褒められた!
やっぱり間違いない。
ちゃんと痩せてる……。
根拠その1 ベルトがゆるめになっている。まだ、穴二つ分まではいかないけど。
(しかも、ベルトの上に乗っかる肉が少なくなっている!)
根拠その2 パンツの腰回りに余裕がある。
やったよ……。
効果が目に見えると、ものすごく達成感がある。
体重は数字では見えるけど、実感としてはそれほどではないから。
あ〜、嬉しい……。
駅で児玉さんに会ったら、すぐに報告しなくちゃ♪
「あ、ホントに? よかったね!」
鳩川駅のホームに降りながら、児玉さんが笑顔で喜んでくれた。
「うん、たしかに、このお尻のあたりに余裕があるね。」
いや、そんなに見られたら恥ずかしいんですけど……って、つままないでください!
布だけでもくすぐったいです!
「あの。」
「あ、ごめん。うふふふ……。」
まったく……。
朝からドキドキしてしまう。
「体重は何キロ減ったんだっけ?」
「2キロ半から3キロくらいですね。」
「3キロか。それって、お肉にするとどのくらいあると思う?」
「え?」
「ほら、例えばスーパーで売ってるパック入りのお肉って、だいたい200グラムとか300グラムじゃない? 3キロっていうとね……。」
あれが10個分くらい?
塊にすると……?
「バレーボールくらいかしら? もう少し小さいかな?」
そんなに?!
もう少し小さくても、比べる相手がバレーボールじゃ……。
「雪見さんの場合、赤身じゃなくて脂肪だろうから、もう少し体積が大きいかな……?」
赤身とか脂肪とかって……、なんだか身も蓋もない言われ方だ。
「その体積が消えてるってことだよね? すごいね、雪見さん。」
……そうか。
その分がなくなってるんだ。
うん。それはすごい。
「たしかに、消えた分を考えるとすごいですね。」
「服もゆるくなるはずだよね?」
「はい。」
こうやって児玉さんと微笑み合っていられることの方が、俺にはもっと嬉しいです。
児玉さんが喜んでくれるなら、……それに、児玉さんに俺を見直してもらうために。
「これからも頑張ります。」
「ええ。わたしも協力します。」
ああ……、幸せだ……。
「そういえば、お料理はどう?」
「ああ……。」
「どうしました?」
「あんまりやる気が出なくて……。」
明日は適当に済ませてしまおうと思っていた。
日曜日はフットサルで出かけて、夕食も食べて来るし。
「一人分だと、やっぱり面倒だよね。」
「はい。」
「わたしね、ちょっと考えたんだけど、一食分全部を作らなくてもいいと思うの。」
「全部じゃなくてもって……?」
「お弁当は買うことにして、何か一品作るくらいにするの。それならどう?」
一品か。
「はい。それならできそうです。」
「ね? まずは、自分が好きなものからやってみるといいんじゃないかな?」
「自分が好きなもの、ですか?」
「そう。食べるのが楽しみな方がいいでしょう?」
食べるのが楽しみな、好きなものか……。
「そうですね。一品ならできそうなので、やってみます。」
「えらいえらい。頑張ってね!」
「はい!」
やるって言っただけで褒められた!
一品なら、平日でもそれほど面倒じゃないかも。
慣れてきたら増やして……、勘が戻ったころに児玉さんに食べてもらうとか?
うん。
目標がある方がやる気が出るな。
それにしても、3キロの肉が消えたって……すごい。
……あれ?
じゃあ、2年で13キロも増えてる俺には、いったいどれだけの肉が……?
おそろしい!!
生徒の少し出入りが多くなってる気がする……。
昼休みの図書室。
机で雑誌や本を見ている生徒が5人、書架の間を歩いている生徒は……7、8人?
借りて出て行った生徒もいるし、今、入ってきた生徒もいる。
4月の最初のころは10人まで行かなかったから、やっぱり増えてるよな?
