海デート その2
来てよかった・・・。
小さな入り江になった海岸。
海から吹いて来る風。波の音。
適度な人声。
アイスキャンデー屋の鐘の音。
夏の休日らしいのんびりした景色。
パラソルの下にはベッドが二つ。
隣のベッドには眠っている児玉さん。
話しているうちに眠ってしまったから、こちら側を向いて寝ている。
枕代わりにタオルを敷いて、少し微笑みを浮かべた頬に髪がさらさらとかかって。
パラソル越しでも日焼けするからと言って、日焼け止めをしっかり塗っていた。
肩から足の先まで覆っている大きなバスタオルから出ている右手が、ベッドの縁から下がっている。
頭の上に乗せていた麦わら帽子は、風が吹いて落ちてしまった。
それを拾ってかぶせてあげようかと思いながら、ぼんやりと彼女の寝顔をながめている俺・・・。
今は、ただ見ているだけで満足。
同じ時間に、同じ場所にいるだけで。
朝から二人でたくさん笑った。
パラソルの影からベッドがはみ出してしまうと言って。
浜が砂というよりも砂利で、足の裏が痛くて。
海の水が、思ったよりも生温かかくて。
俺が波をよけきれずに、服を濡らしてしまったとき。
それから、サンドイッチの量も。
学生のころ、母親は俺にサンドイッチを持たせるとき、パンを1斤使っていた。
だから今日も ―― 児玉さんが1斤食べるとは思わなかったけど ―― 2斤分の食パンで作って来た。足りないよりはいいと思って。
それを見て児玉さんは吹き出して、しばらく笑いが止まらなかった。
保冷剤を大量に入れて来たため、かなりつぶれていたことも。
でも、食べ始めたら「美味しいね!」と言ってくれて、結局、二人で全部食べてしまった。
朝が早かったし、遊んだり笑ったりしたから、お腹が空いていたんだと思う。
飲み物を飲みながらゆっくりして・・・、太陽が動いて場所が変わった影を追ってベッドを移動させて、ごろごろしながら話をした。
子どものころの思い出や、今までに見たおかしな夢、失敗談・・・、他愛のないことばかり。
そのうちに児玉さんはふっと目を閉じたと思ったら、そのまま眠っていた。静かに微笑みながら。
手をつなごうと思ったけど・・・。
朝から何度も。
“今なら” と思ったのに、手を差し出すことができなかった。
照れくさかったから・・・と、見極めきれなかったから。
断られたり・・・、見ないふりをされたりするのが怖い。
だから、最初からやらないままにしてしまった。
よく考えたら、駐車場で児玉さんが腕に寄り掛かってくれたときに、肩を抱き寄せることだってできたんじゃないか?
児玉さんはどう思っただろう?
気の利かない男だと思われちゃったかな・・・?
隣のベッドの縁から下がっている児玉さんの右手。
白とレモン色に塗り分けられたマニキュアが涼しげだ。
手を伸ばして、そっと指先をつついてみる。
2度。3度。 ―― 気付かない。
今度は指先を一本ずつつまんでみる。
中指まで来たとき、ほんの少し反応が。
くすぐったいのかも。
「ふ・・・。」
半分はため息、半分は笑い。
俺は勇気がなくて情けない男だ。
だけど、児玉さんはこんなに安心して眠ってる。
それに何より、今日、来てくれた。
一緒にたくさん笑ってくれた。
希望はまだ十分にある。
今日一日だけで結果が決まることではないから。
「児玉さん。好きです。」
声を出さずにつぶやくと、まるで聞こえたように、眠ったままの児玉さんがにっこりと笑った。
何か楽しい夢でも見ているのかな?
その夢に、俺も参加していますか?
帰る前に、もう一度波で遊びましょう。
そのときには・・・・。