海デート その1
ああ・・・緊張する。
児玉さん、どんな服を着てくるんだろう?
俺が用意したサプライズを喜んでくれるだろうか?
今までよりもう少し、仲良くなれるだろうか?
・・・その前に、俺の服装、大丈夫だろうか?
今日のために、服を買いに行ってしまった。
今まで着ていた服は大きめになっていて、あちこちに弛みが出てしまうことに気付いて。
なんてことのない七分丈のパンツとTシャツに半袖シャツだけど、体に合うものにしたら、思ったよりもすっきり見えて嬉しい。
児玉さんのお弁当と励ましのおかげだ。
職員室でお弁当を食べているとき、小野先生が俺の弁当を見て言っていた。
「やっぱり、雪見さん用のお弁当は雪見さん仕様なんだね。」
と。
以前、原口先生に作っていたお弁当とは違って、俺のお弁当には肉や魚のメインのおかずが多いらしい。
でも、よく見ると、肉と一緒に野菜とか白滝が一緒に料理されていたり、揚げ物のようで揚げ物ではなかったり、カロリーが高くなり過ぎないように工夫されていると教えてくれた。
それを聞きながら、児玉さんは「うふふふ。」と笑うだけだったけれど。
そんな児玉さんの心遣いに対しては、この姿を見せることそのものが、お礼になるような気がする。
車が児玉さんのマンションに近付くと、下の歩道に児玉さんが立っているのが見えた。
俺の車に気付いて、大きく手を振る。
レモン色のノースリーブのヒラヒラした短いワンピース? ・・・の下に、ベージュのショートパンツ。
大きな麦わら帽子と青いボーダー柄の大きなバッグ。素足にサンダル。いかにも「海に行こう!」って感じ。
「おはよう。」
車を止めるとすぐに、児玉さんが自分でドアを開けて笑顔であいさつ。
その遠慮のなさがいかにも児玉さんらしくて、緊張していた心がふわりと軽くなった。
「おはようございます。荷物は後ろに置きましょう。」
「ありがとう。」
受け取ったバッグは大きいけれど、それほど重くはない。
泳がないって言っていたけど・・・?
「何が入ってるんですか?」
助手席に納まって麦わら帽子を脱いで髪を整えている児玉さんから、いつもの微かな香り。
俺の問いにこちらを向いて、猫のように笑う。
「ふふーん、あのねえ、バスタオル。」
「バスタオル? 泳ぐことにしたんですか?」
それは楽しみだ!
「違うよ! 水着じゃないの、バスタオル! そんなににやけても無駄だよ。」
「え・・・?」
にやけてますか?
「お昼寝をするのに必要でしょ? 大きいバスタオルを2枚持って来たの。雪見さんの分もね。」
寝る気満々ですね・・・。
まあ、寝顔を見るのもいいな。
「有り難くお借りします。じゃあ、出発しましょうか。児玉さん、シートベルトは・・・。」
・・・と。
児玉さん、脚が・・・。
「シートベルト、OKよ。じゃあ、行きましょう!」
「は、はい。」
脚が気になる〜!!
見てたら危ないけど・・・、それに失礼だし・・・。
「そうだ。ええと、サングラス、どこだっけ・・・?」
サングラスくらいでどう変わるのかよく分からないけど、とりあえず視線は隠せるよな?
とは言っても、この独り言がすでに言い訳がましい・・・あれ、無い? いつもはドアポケットに・・・。
「サングラス? 無いの? じゃあ、こっちじゃない?」
「え? あ。」
児玉さん!
ダッシュボードを見てくれるのは有り難いんですけど、かがむとノースリーブの袖口が・・・いえ、中は見えませんけど、でも。
「あったよ。これでしょ?」
「あ、はい、ありがとうございます・・・。」
よく見ると胸元も・・・、肩はほぼむき出しというか・・・ブラの紐はないのか? いや、俺がそんな心配をする必要はないけど・・・。
ダメだ。
サングラスを早く早く。
「じゃあ、行きます。」
「はい♪」
ああ、児玉さん。
その服装、けっこう気になります・・・。
話をしているうちにどうにか落ち着いて、渋滞に巻き込まれることもなく目的地に着いた。
よく見たら(いや、そんなにじゃないけど。)、児玉さんの足の爪にもネイルで模様が描いてある。
今日のデートを楽しみにしていてくれたのかも知れない・・・と思うと、ますます気分がハイになってしまう。
浮かれて間抜けな失敗をしないように気を付けなくちゃ。
「雪見さん。何を持って来たの?」
駐車場で荷物をおろすと、児玉さんが不思議そうに尋ねた。
児玉さんのバッグよりも大きいスポーツバッグが意外だったらしい。
「これですか? ビーサンとタオル、あと着替えのTシャツとか・・・。」
「それだけ? なんだか重そうに見えるけど?」
重そうに見えるか・・・。
児玉さんを驚かせようと思って持って来た分だな。
うーん・・・、なんだかもう言いたくなってきた。
ぎりぎりまで黙っていようと思ったけど、早く児玉さんが驚く顔を見たい!
うん。もういいや。
言ってしまおう。
「ええと・・・、実はお弁当です。」
「お弁当?!」
「はい、その、サンドイッチなんですけど・・・。」
「雪見さんが作ったの? サンドイッチを?」
「はい。」
「今朝?」
「はい。その・・・、たまには俺が早起きしてお弁当を作るのもいいかな、と・・・。」
「雪見さん・・・・・。」
驚いてる? うん、驚いてるな。
あんなに目を丸くして、口をぽかんと開けて。
大成功だ!
「念のため、保冷剤をたくさん入れてきたんですけど・・・、大丈夫ですよね? 味は不味くはないと思いますよ、ちゃんと味見も」
と、え? わ。
「ありがとう。」
腕に寄り掛かってくれた・・・。
麦わら帽子がちくちくするけど・・・児玉さんがちゃんと分かってて触れてくれたのって初めてだ・・・。
「ええと、あの、い、行きましょうか。」
「うん。」
この笑顔は、俺のための笑顔だ。
俺が獲得した笑顔。
「荷物持ちましょうか?」
「ううん、大丈夫。・・・ねえ、雪見さん。」
「はい?」
「もう、お腹はあんまり気にならないね。」
「え?」
気付いてくれた?
「・・・そうですか?」
「うん。前はもう少し恰幅がよかったけど、今はそれほどじゃないもんね。」
「あ、あの、ありがとうございます。児玉さんのおかげです。実はこの服、新しく買ったんですよ。今までのがゆるくなったので。」
「ああ、そうなんだ? カッコいいよ。」
うわ、「カッコいい」って・・・もう、どうしよう?!
触ってみますか? ・・・なんて言っちゃったりして?!
「ありがとうございます。あの・・・、児玉さんも似合ってます、その服。」
「あ、そう、かな? ありがとう。」
幸先のいい滑り出し。
この分だと、今日のデートは大きな一歩になりそう。