放課後の利用はそれほどじゃないけど。
あ、この前もらってきた椅子に座ってる子もいる。
へえ。
誰かが通るときには、ちゃんと脚を引っ込めてくれてる。
ああいうのって、ちょっと嬉しくなるなあ。
「あ、いたいた、雪見さん。」
え、児玉さん?!
また生徒がいるところに……。
「はい、なんでしょう?」
「来月の球技大会なんだけどね、」
球技大会?
「教職員のチームに出てくれない? バレーボール。6月2日と3日。」
「バレーボール? 教職員のチームがあるんですか?」
「そうなの。ね、そうだよね?」
生徒がうなずいてる。
児玉さんてこんなふうに、生徒の中でもいつもどおりなんだよなあ。
生徒も、児玉さんと話すのは嫌じゃないらしい。
「毎年、バレーボールに出ることになってるんだけど、うちの学校、若い男の人が少なくて。」
お。
俺を “若い男” の仲間に入れてくれたよ。
……児玉さん。
生徒たちにくすくす笑われてるんですけど……。
「あのう、俺、バレーボールって、だいぶやってないんですけど。」
「みんなそうだよ! でも、雪見さんは背が高いから、それだけでも役に立つと思うの。ジャンプしろとか言わないよ。」
児玉さん!
その、微妙な “太ってる分は期待しない” っていう言い方は……。
生徒に完璧に笑われてるし!
「あのう……、体育の先生方は……?」
「出てくれないの。」
「どうしてですか?」
え? 手招き? 内緒話? 図書室の真ん中で?
それが恥ずかしいんですけど!
ほら、みんな見てますよ。
ああ、児玉さんの香りが……いや、気をたしかに持て!
「生徒に下手なところを見られるのは困るって。」
「そんなこと。」
「でも、ダメなのよ、いくら言っても。毎年。」
そんな……。
「ね? だから、お願い!」
うー……。
そんなに可愛らしく言われたら……。
「……どうして児玉先生が声を掛けてるんですか?」
「わたしも出るから。」
「え?」
「男女混合チームなの。生徒は違うけど、あたしたちは盛り上げ役みたいなものだから。」
そうなのか。
児玉さんが出るなら……。
「雪見さん、一応、今でもスポーツをやってるじゃない? だから大丈夫だよ、きっと。」
はい、 “一応” ね、やってますよ。
ああ、また生徒に笑われてる……。
「わかりました。いいですよ。」
そもそも、児玉さんの頼みじゃ断れません。
それに、一緒のチームって言うならなおさら。
「よかった。ありがとう。」
その笑顔が見られれば、それだけで十分です。
あ、また内緒話?
もう、いくらでもどうぞ!
「打ち上げもあるから、出てね。」
「はい、わかりました。」
これで用事はおしまい?
「じゃあ……あ、雪見さん。」
「なんでしょう?」
「そのエプロン、さまになってきましたね。魚屋さんじゃなくて、花屋さんっぽく見えますよ。」
え?
「じゃあ、失礼しました〜。」
「はい……。」
エプロン……褒められた……?
“さまになってきた” って……。
そうかな?
「雪見さ〜ん♪」
はっ!
図書委員さん?!
うわ、女の子2人で……。
「はいっ、な、なにか?」
その表情……何を……?
「雪見さんて、たまちゃんと仲良しなんですねえ。」
「え? たまちゃん……?」
「ふふふ、児玉先生のこと。」
「ねえ?」
「い、いや、べつに、その、普通だよ。こ、児玉先…生は、誰とでもあんな感じだろ?」
赤くなりながらしどろもどろじゃ、説得力ないぞ〜!!
「そうですか〜?」
「そうだよ。……ええと、ほら、カウンターで待ってる人がいるよ。」
「「はーい。」」
もう!
びっくりした〜!
児玉さ〜ん!
話ができるのは嬉しいんですけど、できれば誰もいないところで……。
無理か。
ああやって平気で話すってことは、俺のことを何とも思っていない証拠なんだろうな。
児玉さん。
いつか、二人きりの場所で俺と話したいって思ってくれますか……?