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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
6 七月の章
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びっくりした勢いで


「ああ・・・、 ホントに “お疲れさま” って感じだよねー。」


7月18日の夜。

夏休みを前に、職場の暑気払いが行われた帰り道。

少し酔った児玉さんが、両腕を高くあげて伸びをする。


水色のブラウスにひざ丈の砂色のスカート、白いバッグと靴という服装の児玉さんは、蒸し暑い夏の夜でも涼しげだ。

今月に入って82キロまで体重が落ちた俺は、シャツの裾をパンツに入れても、お腹の周りがそれほど気にならなくなっている。

まあ・・・、あくまでも “それほど” ではあるけれど。前に比べれば。


「そういえば、雪見さん。坂口先生のクラスのおはなし会、校長先生も褒めてたね。よかったね。」


「ああ、はい、そうですね。あれは、坂口先生の朗読が雰囲気にピッタリで、メリハリがついて余計に良かったんですよね。」


3年2組と5組のLHRのおはなし会は、昨日と先週、行われた。


倉本先生のクラスでは、俺がひとりで絵本とストーリーテリングをやり、それなりに好感触だった。

一冊目の言葉遊びの絵本の読み始めは、生徒たちは一歩引いた態度でながめていた。

それは予想通り。俺の方を向いているだけでも御の字だったと思う。

けれど、ページが進むにつれて、彼らの目が絵本に集中してくるのが分かった。表情が変わって来るのだ。

次の『100万回生きたねこ』では、最後の部分で、何人かの生徒が故意に視線を逸らしたことに気付いた。

まばたきをしたり、さり気なく爪を見たりしているのを見て、心の中でひそかにガッツポーズをした。

最後の『エパミナンダス』では、生徒がこちらに集中していることが肌で分かった。

途中、大声で笑って慌てて口を押さえた女子生徒がクラスの雰囲気を柔らかくし、それからくすくす笑いやつぶやきが聞こえてくるようになった。

俺は聞き手がこんなふうにリラックスしている方が、ストーリーテリングは話しやすい。

彼らの反応で俺の気分も波に乗り、無事にプログラムを終了することができた。


生徒の反応が予想以上だったことに感動したらしい倉本先生が、職員室で興奮して話したため、2回目の坂口先生のクラスのときには校長先生が見に来てくれた。


坂口先生の声は硬質で、大袈裟な抑揚を省いた静かな読み方が、怪談話にはピッタリだった。間の取り方も絶妙で。

せっかくなので窓の暗幕を閉めて照明を消し、伊藤先生から借りたランタンの明かりで坂口先生が朗読をする、という演出をしてみた。

校長先生はその途中で図書室に入って来て、生徒が気にすると思ったのか、書架のかげに隠れるように立っていた。

その気配に坂口先生がふと顔を上げ、その視線を追って後ろを振り向いた生徒が悲鳴を上げる、というハプニングが起きた。

その瞬間、生徒のほとんどが椅子からあわてて腰を浮かし、事情がわかったとたん、図書室内が笑い声に包まれた。

そんな事件で中断しても、坂口先生の怪談話は生徒をぞっとさせ、そのあとの俺の『エパミナンダス』で、生徒たちはようやくほっとして図書室を出て行った。


準備はそれなりに大変だったけれど、2回とも、俺としては成功だったと思う。

何人かの図書委員がその話題で話しかけてくれたし、坂口先生が朗読をしてくれたため、先生たちの間でも話題に上った。

昼休みや放課後に絵本を読みに来る生徒が現れ、俺に気軽に話しかけてくれる生徒も増えた。

自分が子どものころに感動した絵本をリクエストしてくれた生徒もいた。

児玉さんから話を聞いたボランティア部の佐藤さんが、夏休み中に部員の前でやってほしいと申し出てくれた。


異動してきた4月以降、一つのことをやってみると、いろいろなところで効果があらわれることをつくづく実感している。



