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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
6 七月の章
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とにかくお見合いだけは!


パシ!



肌をたたく音に驚いて顔を上げると、児玉さんが自分の腕をたたいた音だった。


「うわ、痒い。蚊が集まって来たよ。」


・・・・蚊?


「ああ、もう、お酒を飲んだからかな? なんか、耳元でブンブン言ってる。」


たしかに俺の周りにも蚊が集まっている気がするけど・・・俺の話は?


「こんなところで立ち止まってちゃダメだわ。雪見さん、話は終わった?」


「え? いえ、終わってません!」


俺の大事な話を蚊なんかに邪魔されてたまるか!


「児玉さんがお見合いをしないって言ってくれるまで、諦めません!」


「ああ、そう・・・。うわ、また来た。やだ!」


諦めないけど、落ち着かない・・・。


「だけど、明日には実家に帰るし・・・。しょうがないな。雪見さん、絶対に変なことしないって約束できる?」


「はい?」


“変なこと” って、なんだ?


「ああ、もう! 蚊に刺されるのが嫌だから、わたしの部屋に連れて行くけど、襲わないかって訊いてるの。」


今度はストレートに!


「は、はい、襲ったり・・・しません。」


口に出すのも恥ずかしい・・・。


「じゃあ、行こ。早く。」


「はい。」


って、返事をする前に連行されてるんですけど?!

どう見ても、児玉さんが俺を襲うつもりっていう図では・・・?



考え過ぎか。






「ええと、なんだっけ?」


児玉さんの部屋で、小さいダイニングテーブルをはさんで座った児玉さんが、肘をついた手に顎を乗せて俺に問いかける。


無邪気な瞳。微笑みを浮かべた唇。

蚊に追われて急いで部屋に来て、刺されたあとに薬を塗っているあいだに、児玉さんは落ち着いたらしい。

ついでに俺の用事も忘れてしまったようだけど。


その方がよかったかも知れない。

落ち着いて仕切り直した方が、きちんと話ができる。

2年前のことをきちんと謝って。


よし。

深呼吸をして。


「お見合いのときは、申し訳ありませんでした。俺は今、児玉さんが好きです。俺と結婚 ――― 」


「ああ、そうだったね! そうだ、そうだ。その話ね。」


軽過ぎ!

しかも途中で!


「うーん、どうしたらいいんだろう・・・?」


それはどういうことなんでしょう?


「あのう・・・、児玉さんは俺のことをどう思っているんでしょうか・・・?」


問題はそこなんですけど・・・。


「どうって・・・、そういう対象として考えたことなかったから・・・。」


「・・・ただの同僚ですか?」


「うーん・・・、まあそうね。」


やっぱり・・・。


「結婚相手として考えてみてもらえませんか?」


「結婚相手として・・・・? まあ、特にいやだとは思わないけど・・・。」


「え? それって、結婚してもいいってことですか?!」


やった!!


「いえ、ちょっと待ってよ。なんて言うか・・・そうね、そうやって目の前に座っていても、べつに構わない気がするんだけどね、」


・・・けど?


「男性として好きかって訊かれたら、まだよく分からないのよね・・・。」


それって・・・順序が逆じゃないですか?

“好きだから一緒にいてもいい” じゃなく、 “一緒にいてもいいけど、好きなのかどうか分からない” なんて・・・。


いや、それよりも、「座っていても構わない」って、景色と同じ・・・?


「児玉さんは、俺のことは嫌いですか・・・?」


「え? 嫌いなわけないでしょう? 嫌いだったらこんなに仲良くしないよ。」


じゃあ、可能性がないわけじゃない・・・よな?


「だけど、断られたから・・・。」


「あれは・・・すみません。」


「それはいいんだけど・・・、わたしは雪見さんが好きなタイプとは違うと・・・。」


「どうしてそんなことを言うんですか?! 何を根拠に?」


「だって・・・、横川先生に見惚れてたじゃない。」


それを言われると・・・。


「そ、それはたしかに見惚れていたこともある・・かも知れませんけど、俺が好きなのは児玉さんだけです。」


「・・・いつから?」


「たぶん・・・4月に会ったときから・・・いいひとだなって・・・。」


「4月から? 横川先生に失恋したからじゃないんだ?」


失恋?

横川先生に?


「違いますよ!」


「じゃあ・・・、お弁当のせいとか?」


「違います! お弁当だけのせいじゃありません! それじゃあ、まるで餌付けされたみたいじゃないですか! どうして信じてくれないんですか? こんなに児玉さんのことが好きなのに。」


「うーー・・・。」


「児玉さん、好きです。児玉さんじゃなくちゃダメです。児玉さんのいない生活なんて考えられません!」


「そんな・・・。急過ぎて・・・。」


「すぐに結婚してくれとは言いません。でも、結婚を考えるなら、まず俺と考えてください! お見合いはしないでください!」


「しないでって言われても、親が簡単には承知しないし・・・。」


「じゃあ、俺から直接、ご両親にお願いします。」


「・・は?」


「明日、児玉さんがご実家に帰るとき、一緒に行って、お見合いをさせないでくださいとお願いします。」


「え? いいよ、そんなこと。」


「いいえ、行きます。決めました。2年前のお見合いのことをお詫びして、児玉さんと正式にお付き合いさせていただけるようにお願いします。」


「雪見さん・・・。」


呆れられてる?

だけど、必要なことだ。

児玉さんにお見合いをさせないために。

児玉さんと結婚するために。


「諦めないの・・・?」


「諦めません。」


「明日・・・一緒に行くの?」


「はい、行きます。」


「・・・・・・。」


しばらく困った顔で俺を見つめたあと、児玉さんが大きなため息をついた。


「分かりました。一緒に行きましょう。でも、わたしの気持ちはまだ決まってないってこと、ちゃんと分かってくれる?」


「はい。分かっています。」


「そこのところをちゃんとうちの親に説明してくれる?」


「もちろんです。」


「じゃあ・・・、明日は10時ごろ出る予定です。今日はこれで。」


「はい。」


玄関で靴を履きながら、ふと思い出した。


「児玉さん。」


「はい?」


「あの・・・、お弁当はもういいです。」


「お弁当? どうして?」


「その・・・、申し訳ないので。」


悲しい。

児玉さんとのつながりが切れてしまう。

だけど、今の状態でお願いするのは・・・。


「雪見さん。」


「は・・い。」


思いのほか強い口調に驚いて顔を上げると・・・もしかして、怒ってるんだろうか?


「それとこれとは話が別よ。」


「はい・・・。」


「痩せることも、お弁当も、わたしが言い出したことでしょう? 結婚の話とは関係がないのよ。それとも、もうダイエットはやめるの?」


「い、いいえ、やめません。痩せる努力は続けます。」


「だったらお弁当も続けます。それとも・・・雪見さんは、いやなの?」


怒っていた表情から一転、ふっと柔らかい表情で尋ねられ、一旦硬くなった心が一気に融ける。

弱気な自分が現れる。


「いいえ・・・。毎日楽しみで・・・。」


「だったら続けましょう。ね?」


手のかかる子をなだめるような優しい笑顔。

悲しい心を温かく包んでくれる。


「はい・・・。」


のどの入り口が詰まったようになって、それ以上、何も言えなかった。

何か言ったらきっと・・・。


「じゃあ、今日はこれで帰りなさい。また明日ね。」


「はい。」


外に出てドアに向き直ると、ドアの横から顔を出した児玉さんがにっこりと微笑んで言った。


「おやすみなさい、雪見さん。」


「はい。お邪魔しました。」


深く頭を下げて戻したときには、もうドアは閉まっていた。







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