金曜の夜の電話
5月30日、金曜日。
月曜日から入っていた1年生の情報の授業8クラスが無事に終わった。
……ほっとした。
先生が紹介した本を借りてくれた生徒もいたし、ほかのパソコン関係の本も借り出されていた。
5月はスポーツの特集もそれなりに効果があったみたいだし。
一度借りてくれると、必ずまた図書室に返しに来ることになるから、リピーターになってくれる可能性が大きい。
そうやって利用者が少しでも増えてくれるといいな。
……ああ、それに、図書委員と話ができるようになってきたのは大きな収穫だ。
今日は「名作って、なんとなく押しつけがましい気がして読みたくなくなる。」なんて愚痴っていた男の子がいたっけ。
受験用に読めって言われるからな。
だけど、そんなふうに話してくれること自体が嬉しい。
俺のお気に入りの本を紹介したけど、どうだろう……?
5月の開館日は今日で終わり。
利用者も、貸し出し冊数も、少しだけど増えてきた。
職員室に持って行ってる本も、週に1冊か2冊は必ず誰かが借りてくれるし、校長先生が図書室に来るようになった。
まずまず、ってところかな。
あれ? 電話だ。
……児玉さん?!
夜に電話なんて、何かあったのか?!
「は、はい! 雪見です。」
「あ、雪見さん? ごめんなさい、夜に電話したりして。」
落ち着いた声……大丈夫なのか?
「いいえ。どうしました?」
「ねえ、この辺で一番近い電器屋さんってどこかなあ?」
「え? 電器屋ですか?」
なんだかのんびりした話題。
夜に?
電器屋?
「うん。歩いて行ける所にある? 炊飯器って、届けてくれるのかなあ?」
「……炊飯器?」
「そうなの。実はね、炊飯器が壊れちゃって。」
「あ…、そうでしたか。」
事件や事故じゃなくてよかった……。
「そう。朝、タイマーでセットしておいたのに、帰ってきたらスイッチが入ってなくてね、どこを押してもダメなの。びっくりしちゃった。」
「あれ? じゃあ、夕飯は?」
「冷凍チャーハンで済ませた。」
残念!
「で、明日かあさって、買いに行こうと思ってるんだけど、近くにある? 炊飯器って配送してくれると思う?」
「配送ですか?」
「うん。あんまり大きくないから、お持ち帰りしかできないかな? でも、重いよね?」
もう!
児玉さん!
「児玉さん。俺、車出しますよ。」
「え? 車?」
「そうですよ。どうしてこういうときに当てにしてくれないんですか?」
そんな相談の電話はかけてくるのに。
……まあ、俺のことを思い付いてくれただけでも嬉しいですけどね!
「そうか。車ね……。いいの?」
「もちろん、いいですよ。お弁当のお礼です。」
児玉さんと一緒に過ごせるなら、どんな理由でも!
「お礼はお米をもらってるよ。」
「ははは! じゃあ、貸しです。」
「うん、ちゃんとお返しします。ええと……、明日でもいい?」
「炊飯器がないと困りますよね? 明日でいいですよ。」
俺は毎日でも。
「じゃあ、明日の午後。よろしくお願いします。」
「はい。車で迎えに行きます。じゃあ…、」
「あ、待って! 何かお礼の希望を考えておいて。」
俺の希望を言ってもいいんですか?
「わかりました。……おやすみなさい、児玉さん。」
「え、あ……、おやすみなさい、雪見さん。」
児玉さん。
俺の欲しいものは………言葉にするだけでは手に入らないんです。