う。




あっという間に7月が終わり、8月に入った。

7月の利用状況を集計してみたら、なんと、去年の7月の3.6倍に達していた!

夏休み前の2クラスのLHRが効いているのは間違いないが、それよりも日々の積み重ねの方が重要であることがわかった。

机の利用者が増えたことが、数字の伸びに大きく影響しているからだ。


サッカー部の広瀬くんたちから始まった読書組がほかの部の1年生にも広がって、今では午前も午後も、自由席には運動部の男の子たちが座っている。

『自由席』という呼び名が、彼らには馴染み易いようだ。読書に飽きると小声で話したり、眠ったり、マトリョーシカを並べたりしている。

8席では足りなくて、最近は、書架のあいだに置いてある丸椅子を持って来て座っていることもある。

学習コーナーで読んでもいいのだと説明したけれど、少し雰囲気が違うから、入りにくいらしい。

自由席はスペースとしては余裕があるので、席を増やしてもいいかも知れない。


そんなことを思っていたときに坂口先生が立ち寄ってくれたので相談すると、すぐに予算を見て、大谷先生に相談してくれた。

その結果、新しい机と椅子を買えることになった! しかも、今の机に追加ではなく、自由席全体を新しいものに入れ替えてもいいと言う。

まあ、予算が潤沢にあるわけではないから高いものは買えないけれど。

昼食のときにそのことを話したら女性の先生たちが盛り上がり、俺にカタログを持って来させて、ああでもないこうでもないと、賑やかに検討してくれた。





児玉さんの北海道旅行も無事に終わり、そろそろ夏休みも後半に入る8月11日、月曜日。

ボラ部の生徒から、文化祭の準備のことで相談に乗ってほしいと言われ、3時から被服室に行くことになっている。

朝、児玉さんにその話をしたら、前回、俺が「ちょっと困った」と言ったことを思い出して、途中で顔を出すと言ってくれた。


「女の子たちに囲まれて困っている雪見さんを見物にね。」


と笑っていたけれど、俺が児玉さん以外に興味を持つのではないかと警戒して・・・なんてことはないだろうな。



3時すぎ。

カウンターに『校内にいます。』のプレートを出して、被服室へ。

被服室は中庭をはさんで反対側の校舎の1階にある。その隣に調理室が並んでいる。


部屋の前まで来ると引き戸は閉まっていて、中から女の子たちの声が聞こえる。

この前のときも、この戸を開ける瞬間が一番緊張した。


よし。

一応、ノックから。


すりガラスをトントントンと叩くと、中の声が静まった。

それを頭の隅で確認しながら引き戸を開ける。


「こんにちは。」


「「「ハッピー・バースデイ、雪見さん!」」」



!!



拍手の音。

真ん中の机の上に用意されたお菓子と飲み物。

女の子たちの笑顔。


「え・・・? あれ・・・?」


誕生日って・・・。


「はーい、どうぞどうぞー。」


佐藤さんに腕を引っ張られ、川畑さんに背中を押されて、机へと連れて行かれる。

そうしながらも、どうして自分がここで誕生日を祝ってもらえているのか理解できない。


「ええと、なんで・・・?」


「だって、雪見さんのお誕生日、今日ですよね?」


「え、まあ、そうだけど・・・。」


それは前回、質問攻めにあったときに言ったけど、だからってこんな・・・。


「雪見さん、一人暮らしで彼女もいないんですよね? お誕生日なのに淋しいじゃないですかー。」


「担任も顧問もしてないから、誰もお祝いしてくれないですよね? だから、わたしたちで用意したんです。」


「そうそう。わたしたち、これからもお世話になるし、ねー?」


「「はーい、そうでーす♪」」


ああ・・・。

この女子高校生特有のテンションが苦手だ・・・。


「あ・・・、そう、なんだ? ええと、どうも、ありがとう・・・。あの、文化祭の相談っていうのは・・・?」


「あ、絵本とおはなしの候補をいくつか決めたので、その中でどれがいいかアドバイスが欲しいんです。」


ちゃんと相談があるのか・・・。

それがなければ、早々に退散しようと思ったのに・・・。


「そう。じゃあ、見せて・・・」


「あ、まずはお菓子をどうぞ♪ 飲み物はどれがいいですか?」


「え、じゃあ、お茶を・・・。」


「雪見さん、チョコレートは好きですか? これ、ナオが北海道で買ってきたチョコなんですけど。」


「あ、ああ、ありがとう。」


「たまちゃんも北海道って言ってましたよね? 雪見さんは夏休み中に旅行は行かないんですか?」


「え、ああ、旅行っていうか、合宿みたいなものが・・・」


「合宿?! え、何の何の?!」


「フットサルって・・・」


「ああ、知ってる〜!! サッカーのちっちゃいのみたいなやつですよね?!」


「え? 何それ?」


「知らない? なんかさ、コートもゴールも小さいサッカーみたいな。そうですよね、雪見さん?」


「ああ、うん、そんな感じ・・・。」


「わー、雪見さん、サッカーやるんだー?」


「何言ってんの? この前、聞いたじゃん、中学からサッカー部だったって。」


「そうだっけ? 結構盛り上がってたから聞き洩らしちゃったのかな?」


ああ・・・、なんだか今日は、この前よりもさらに厳しい状況に・・・。


「雪見さん、絵本なんですけど・・・・。」


よかった〜!

ようやくまともな話題になりそう。

さすが佐藤さんだ。図書委員のときもしっかりしてるし、部長さんだけあって、ちゃんと押さえるところは押さえて・・・。


「こんにちはー。みんな、どう?」


この声は!


「あ、たまちゃん! いらっしゃーい!」


児玉さん・・・、ああ・・・。


「あの・・・。」


「ああ、雪見さん、どうもありがとう。・・・どうしたの? 今日はおやつが豪華だね。」


「児玉さ、先生、あの・・・。」


「雪見さんのお誕生会なんでーす♪ ねー?」


「「そうでーす♪」」


「え? お誕生日?」


「はい。誰にもお祝いしてもらえないのは気の毒なので、わたしたちがお誕生会を開いたんでーす♪」


ああ・・・。



児玉さん、驚いてる? それとも怒ってる?


黙っていてすみません・・・。







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