4月2日(火) その2
「レイアウトの変更? ああ、やってくれていいよ。」
坂口先生の軽い返事。
つまり、俺が一人でやるならどうぞ、という意味だな。
「わかりました。ありがとうございます。」
あきらめ半分で職員室を出る。
もしかすると坂口先生は、俺がレイアウト変更の許可をもらいに行ったのだと思ったんだろうか?
そういう部分もあるけど、ほんとうは、どういう形にしたら使いやすいか相談したかったのに。
坂口先生があんな調子だと、ほかの先生方にこんな話をしても、どうして自分が尋ねられているのかわからないかも。
朝から引き継ぎ書や記録ノートを見て、図書室の利用生徒数アップのことを考えていた。
ノートには、「校長より、利用者数について指摘」「活性化のための計画作成」などの記録が残っていた。
利用状況のデータは、前の学校に比べてかなり少なかった。
昼休みにやってくる生徒が7〜10人、放課後の利用は5〜8人程度で、そのうち学習スペースの利用が1〜3人。
1〜3月は学習スペースの数字がずっと「1」。3年生がいなくなったせいだろう。
今までの実績が少ないから、「3倍」もなんとかなるだろうか?
とはいえ……。
前任の前川さんとは連絡会議で何度も会ったことがある。
俺よりいくつか上の女性で、今回、旦那さんの転勤について行くために退職したのだ。今ごろ引越しの真っ最中だろう。
おとなしいけど真面目な人だったので、図書室運営の方針もきちんと決めてあった。
ただ……それが、先生や生徒にうまく伝わらなかったんだと思う。
前の高校でも図書室の利用はあまり活発ではなかったけど、先生たちが調べ物の課題をときどき出していたので、ここよりも利用されていたと思う。
俺は新刊の受け入れや、購入する本の選定、古い本の仕分け、資料探しの相談など、通常の一通りの業務に明け暮れていた。
図書室担当の先生が協力的だったし、図書委員会もよく動いてくれていた。
でも、ここではちょっと勝手が違うようだ。学校全体が、図書室に興味がないみたいな。
レイアウトを変えてみようと思ったのは、最近の新聞記事を思い出したから。
小学校の図書室を模様替えしたら、利用が一気に増えたという記事だった。
連絡会議でもそんな話題が出たことはあったけど、それはたいてい小中学校での話として片付けられていた。
けれど、新聞に出ていたカラー写真を思い出してハッとした。
――― うちの図書室に、わざわざ足を運んで来たいだろうか?
茶色い書架、茶色いテーブルと椅子。
ひたすら並ぶ背表紙 ―― ほんとうは宝の山なのに ―― 、『飲食禁止』『静かに』の張り紙。
今どきの高校生ならどう思う?
敷居が高い?
つまらなそう?
そもそも、図書室のことを思い付かないんじゃないか?
“もったいない。”
ただ、その一言に尽きる。
使ってもらいたい。
そのために何ができる?
まずは、ここに来ようと思ってもらわなくちゃ。
そう考えて、手始めにレイアウトを変えてみたらどうかと思い付いたのだった。
見た目が変われば、ものめずらしさも手伝って、のぞいてみる生徒もいるかも。
でも。
どうやって?
先生の協力が得られないとなると……図書委員?
計画から一緒にやれば、生徒たちにも身近な図書室になりそうだ。
ああ、でも、それだと年度の途中で変えることになる。
4月には新入生に図書室利用のオリエンテーションをしたいから……、やっぱり休館している春休み中だな。
となると、机の配置を変えるくらいか。案内板を見やすくするのと。
小学校の図書室みたいに派手な色を使ったりはしないから、あんまり大きな変化はなさそう。
だけど、やらないよりは、やった方がいい。
失敗だったら、やり直せばいいんだから。
そもそも机の配置くらいの話だし。
じゃあ、どんなふうに?
もっと気軽に立ち寄れるように?
例えば……待ち合わせとか。
うん、いいかも。
帰りに友達を待つ間に使ってもらう。昇降口はこの下だし。
……となると、雑誌? 文庫本?
そのあたりにテーブルと椅子を……。
ちょっと見てみるか。
ええと、この雑誌用の棚……あ、キャスター付きだ。これなら移動は簡単。
じゃあ、これを文庫本コーナーのあたりに移動させよう。
ああ、それから新聞も。
……勉強しに来る生徒とは離れてないとダメだな。
学習スペースは、なるべく周りをウロウロされない場所じゃないと。
今の配置だと、書架に用のある生徒が机の間を歩くことになる。
前の学校では辞書や辞典類の棚の前だったっけ。
ここの辞典類は……出入り口の横か。
やっぱり、棚の移動が必要?
“簡単に” のつもりでも、なかなかそうはいかないな。
「あのう……。」
「あ、はい。」
あ。
すごい美人!
きのうも今朝も、全然気付かなかったけど?!
顎のとがった小さな顔に切れ長の目、くっきりと通る鼻すじ、形の良い唇。
ストレートの肩下までの髪の上半分を後ろで留めて。
白いシャツに水色のカーディガン、ベージュの台形のスカート。
手にクリアファイルを持っている。
「あの、英語科の横川です。」
「あ、司書の雪見です。」
笑うとますます美人だ。
嫌な顔をされなくてよかった〜!
「これ、1年生のクラス名簿です。」
クラス名簿……ああ、貸し出しシステム用の登録だ。引き継ぎ書に2、3年生は終わったって書いてあった。
ファイルを差し出す手もほっそりして綺麗だ……。
「ありがとうございます。ええと、……横川先生は1年生の担任を?」
「はい。去年は2年生で、今年は1年生です。」
楽しそうな笑顔。
きっと、教師の仕事が好きなんだ。
「そうですか。1年生にもたくさん図書室を利用してもらいたいと思っていますので、よろしくお願いします。」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。では。」
後ろ姿まで綺麗なひとだ……。
そういえば、児玉先生も1年生の担任をやるって言ってたな。
児玉先生と横川先生。
タイプは全然違うけど……、教科も児玉先生は家庭科で、いつまでも卵のイメージがつきまとうけど……。
二人とも素敵なひとだ。
担任になってもらった生徒はラッキーだな。
ああ…、さて。
先に1年生の登録をやるか!
単純作業をしているうちに、何かいい考えが浮かぶかもしれない。
図書室はあさってから開館の予定。
でも、あさっては始業式だし、その翌日は入学式で在校生は休みだから、図書室に来る生徒はいないだろう。
試してみる時間はまだある。
なんだか楽しみになってきた!