「みなさんのおかげで、今月の実績が伸びたんです。今月の今日までの分を集計したら、LHRで使ってもらったので、去年の3.1倍になってたんですよ。」


「3.1倍?! すごい! 3倍達成?」


「あははは、それはまだ無理ですね、ほんの半月だけの結果ですから。これから夏休みに入って、どれくらい来てくれるのか・・・。」


「ああ、そうね。そっちも心配だよね・・・。」


まあ、それを今ここで心配しても仕方がない。


「児玉さんは、夏休みは北海道に行くんでしたっけ?」


「そう。8月の頭に5日間。大学時代の友達とにぎやかにね。」


「いいですねえ。」


大学時代の友達か。

女子大だったって聞いているから、女性なのは間違いないな。


「あとは・・・そうね、お見合いかな。」



?!!



「お、お、お、おみ・・、お見合い、ですか?」


なんで?!

どうして?!


「うん、そう。明日からの連休に実家に帰るついでに、お見合い写真を見ろって言われてるのよね。」


「そんな。児玉さん、お見合いなんて、どうして?」


「え? だって、わたし、秋になったら30歳だよ。そろそろ決めろって、親がうるさくて。」


そんな!

俺のことは?!


「児玉さん。お見合いなんてしないでください!」


「しないでって・・・。ああ、お弁当のことを心配してるの? 大丈夫だよ。お見合いしたくらいで、お弁当をやめたりしないから。」


「違います! お弁当のことじゃありません。」


「じゃあ、なにを・・・」


「俺、児玉さんのことが好きです。だから、お見合いなんて、しないでください!」


「え?!」


「お願いします!!」


思い切り頭を下げると、向かい合って立っている児玉さんのバッグが肩からずるずるとずり落ちてきたのが見えた。

それが落ちる前に取っ手をつかまえた児玉さんがしばらくそのままじっとして、そのあと「だって」とつぶやいたのが聞こえた。

そうっと顔を上げると、児玉さんが呆然とした表情で俺を見返した。


「だって・・・、雪見さん、そんな態度・・・見せなかったじゃない・・・。」


「え、あの、少しは・・・態度に出した・・と思うんですけど・・・。」


まあ、同じ職場で働く身だから慎重になったし、俺の性格上、たしかに控え目だったとは思う。

だけど、ゼロではなかったはずだ!


「児玉さんは・・・、もっと積極的な方がよかったですか?」


「積極的?! やだ、そんな意味じゃないよ。そんなの困る。」


そうだよな。


「ただ・・・、ものすごくびっくりして・・・。」


「そうですよね・・・。」


見れば分かります・・・。


「だけど、俺、本気です。俺と結婚してください。お願いします!」


「そんな、急に結婚だなんて言われても。」


「結婚がダメなら、お見合いから。」


「お見合いからって、雪見さん。」


「児玉さん・・・。」


ダメなんだろうか?

俺はやっぱり、ただの同僚に過ぎないのか?


「だって・・・、雪見さん、断ったじゃない。」


「・・・断った?」


「2年前のお見合いのとき。」


「え? 断ったのは児玉さんで・・・。」


「違うでしょ? わたしは、雪見さんが断ってほしそうだったから断ったんだよ。先に態度で断ったのは雪見さんだよ。」


え・・・?


「あれは、児玉さんのことが気に入らなかったわけじゃなくて、お見合いそのものが嫌で・・・。」


分かってくれているのかと思っていた。

だけど・・・?


「そうかも知れないけど、もし、わたしが横川先生みたいだったら、雪見さん、あんな態度を取らなかったんじゃないかな?」




!!




児玉さんが横川先生みたいだったら・・・。


児玉さんには、そんなふうに受け取られていたんだ。

あのときの俺の態度が。

考えなしでわがままな俺の態度が。


児玉さんを傷つけたんだ・・・。



「児玉さん。申し訳ありません・・・。」



いくら謝っても、傷つけてしまった事実は消せないんだ・・・。







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