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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
7 夏休みの章
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夏休みの図書室


夏休み2日目から、職員室でお昼を食べることになった。

先生たちも同じ時間に昼食を取ることにするから一緒にと、小野先生が誘いに来てくれたのだ。


「打ち合わせ机に集まって食べるから、ちょっと狭いけどね。」


と笑って。


児玉さんと仲の良い小野先生が、俺の告白のことを聞いているのかどうか分からなくて焦った。

でも、今のところは特に俺たちの関係に変化がないことを思い出して、いつもどおりの態度でいようと覚悟を決めた。

行ってみると、伊藤先生と横川先生もいて、俺の姿を見た伊藤先生にちらりと目で合図された。

俺も視線で「黙っていますよ。」と応じ、この中だったら児玉さんと俺のことを気にする人はいないのだろうとほっとした。



学習コーナーの利用者は、今のところ15~20人くらい。

野村くんのように、朝から夕方までいる生徒が7、8人。

部活の前やあとに、半日だけ利用している生徒がもう少し。

朝や昼どきに話してみたら、一日利用している生徒の中には遠くから来ている生徒もいて感心した。




7月24日、木曜日。

朝9時に図書室の入り口を開けると、廊下で待っていた見慣れた顔の中に、図書委員の佐藤さんがいた。


「雪見さん。おはようございます。」


いつものメンバーがそそくさと席に向かうあとに続かず、俺の前で立ち止まる。

ワイシャツに白いニットのベスト、紺のスカートと靴下。

ポニーテールにした髪がきりりとして、しっかり者の佐藤さんらしいな、と思う。

一緒にいるのは肩くらいの髪を2本の小さな三つ編みにした女子生徒。この子は図書委員じゃないと思うけど・・・。


と思ったところで思い出した。

ボランティア部だ。

今日、おはなし会をやってみせる約束だったから。


「おはよう。まだ約束の時間には早いけど・・・?」


「はい。念のため、雪見さんの都合を確認しようと思って。」


「ははは、僕が忘れてないか心配だったわけか。大丈夫だよ、練習もしてきたから。11時から被服室でいいんだよね?」


「はい。よろしくお願いします。」


ボランティア部・・・児玉さんは、今日は行かないって言っていた。

『100万回生きたねこ』をみんなと一緒に聞くのは無理だからって。

俺も、その方がいいと思う。


佐藤さんたちは笑顔で軽く頭を下げると、書架の方にちょこちょこと走って行った。

その途中で、学習コーナーにいた女子生徒が彼女たちに声をかけている。

引退した先輩なのかな? 親しげに、うなずいたり笑ったりして。


「おはようございます・・・。」


トーンの低い声。

日焼けした顔の男子生徒。

肩にかけている白いエナメルバッグはサッカー部だ。


「おはよう。」


図書室に来るのは初めて?

