やっぱり・・・。
ああ、やっぱり・・・・。
児玉さん、泣いちゃったよ・・・。
いや。
涙を必死で抑えているようだから、あれは “泣いた” とは言わないのか?
やっぱりやめればよかった、ここでこの絵本を読むのは。
集団で聞くときと心構えが違うし、ひとによって受け止め方が違うことも分かっていたのに。
――― よし、終わりだ。
パチパチパチパチ・・・・。
「いやー、やっぱりいいよねえ、この絵本。何回読んでも感動するわ〜。」
堀内先生は平気なタイプなんだな。
この雰囲気をフォローしてくれようとしてるのか?
さすが、保健室の先生だけあって、こういう気遣いはバッチリですね!
一緒にいてくれて助かりました。
「そうですか? ありがとうございます。」
「あたし、校医の先生に電話しなくちゃいけないから、戻るね。雪見さん、ありがとう。本番、頑張ってね。」
は? え? あれ?
「え、あの、堀・・・・。」
「じゃあね〜。」
行っちゃったよ。
・・・・・・。
児玉さん・・・の方を向いてもいいだろうか・・・?
ああ・・・、ぐすぐすしてるよ・・・。
どうしよう?
急に明るく話しかけるのも、なんだかわざとらしいし・・・。
うー・・・、とりあえず、ティッシュを持って来て謝ろう。
「あの・・・、すみませんでした。」
さっきまで堀内先生が座っていた椅子に腰かけて、ティッシュボックスを差し出す。
椅子に座ったまま下を向いていた児玉さんが、顔を押さえていたハンカチの上からちらりと俺を見て、慌ててまた下を向いた。
あ・・・。
ほんの一瞬だけ見えたうるんだ瞳と濡れたまつ毛に心臓がズシンと反応し、肩を抱き寄せたい衝動を抑えるために顔をそむける。
深呼吸、深呼吸。
ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。
児玉さんの手が伸びて、ティッシュを2、3枚引き抜いた。
体ごと向こうを向いて、顔を拭って・・・、もう一度。
その間、俺は反対方向へ視線を逸らしたまま、言うべき言葉を考える。
今の絵本の話題を出すべきか、避けるべきか?
「ありがとう。」
声を掛けられて隣を見ると、児玉さんが恥ずかしそうに微笑んでいた。
まだ少し目が赤い。
「ごめんなさい。びっくりしちゃったよね?」
おずおずと上目づかいで見上げられて、またしても心臓がズシンと反応する。
ティッシュの箱を持っていてよかった・・・。
「い・・、いえ、その、俺が、読む前に、ちゃんと説明すればよかったんです。すみません。」
「いいえ、そんなことないよ。わたしが聞きたいって言ったんだもの。」
「でも・・・。」
「それに、堀内先生は平気だったじゃない? わたしが過剰反応なんじゃないかな。」
「そんなことありませんよ。」
堀内先生はなんて言うか・・・おっ母さんみたいな人ですから・・・。
「雪見さん、もうお昼を食べる時間じゃない?」
あ。
「ホントだ。」
4時間目終了まで、あと10分ちょっと。
「お邪魔でしょうから、わたしも職員室に戻りたいけど・・・、ねえ、泣いたのがわかっちゃうかな?」
まっすぐ見つめてくれているのは、俺に顔を確認してもらいたいだけなんだろうけど・・・・・近いですよ、児玉さん。
どうしてそんなに無防備なんですか? 俺、けっこう恥ずかしいんですけど?
立っているときよりも身長差が少ないし、隣同士で椅子に座ってるのは、初めてな気がします。
俺がほんの少しかがんだら、唇が届きそう。
「え? あ、ええと・・・。」
まだ潤んでいるその瞳が・・・ん? じわっと・・・涙?
「あーん、どうしよう。思い出しちゃった・・・。」
ヤバい!
目の前で涙を流されるって、衝撃がさっきと比べものにならないほど大きい。
目をつぶるしかないじゃないか!
しっかり正気を保たなきゃ!
シュッ、シュッとティッシュを取る音がして、目を開けたら、児玉さんがティッシュを目元に当てていた。
絵本の印象がかなり強烈だったらしい。
「これじゃ、職員室に戻れないよ・・・。雪見さん、お弁当を食べる間、一緒にいてもいい?」
「もちろん、どうぞ。一緒に食べてくれる人がいる方が楽しいですから。」
・・・児玉さん。
次に俺の前で泣くのは、彼女になってからにしてくださいね。