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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
4 五月の章
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炊飯器を買いに


この服で大丈夫かな?

綿シャツにジーンズって、ありきたり過ぎるけど。


でも、行くのは電器屋だし、あんまり洒落た服装じゃ逆に目立ちそう。

それに、この格好なら太めなのが気にならない。


ふ……。


この歳で体型を隠すような服を選んでるなんて、なんだか悲しいよな。

今日は一段とひしひしと感じてしまう。


でも。

4月に比べれば痩せてるし!


今週はとうとう85キロ台まで行った。

きつかったジーンズが、今日は余裕で入った。

この分だと、処分しようと思っていた服を復活させられるかも。



約束の時間は午後2時。

車で行けば、児玉さんのマンションまでは5分とかからない。


……あ、児玉さんだ。

外に出て待っててくれている。


今日はオレンジの半袖パーカーに白いスカート?

鮮やかな色なのに落ち着いて見えるのは、児玉さんだからなのか?

仕事の日はパリッとしてて先生らしいところが素敵だけど、休日は児玉さんの性格に似合う飾らない可愛らしさがある服装で、やっぱり好きだ。


ああ、手を振ってる。

あんなににこにこして。


俺に会えて嬉しいですか? ……なーんて。


違いますよね。




「お休みの日にごめんなさいね。」


助手席に児玉さんが……。

車の中は二人きりの空間。

今だけは、俺が児玉さんを独り占め。


「いいえ。たいした用事もありませんから。」


今の俺には、児玉さんに会えることが大きな用事です。


「南沢の電器屋が一番近いですけど、最初はそこに行ってみますか?」


「え? 最初?」


「あれ? 何軒か回って比べなくていいんですか?」


まさか、一軒で決めて「サヨナラ」のつもりだったんですか?

そんなの淋し過ぎます!!


「あ、そういうもの?」


「え…、まあ、そういう人が多いかな……と。車があるし……。」


「ああ、そうなの? でも、あんまり引っ張りまわしちゃったら申し訳ないから……。」


「いえ、構いませんよ。炊飯器だったら、俺もお世話になりますから。せっかくだから、2、3軒回りましょう。」


「ほんとう? ありがとう。予算はね…」


児玉さん。

少しでも長く一緒にいたいと思っているのは、俺だけですか?






電器屋の店員を甘く見ていた……。


値引きとか商品の説明のことじゃない。

そうじゃなくて……。



なんで、俺に向かって笑いかけるんだよ〜!!



絶対に勘違いされてる。


児玉さんが尋ねてるんだから、児玉さんに答えればいいじゃないか!

なのに、「〜ですよ。」って説明したあとに、俺に向かって「ね。」みたいにうなずいたりして。

恥ずかしいし、俺はどういう顔をしていたらいいんだ!

児玉さんは気付いてないのか、気付いてて面倒だから放っておいているのか分からないし……。


年齢と組み合わせ的にそう見えるのは分かる。

分かるし……嬉しい。

だけど、児玉さんの前で、あからさまに喜べないじゃないか!

ほんとうの夫みたいな態度をとるのも図々しいと思うと、児玉さんに話しかけにくいし。


児玉さんがどう考えてるのか分からないから、ものすごく困る!!


「うーん……。これがいいような気がするんだけど、ちょっと予算オーバーなんだよね。ねえ、どうしよう?」


え?!

俺に相談ですか?!


うわ。

店員の視線が、「ご主人のご決断次第ですよ。」って言ってる。絶対!


「ええと、そうですね、予算オーバーなら、もう一軒行ってみましょうか?」


ああ…、この言葉遣い!

これで夫婦じゃないって気付いたよな?


……気付かないふり? 聞こえないふり?

笑顔が崩れないよ……。さすが。


「そうしようかな……。お願いしてもいい?」


「はい。」


児玉さんが俺に頼みごとをしてる。

嬉しい。やった! でも、恥ずかしい!


「ご説明ありがとうございました。ちょっと、ほかも見てきます。」


解放された………けど?


児玉さん。

そんなにくっついてきたら……うまく歩けません……。

これって、どういう意味でしょう……?


「ねえねえ、あの店員さん、すごいね。」


あ……、内緒話か。いつもの。


残念……だけど、やっぱりドキドキする!

顔をこんなに近付けて。

このまま頬をちょっとつついてみたり……なんて。


「なにが “すごい” んですか?」


「商品の説明。ちょっと訊いただけで、ものすごい勢いでしゃべるんだもの。まさに “立て板に水” って感じで。」


「ああ、そうでしたね。」


「あれがプロなんだろうけど、まるで録音を再生してるみたいだよね。わたしの質問で “スイッチオン!” みたいな。途中で口をはさむ隙がなかったよ。」


「あはは。たしかに。」


ああ、児玉さん、かわいいです……。


肩を抱き寄せたい。

きゅーっと。

こんなに近くにいるのに……。


「次のお店はどこにあるの?」


「え、ああ、そうですね……、北泉の方に行ってみましょうか? 行ったことありますか?」


「いいえ。」


「大きいですよ、ここよりも。商品が多いから、前のシーズンの商品が安くなっているかもしれませんね。」


「そういうこともあるの? 雪見さんに一緒に来てもらってよかった!」


俺も、児玉さんの役に立てて、それに、その笑顔が見られてよかったです。






2軒目でも、店員に同じような視線を向けられたけど、児玉さんは全然気にならないらしい。

よく考えたら、これっきりこの店員に会うこともないんだと気付いた。

それならと思い切って開き直って、俺もその状況を楽しむことにした。


そうしたら。


炊飯器を選ぶだけのことが、こんなに楽しいとは思わなかった!


「どう思う、雪見さん?」


「そうですねえ、こっちの…」


見てくれよ。


俺たち、こんなに仲良しなんだよ。

この可愛らしいひとは、俺を相談相手に選んでくれたんだよ。


「こちらの商品の特徴は、保温機能なんですよ。長時間保温しても、味が落ちないことが…」


そうそう。

俺にもちゃんと説明してくれよ。


でも……どう思われてる?


お互いに名字で呼び合っているんだから、夫婦じゃないことはわかるはず。

婚約者同士? 同棲中の恋人? もちろん、ただの友人ってこともあるけど……。

児玉さんが俺の腕や背中にふわっと触れる様子を見たら、 “友人” よりは親しく見えるんじゃないかと思うんだけどな。


……なんだ。

一番勘違いしてるのは俺か?



でも、児玉さん。


こんな状況でも、期待したらダメですか……?



「決めた! これにする。」


俺に向けられた満足そうな笑顔。

決まったことはよかったけれど、俺にとっては、幸せな時間の終了の合図。


「予算内のものがあって、よかったですね。」


まだ4時前?

楽しい時間はあっという間に終了。

あとは持ち帰るだけ。


「面白かった。もう、 “炊飯器のことなら何でも訊いて!” みたいな気分。」


「あははは! だいぶ比較しましたからねえ。」


その面白さの何割かに、俺は貢献したんでしょうか……?







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