ようこそ、児玉さん。 その2
「雪見さん、お皿はどれ?」
児玉さんは、どうも落ち着かないらしい。
最初に出したコーヒーを飲み終わると、キッチンに立っている俺の後ろをウロウロしている。
そんなことさえ嬉しくて、鼻歌でも歌い出したい気分になってしまう。
「そこの真ん中あたりの・・・。たくさんはないので、適当に見繕ってください。」
「ええと・・・、ホイル焼きにはこれくらいの大きさでいいかな?」
「はい。・・・あ、俺のはもう一回り大きいのにしてください。二切れ入ってるんで。」
ホイル焼きは、魚焼き用のグリルの中。
タイマー付きのレンジ台はすごく助かる。
「雪見さん、ホイル焼きなんて、よく思い付いたね。」
「そうですか?」
「うん・・・、なんとなくそんな気がする。」
「うちの母親がよくやってましたから。ちゃんと教わったわけじゃありませんけど。」
「ふうん。でも、料理ってそうやって覚えるところもあるよね。」
「ホイル焼きは前にもよくやってましたよ。ここのグリルは上下一度に焼けるし、ホイルで焼けば、洗う手間が要りませんから。」
「うん、確かにね。」
「今日は魚ですけど、肉でもOKだし、タレやドレッシングを変えればバリエーションがいろいろあるし。ちなみに今日はおろしポン酢の予定ですけど?」
「うん、いいね。すごいね、雪見さん。」
見直してくれました?
「あ、じゃあ、ポテトサラダもお皿に盛り付けてもらってもいいですか?」
「はーい。」
ああ、もう、幸せすぎる!
この前、児玉さんに夕食をご馳走になったときは、緊張して、通された場所から動くことができなかった。
あのとき、気を利かせて手伝いをすればよかった・・・。
「雪見さん?」
うわっ!
「こ、児玉さん。包丁を使っているときに急に顔を出したら危ないですよ。」
しかも、そんなに近くで・・・髪が俺の腕に触れました。
ダメだ。
緊張して、手が震える・・・。
「ごめんなさい。お味噌汁の具は何かなー、と思って。」
「あ、ええと、た・・、玉ねぎと油揚げです。」
落ち付け落ち着け。
ゆっくり切れば、大丈夫。
「ああ、わたし、玉ねぎのお味噌汁って好き。玉ねぎって、火を通すと甘くなって美味しいよね?」
「は、はい。」
ついでに俺のことも「好き。」って言ってくれないかな。
でなければ、そのままもうちょっとすり寄ってくれるとか・・・。
無理か。
「雪見さん、美味しいよ!」
「そうですか? よかったです。」
とは言っても、俺が味付けをしたのは味噌汁とポテトサラダだけ。
ホイル焼きの鮭には市販のタレをかけるだけなんだから。
俺は児玉さんとこうやってくつろいで食事ができるなら、どんな料理でも美味しいです。
リビングのガラスのテーブルに食事を並べて、児玉さんと向かい合って座って。
児玉さんはビール、俺はウーロン茶で乾杯した。
ホイル焼きを開けると長ネギの香りが立ち昇り、焼き具合も悪くなかったので、心の中で密かにほっとした。
「ねえ、雪見さん。ちょっと気になってるんだけど・・・。」
「何ですか?」
「このポテトサラダ、今日、全部食べるつもり?」
ポテトサラダ・・・、ああ。
たしかに驚くかも。2人の夕食なのに、ジャガイモ4つで作ったから。
実家で4人分作っていたときよりは、もちろん少ないけど。
「俺は好きなのでたくさん食べますけど、さすがに全部は無理ですね。余った分は明日の朝食です。」
「あ、そうだよね。」
「これをトーストに乗せて、ソースをかけて食べるのが好きなんですよね。」
「あ、ポテトサラダにソース? わたしもやるよ。美味しいよね?」
「児玉さんも? 友達には驚かれることが多かったんですけど、美味しいですよね?」
「うん。ふふふ。」
味付けの好みが同じって、嬉しい!
「たくさん余ったら、わたしも朝食用に少しもらって帰ろうかな?」
「あ・・・、ど、どうぞ、もちろん。」
そうか。
“もっと食べたい” って伝えることって、料理を褒めることと同じなんだ・・・。
「あの・・・、ねえ、知ってる? 横川先生ね・・・。」
「横川先生?」
「うん、あのね、その、まだ内緒なんだけどね、」
「いいんですか? 俺には話しても・・・。」
「う、うん。雪見さんは知ってた方がいいと思うから。」
知ってた方がいい?
横川先生のことで?
「あのね、その・・・横川先生ね、伊藤先生とお付き合いすることになったんだって。」
「あ、そうなんですか?!」
そうか!
伊藤先生、おめでとうございます!
「うん・・・。」
・・児玉さん?
なんとなく、簡単に “おめでとう!” な雰囲気じゃない。
こういう何か言いたそうで言えない態度って、児玉さんにはめずらしい。
もしかしたら、淋しいのか・・・?
「え、ええと、よかった・・・ですね・・・?」
伊藤先生と仲が良かったもんな・・・。
やっぱり好きだったのかも。
こういうとき、どう言えばいいんだろう?
うーん・・・もういいや! 話を逸らしてしまえ!
「あれ? このひじき、しょっぱいですね。」
「え、ひじき・・・? あ、ホントだ。」
児玉さん。
児玉さんには俺がいます。
だから、がっかりしないでください。
「ええと、雪見さん用はこっちね。」
食後のデザートの時間。
児玉さんがノンアルコールのカクテル風の飲みものを、グラスに注いでくれる。
「あ、綺麗ですね・・・。」
細いグラスの中で、うすいピンク色がかった透明な液体に泡が踊る。
児玉さんの前には金色のカクテルが入ったグラス。
果物がたくさん入った豪華な杏仁豆腐が、それぞれの前に並んでいる。
食事の食器はすでに洗い終わった。
児玉さんが洗った食器を俺が拭いて片付けるという連係プレーで、楽しく。
伊藤先生の話で不安になったことは、頭の隅に押しやった。
ほんとうのことを言えば、伊藤先生の話を気にしている余裕なんてなかったのだ。
食器を洗っている児玉さんの後ろ姿が、なぜか妙に色っぽくて。
その無防備さにドキドキしてしまい、手を伸ばしたくなる気持ちを抑えながら、軽い話題を話し続けた。
いつか、俺の腕の中で、児玉さんが微笑んでくれる日が来るだろうか・・・。
「「カンパーイ。」」
笑顔でグラスを合わせる。
児玉さんと俺、どのくらいの関係?
食事のときに、すでにビールを一缶空けている児玉さん。
このカクテルを追加したら・・・?
頭の中で児玉さんの酔い加減を予想してみるのはルール違反だろうか?
・・・無駄かな。
児玉さんが、わけが分からなくなるほど酔っ払ったところは見たことがない。
たった2缶で酔いつぶれたりするわけがない。
児玉さんが買って来てくれたノンアルコールのカクテル。
こういうものを飲むのは初めてだ。
どんな味?
最初は少し・・・甘い。
普通の炭酸飲料のようなもの?
うん、そうだな。
ふうん、甘くて美味しい。
――― ?
おかしい。
これって・・・?
「あ。落としちゃった。」
「・・・児玉さん?」
「ごめんなさい、ちょっと洗面所を借りていい? イチゴがスカートに・・。」
「ああ、はい、そこの、向こう側のドアです・・・。」
児玉さん。
これ、ほんとうにノンアルコールですか?
なんだか調子が・・・。




