図書室の利用法
児玉さんとの電話のあと、なかなか寝付けなかった。
会話が繰り返し浮かんできて・・・、特に最後の「おやすみなさい。また明日ね。」が・・・。
まるで、耳元でささやかれたみたいな気がして、せつなくて。
児玉さんに会いたくて・・・。
なのに今朝、児玉さんに会ったら、まっすぐに顔を見ることができなかった。
お弁当を受け取ろうとして指先がぶつかったとき、まるで、そこから心臓まで電流が流れたような気がした。
電車の中で隣同士でつり革につかまって話しながら、ずっと肩がぶつかりっぱなしっていうのはわざとらしいだろうか、と、真剣に悩んでしまった。
海はあさって。
それまでは我慢我慢・・・。
「お待たせー。」
金曜日の朝、9時に図書室を開けると、いつものメンバーのうしろに日焼けした男の子たちが5人ほど待っていた。
広瀬くんが一緒にいるところを見ると、サッカー部の仲間らしい。
きのうのおはなし会に来ていた子もいる。
「あ、どうも・・・。」
どの子も恥ずかしそうにちらりと俺を見て、小さくあいさつをしながら通り過ぎて行く。
そのままみんなで自由席にバッグを置き、課題の本のところへぞろぞろと。
そういえば、昨日、広瀬くんには貸し出しをしていなかった。
午前中、彼はずっと自由席で本を読んでいて、そのままおはなし会から昼休みに入ってしまったから。
1時に俺が戻ったときには、部活に行ってしまったあとだった。
今日は借りるのかな?
この時間に来たってことは、今日もここで読んで行くつもりなのかも知れないけれど・・・。
それにしても、友達を連れて来てくれたなんて、なんだか嬉しい。
ここが役に立つってことに気付いて、宣伝してくれたってことだから。
もしかすると、居心地がよかったのかも知れないな。
だとしたら、今後もずっと利用してくれる生徒になってくれるかも。
「あの・・・。」
課題本のコーナーで、広瀬くんが困った顔で振り向いた。
「あ、なに?」
「みんなが・・・どんな本かって・・・。」
ああ。
昨日みたいに説明してほしいってことか。
課題用のプリントには簡単に紹介してあるけど、いざとなると、どうしたらいいのか分からなくなってしまうみたいだ。
「広瀬くんはどれにしたんだっけ?」
会話をしながら本を紹介していくと、彼らの緊張が消えて行く。
みんな、本を借りても家では読まない可能性が高いので、部活のついでにここに来て読んで行くことにしたのだと教えてくれた。
たしかにそれは賢い選択かもしれない。
夏休みの部活は長くて疲れるから、夜に本を開いたりしたら、あっという間に夢の中だ。
「この時期に来てよかったと思うよ。後半だったら、本が残ってなかったかも知れないから。」
そう言うと、5人は顔を見合わせて「ラッキーだったな。」と頷き合った。
まあ、少し大袈裟に言った部分もあるけれど。
「貸し出し手続きをすれば、読み終わるまではその本を確保できるけど? ここに置いておくと、誰かが借りてしまうかもしれないよ。」
そう言うと、5人とも戸惑った様子。
ほんとうに図書館初心者という感じだ。
「手続きをしても、ここで読んでもいいんだよ。ただ、期限内に返却することと、それまで自分で保管してくれれば。」
「あ、そうか。しおりをはさんでもいいんだ。」
「そういうこと。もしかしたら、電車の中や家で読むかも知れないし。」
「じゃあ、借ります。」
「それがいいよ。決まったら、カウンターに持って来てね。」
俺が離れると、彼らは本を手にとって見比べ始めた。
その後ろ姿がなんとなく可愛らしくて、こっそりと微笑んでしまった。
お昼前、坂口先生が忙しそうにやって来た。
「雪見さん、火曜日の校長の提案なんだけどさあ。」
「あ、はい。」
授業での図書室利用のことか。
「教科ごとに話し合ってるんだけど、具体的にどうしたらいいのかわからなくてね。」
「ああ、そうですか。たしかに、急に言われると混乱しますよね。」
「借りてった資料を読んでも、それを自分の授業に組み込むのがね・・・。」
「そうですよね。ちょうど今、前の学校でやった課題を見ていたんですけど・・・。」
「あ、あるの、そういうの?」
「はい。僕の覚え書き程度で、たいしたことはないんですけど。」
「いや、いいよ。どんなことやってた?」
「調べ物の課題がほとんどで、大まかに分けるとレポートとグループ学習ですね。最終的に、授業の中か掲示かで発表することが多かったです。熱心な学校だと、もっといろいろあるようですが。」
「課題の内容は?」
「その年によっても違うんですけど、教科書に関連した内容が多かったですね。あとは、進路とか環境問題など・・・。」
「そうか・・・、うーん・・・。」
俺の話を聞いただけじゃ、想像もつかないのかも知れない。
「とりあえず、この課題だけでも、一覧表にしましょうか?」
「あ、できる?」
「いいですよ。図書室を使うとなると時期の調整もありますから、具体的なことは個別にご相談が必要になりますけど。」
「ああ、そうか。一度に何クラスも組めないよなあ。」
「そうですね。宿題として出すのであれば、昼休みや放課後の利用だけで済みますけど。」
「雪見さんの資料と手引書を見てもらって、まずは、できそうな科目を申し出てもらうかな。それから、時期や方法を検討して・・・。」
「資料を新しく買う必要があれば、その選定の時間もあった方が・・・。」
「なるほど。」
「柏木先生にも聞いてみたらどうでしょう? 情報では毎年授業をやっていますから。」
「ああ、そうだね。うん、そうしよう。あと、もう一度資料を探してみるよ。」
「はい、どうぞ。」
もしかしたらほんとうに、 “5倍” も夢じゃないのかも。
・・・なんて、そればかりを気にしているわけにはいかないな。
一番大事なのは、先生と生徒が、図書室を利用して満足してくれるかどうかだ。
数字はその結果として出てくるだけ。 “結果” というよりも、その “過程” で、だ。つまり副産物でしかない。
俺の仕事はあくまでも、図書室を役立たせること。・・・今は、役立つことを知ってもらうこと。
とは言え、自分の将来もやっぱり大事だ。
とりあえずは、あさってのイベントだな。
児玉さんとのデート。
もっと仲良くなれるチャンス!
児玉さんに嫌われたら、 “5倍” を達成しても意味がない。
失敗しないように。
見直してもらえるように。
喜んでもらえるように。
そうだ!
ちょっとサプライズがあってもいいよな?
児玉さんが喜ぶようなサプライズ。
何がいい?
こうやって考えてみるだけで、児玉さんが驚いて笑う姿が目に浮かぶ。
なんだか声まで聞こえてくるような・・・。
「雪見さん、これ追加で借りたいんだけど。」
うわ、坂口先生!
まだいたのか・・・って、当たり前か。
「はい。」
忘れててすみません・・・。
「図書室って、どんな資料でもあるんだなあ。僕ももっと利用しないともったいないな。あはははは。」
「そうですよ。お願いします。」
特に坂口先生は図書室担当なんですから。
まあ、気付いていただけだだけでもよかったです。
・・・でも、笑顔は児玉先生が一番だな。