せつない帰り道
「雪見さん、楽しかった?」
帰りの電車に乗りながら、児玉さんが尋ねた。
いつものようにニコニコと楽しそうに。
「球技大会ですか? はい、もちろん。筋肉痛にはなりましたけど、体を動かすのは好きなので。」
「そう。よかった。」
こうやって、少し酔った児玉さんと一緒に帰れることも嬉しいし。
「雪見さん、サッカーをやってたって言ってたけど、バレーボールも上手だね。」
おお!
褒められた!
「そうですか? 高校生のときにバレー部の友達にしごかれたからかなあ?」
「しごかれた? どうして?」
「球技大会で優勝を目指して、です。俺は背が高いからって、ブロックとアタックを徹底的に。」
「球技大会のため? すごいお友達だね。」
「そうなんですよ。現役のバレーボール部員はアタックを打っちゃいけないルールになっていて、『だからお前がやれ。』って言われて。」
それが今、役に立っているんだから、感謝しなくちゃ。
「ふふ、そうなんだ? じゃあ、来年はもっと痩せてるはずだから、アタックも楽々いけるかもね?」
「児玉さんのトスでですか? それなら一週間くらい前から、タイミングを合わせる練習をしないと。」
「えぇ? そんなことしてたら、当日は疲れ切って動けなくなっちゃう。」
「あはは! そうですね。」
ああ……楽しい!
児玉さんと一緒にいると、どんな話でも楽しい。
いや。
話をしない時間でも、頭の中に、楽しい考えばかり浮かんでくる。
けれど、そんな時間は過ぎるのは早い。
あっという間に電車は鳩川駅に着いた。
一緒にいられるのはあと少し。
「あ〜、ちょっと待って、雪見さん。」
「はい?」
駅からロータリーに出る5段ほどの階段を降りかけたところで振り返ると。
「脚が筋肉痛で……。」
めずらしく、弱気な表情の児玉さんが。
「みんながいる場所では我慢してたんだけど、痛いのよ……。」
ああ。
「わかります。階段は下りの方が辛いんですよね。向こうのスロープを回りますか?」
「いい。ゆっくり降りるから……イタタタ。」
笑っちゃ悪いけど……可笑しい。
でも、チャンスだ♪
「よかったら腕につかまってください。」
“よかったら” じゃなく、 “是非” どうぞ!
「……いいの? ごめんなさい。」
児玉さん、そんなつかまり方じゃ、意味がないですよ。
「いたーい! あー!」
そうそう、そうですよ!
しっかり両手でね!
あ〜、もう!
笑顔が止まらない!
……なんて言ってるうちに、終わりか。
「ふぅ……。」
……児玉さん?
手は離さないまま?
なんか、寄り掛かられてる気が。
おでこが腕に……。
もしかして、筋肉痛は口実で、ほんとうは…あ、やっぱり終わりか。
「ごめんなさいね。」
ああ……その笑顔。
なんとなく、 “期待させちゃってごめんなさい” と言われているような気がします。
「いいえ。ゆっくり歩きましょう。」
「はい。ありがとう。」
いいえ、そうじゃないんです。
ゆっくり歩きたい理由は、児玉さんが考えていることとは違うんですよ。
二人で歩く夜の道。
少し酔っている児玉さん。
ロマンティックな雰囲気になる要素はあるはずなのに、そうならないのは……児玉さんにその気がないからですか?
「横川先生も褒めてましたね、雪見さんのこと。」
横川先生?
俺は児玉さんが褒めてくれる方が嬉しいですけど。
「まあ、気を遣ってくれたみたいで。」
「そうかな? でも、たしかに体操服も似合ってましたよ。」
「あ、ホントに?」
やった!
少しはカッコいいって思ってくれたのか?
「ええ。太めなのが気にならなかったもの。」
え……?
それはつまり、 “想像していたよりもマシだった。” という程度の……?
「よかったよねー、このあたりが細くなって来てて。」
!!
「あのっ、児玉さん…。」
わき腹を……くすぐったいんですけど?! うわ、つままないでください!
いつもより遠慮がないのは、お酒が入ってるせいなのか?!
「あの、くすぐ…。」
「うーん、もう少しなんだよね。」
ほ……。
やっと離してくれた。
もう……、ドキドキするじゃないですか!
あ〜、油断してた……。
だけど……胴まわりの太さなら、いっそのこと、抱き付いて確認してくれたらいいのに。
そうしたら…いやいや、何を考えてるんだ、俺は。
それにしても、いつも触るのは児玉さんばっかりで、ずるくないですか?
たまには俺だって……ダメに決まってるだろ!
ああ、もう!
なんだか落ち着かない!
こんなに近くにいるのに!
ため息が出てしまう。
児玉さん。
俺に……可能性はありますか?
「さて、じゃあここで。お疲れさまでした。」
ああ…、もうお別れですね。
「はい。お疲れさまでした。」
もう少し一緒に。
ほんの何秒かでも……。
「あの……。」
「はい?」
引き延ばせる立場じゃない…のかな。
「……いえ。おやす」
「あの、またね、雪見さん。」
「あ? はい。また……明日。」
………?
行ってしまった。
なんとなく急いでいたみたいな……?
なんだろう?
見たいドラマでもあったのかな……?