一歩入ったところで、戸惑うように、奥の机と並んだ書架を見ている。


「勉強?」


「あ、いや、あの・・・。」


「何か、探しに来た?」


“大丈夫だよ、落ち着いて。” ・・・という気持ちを込めて、少しゆっくりめに声をかける。


「あ、その、現国で・・・本を読めって・・・。」


「ああ、読書課題だね。こっちに出してあるよ。」


学習コーナーとカウンターの間にある特集コーナーへと案内すると、彼はまた戸惑うようにそれを見るだけ。

何秒かして、困った顔で俺を見た。


「あの・・・。」


選ぶのも難しいらしい。

もしかしたら、どの本も難しい内容に感じているのかもしれない。


「何年生?」


「あ、1年・・・です。」


こういうときに、簡単に本を紹介するのも俺の仕事。

紹介しているうちに生徒が興味を示してくれるのは嬉しいし、だんだんと会話がスムーズになるのも楽しい。

最後に笑顔で借りて行ってくれればなおさら。


広瀬くん(というのがその子の名前だった。)は候補に決めた2冊から、なかなか決められなかった。

部活の練習時間は大丈夫なのかと心配になって尋ねたら、午後からだと答えが返って来た。自分が迷うことがわかっていて、早く来たのだと言う。


「2冊とも借りて行く?」


「でも・・・、読めるかどうか・・・。」


「じゃあ、試しにここで読んでみたら?」


そう提案すると、


「いいんですか?」


と驚いた顔をされたので、逆にびっくりした。

図書室の中で本が読めることを忘れていたのか、知らなかったのか。

利用したことがない生徒は、こんな感じなのかも。


「もちろん、いいんだよ。午前の貸し出しは10時までだけど、僕がいる時間だったら声をかけてくれればできるから。」


自由席に案内して「飲み物は飲んでもいいからね。」と言うと、ほっとした顔で席に着き、ちらちらと周りに目を配りながら、最初の本を読み始めた。

気に入るといいね。



カウンターで待っていた生徒の貸し出し手続きを終わると、勉強しに来ていた女子生徒が話しかけてきた。


「ボラ部でおはなし会をやるって聞いたんですけど・・・?」


うしろにさっきのボラ部の2人を従えている。


「うん、そうだよ。」


「この前、3年5組でやったのと同じですか?」


「5組・・・っていうと、倉本先生のクラス? うん、同じだよ。」


「雪見さん! あたしたちも聞きたいんですけど!」


うわ! すごい勢い!

両手を胸の前で握り合わせて、カウンターに乗り出すように迫って来る。


「え、ええと、ボランティア部の先輩・・・なんだよね? 11時から被服室でやるから、そっちに・・・」


「そうじゃなくて、ここで。」


「え? ここで? だって、勉強してる邪魔になっちゃうよ。」


「大丈夫。今、みんなに訊いたら、全員、聞きたいって言ってますから!」


「え? 全員?」


確認したのか?

全員に? ・・・たいした人数じゃないけど。


「3年生のあいだで、面白いってウワサになってたんですよ。2組と5組だけしかやらないなんて、ずるいじゃないですか!」


「ずるいって言われても、担任の先生からの依頼で・・・。」


「この子たちも、部員をこっちに連れて来るって言ってますから、お願いします!」


「ええと・・・。」


どうしよう?

できないわけじゃないけど、・・・みんな、この子に押し切られちゃったんじゃないのかな?


「いいのかな・・・?」


学習コーナーを見回すと、目が合った数人が頷いた。

野村くんも、おずおずと。


「・・・わかったよ。じゃあ、11時から。」


まあ、30分くらい息抜きしてもいいのかも知れないな。

ここに来る生徒は、毎日黙々と机に向かっているだけだから・・・そうか。


「11時半からにしようか? そうすればみんな、そのままお昼の休憩に入るだろ? きみたちはどう?」


佐藤さんたちに尋ねると、二人は顔を見合わせた。


「わたしたち、見せてもらったあとで、相談に乗ってほしかったんですけど・・・。」


「ああ、そうだよね・・・。その前か・・・、午後は3時からなら空いてるけど・・・。」


二人は相談すると、笑顔で言った。


「じゃあ、3時からお願いします。」


「それでいい? 悪いね。」


「いいえ、いいです。その方が、雪見さんが来てくれる前に、みんなで見た感想や、質問をまとめたりできるので。」


「そう? じゃあ、まずは11時半に、ここで。」


「はい。よろしくお願いします。」


遠慮してうしろで待っていた貸し出し希望の生徒に合図して、本を受け取りながら、おはなし会の人数をざっと見積もってみる。


勉強中の生徒が11人、ボラ部は10人くらいって言ってた。

20人程度なら、小ぢんまりした会になる。

机を壁の方に寄せて通路を広げて、そこに椅子を持って集まってもらおう。

その方が授業とは違う砕けた雰囲気になるし、絵本も見せやすい。



・・・と思っていたら。



11時を過ぎたころから、ポツリポツリと生徒が増え始め、最終的には40人近くになっていた。

どうやら、来ていた生徒が友達に知らせたらしい。

広瀬くんは出て行ってしまうかと思ったら、逆に、彼のところにもサッカー部の友達がやって来ていた。

LHRという拘束された時間の中でではなく、生徒の自由時間に時間を割いて参加してくれているということに、嬉しさと、少しばかりのプレッシャーを感じる。


予定とは少し場所を変えはしたけれど、前回よりもずっとリラックスした雰囲気でおはなし会は始まった。

生徒たちは、ニヤリとしたり、吹き出したり、友達とつぶやき合ったり、少し泣いてくれたりして、俺はとても気分良く話すことができた。

終わったときの、生徒たちの満足そうな笑顔が、とても嬉しかった。

一人の生徒が「定期的にやってくれればいいのに。」と言ってくれたことも。



午後になっても明るい気分が続き、そのままボランティア部に顔を出したら、女子生徒に囲まれて予想外の質問攻めにあって困ってしまった・・・。







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