★★ お父さん?! : 児玉かすみ
「かすみさんにお見合いをさせないでください!」
父への紹介とあいさつが済んだあと、雪見さんが最初に言った言葉はこれだった。
床に土下座して頼んだのだ。
はっきり言って、びっくりした。
たぶん、両親よりもわたしが。拍子抜けっていうか。
だって・・・あまりにも真面目なんだもの。
たしかに雪見さんは、昨夜、わたしにも同じように言った。
わたしも、わたしとの関係が誤解されないようにしてくれと釘を刺したのは事実。
でも。
ここで、わたしの親に言うとしたら、わたしとお付き合い云々ではないの?
お見合いを阻止するだけって、あまりにも控え目過ぎない?
「見合いをさせるなって・・・なんでお前がそんなことを。」
ああ・・・。
お父さん、不機嫌そうな顔。
痩せてて小柄だから、雪見さんと比べたら全然貫禄がないけど、今は威張ってるね。
まあ、さすがにこの状況では自分が優位なのは間違いないもんね。
ソファにそっくり返って腕組みなんかしたりして。
「あ・・・、あの、僕は、かすみさんが好きです。」
おお、ようやく言ったね・・・。
あらら、すごい汗。
冷房は強めにしてあるけどけど、スーツを着たままだから・・・。
「それで、かすみさんには僕と・・・」
「かすみ。」
「あ、はい。」
睨まれちゃった・・・。
「お前は、こいつのことをどう思ってるんだ?」
「どうって・・・、まあ、いいひと・・・?」
「なんだ、それは?! こいつと結婚したいのかって訊いてるんだ!」
「え? いや、まだそれは・・・。」
「じゃあ、なんで連れてきたんだ!」
「うーん、その・・・。」
そう言われても・・・。
お父さん、青筋立ってるよ。
・・・仕方ないか。
「あのっ、すみません! 僕がお願いしたんです。会わせてほしいって。」
「お前が? なんでだ?!」
「お見合いをさせないでいただくためにです。こだ・・、かすみさんに、僕とのことを考えていただきたいからです。」
「お前・・・、あの日、あんな態度をとっておきながら、今さら何を言ってるんだ!」
「申し訳ありませんでした!!」
そうだよね・・・。
あれは謝るしかないよね・・・って、わたし、なんでこんなに落ち着いてるんだろう?
「・・・かすみ。」
「はい。」
「お前、こいつとは・・・?」
「ええと・・・、4月に雪見さんがうちの学校に異動して来て・・・。」
「そうじゃなくて、どんな関係なのか訊いてるんだ!」
どんなって・・・、深い関係だって言ったら面白いかも?
・・・無駄か。
きっと、雪見さんが自分で否定するだろうから。
「今のところは、特に何も・・・。」
「じゃあ、見合いくらいしたっていいだろう。」
え、そう?
「ダメです!」
あ、やっぱりそう?
そうだよね。
この状態じゃ、天秤にかけるみたいに・・・。
「お見合いをしたら、相手がかすみさんを気に入るのは分かっています! だから、させないでください!」
「ぷ・・・。」
お母さん・・・、笑わないでよ。
わたしだって、あれは言い過ぎだと思うけどね、娘が褒められてるんだよ?
「かすみ。お前はどうなんだ?」
「どうって・・・?」
「見合いをしたいのか、したくないのか。」
「うーん・・・、今のところは・・・しない方がいい?」
やだなあ、雪見さん。
そんなに嬉しそうな顔しないでよ。
「こいつがいるからか?」
「雪見さんが理由かって言われると、よく分からないけど・・・。」
「なんだ、その態度は! 30にもなって、そんな、わけの分からん態度で・・・」
「まだ30じゃないもん! 分からないものは分からないんだから、仕方ないでしょ?!」
頭にきた!
さっきから怒りっぱなしで!
「あの、児玉さん・・・。」
雪見さん?
「いいから、気にしないで。だいたいねえ、お父さん、おかしいよ。やたらと結婚結婚って言ってたくせに、候補者が出てきたら、別な相手とお見合いしろなんて。」
「候補者って、やっぱりお前、こいつのことが気に入ってるんだな?!」
「だから、分からないって言ってるでしょ?! これから考えるんだよ!」
「どこがいいんだ、こんなヤツ! あんなに横柄な態度だったんだぞ!」
「それは2年前の話でしょう? 今は違うよ! それに、ちゃんと反省してるじゃない!」
「ふん! こんなにいかにも情けなくて頼りなさそうな男じゃ、結婚なんて無理に決まってる!」
「情けなくて頼りなくなんかないよ! 仕事だってちゃんとやってるんだから! 利用者3倍っていう目標にだって順調に近付いてるし!」
「仕事をちゃんとやるのは、社会人として当たり前だ! それに、3倍くらい、自慢するようなことか!」
「お父さんには分からないかもしれないけど、簡単なことじゃないんだよ! 周りの人の意識を変えなきゃいけないんだから!」
あらら・・・。
雪見さん、困った顔してる。
まあ、目の前で親子喧嘩されたんじゃね・・・。
「・・・・5倍だ。」
「え?」
「はい?」
「3倍じゃダメだ。5倍だ。」
「・・・5倍?」
「雪見、だったな? かすみを嫁に欲しいなら、5倍を達成しろ。」
「お父さん。そんな。」
「はい。」
雪見さん?!
「かすみさんと結婚できるなら、やります。」
そんな!
「雪見さん。3倍だってそんなに簡単じゃないのに。」
「いいえ、やります。やってみないと結果はわかりませんから、可能性があるならやります。」
雪見さん・・・・。
「その結果が出るまでは、かすみさんにお見合いはさせないでください。」
「・・・・分かった。」
「ありがとうございます。」
お父さんにお礼を言うようなことなの?
お父さんは無理だと思って言ってるんだよ・・・?
お昼を辞退して、雪見さんは帰って行った。
これから伯母さんの家に行くと言って。
別れ際、背筋を伸ばして玄関に立った雪見さんは清々しい表情で微笑んでいて、スマートとは言えないけれど凛々しかった。
その笑顔に思わず目を伏せてしまった自分に呆れた。
これではまるで・・・・・。
夜。
ベッドの中で気付いた。
お父さんも雪見さんも、 “5倍” を達成したら、わたしが雪見さんと結婚すると思ってる?
わたしは、まだ分からないって言ってるのに・・・?
まあ、いいや。
その頃になれば、わたしも自分の気持ちが分かるだろうから。
なるようになるでしょう。
・・・なんて、変に落ち着いている自分が笑える。
ふふふ。
おやすみなさい、雪見さん。
今日はお疲れさま。