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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
4 五月の章
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お役に立ちたいです。


「けっこう使いやすそうだね。」


「そうですか? よかったです。」


5月22日、木曜日。


来週の授業の打ち合わせで、情報科の先生が二人来ている。

ネット上の情報と新聞や本などの紙の情報を比較して、それぞれの特徴や利用方法についての授業を行うことになっているのだ。

もちろん、授業は先生たちが進める。俺はそのサポート。

おもに話しているのは二人のうち、年上の柏木先生。もう一人の奈良先生は女性で、今年の新人さんだ。


「プロジェクターとスクリーンは明日の放課後に持ってくるから、司書室に置いといてもらえるかな?」


「いいですよ。」


「去年は後ろ向きに座ってる生徒がいて、やりにくかったんだよね。」


「ああ、そうだったんですか。」


今回は、雑誌のラックやテーマの本などの机を少し寄せれば、通路部分を使って、学習スペースに座った生徒たちに向かって授業ができる。

生徒は全員横向きに座ることになるし、自由席には資料を置いておくことができるから、新しいレイアウトは意外に都合がよかった。


「頼んでおいた本は……?」


「5冊でしたよね? 月曜日に入りました。3冊ずつ購入してあります。」


「ありがとう。授業の終わりに紹介するから、2週間くらい、目に付くところに置いてもらえるかな?」


「そうですね……、ここはどうですか? 新しい本をどけて、『授業で紹介した本』として並べますけど。」


「ああ、ここ? うん、いいね。」


「一緒にリストも作っておきましょうか? あとからでも生徒が探せるように。」


「あ、そう? 助かるなあ。新しい情報がどんどん出て来て、すぐに忘れられちゃうからね。」


「そうですね。じゃあ、明日中に作って、先生には先にお渡しします。」


「よろしく。じゃ、そういうことで。」


「はい。」


……ふう。

いい感じで打ち合わせができてよかった。

せっかく一緒にできるんだから、これからのためにもいい関係を築いておきたい。



……あれ?

誰か廊下で話してる?

あ、足音が……。


「こんにちは。」


児玉さん!


「あ……、はい。」


ここに顔を出してくれたのは何日ぶりだろう?

そういえば、今日の4時間目は授業がないんだったな。


「今、そこで柏木先生たちに会ったんですけど、図書室で授業をやるんですってね?」


「はい……、そうです、来週。」


首をかしげたポーズ、かわいいです。

顔が緩む……。


「研究授業のあとの情報交換で、家庭科でも図書室を使って授業をやってるっていう先生がいたんです。」


「ああ、司書の連絡会でも聞いたことがありますよ。前にいた学校では、たまに調べ物の課題が出ていました。」


「そう。わたしは今まで、資料をコピーして配るくらいしかやってなかったから……。」


「そういう先生は多いですよ。」


「うん……。でも、いつも中途半端な気がしてて……。」


「中途半端?」


「そう。家庭科って、誰にでも一番身近な科目のはずなのに、生徒たちにとってはどうでもいい科目みたいな……。」


ああ。

なんとなく分かる気がする。


「こっちの言うことが伝わらないような……、受験科目じゃないからだろうけど。」


「そうかも知れませんね。」


児玉さん……、淋しそうだ。

そんな顔しないでください。


「ちょっと棚を見てみませんか?」


「え?」


「書架を一回りして、どんな本があるか見ませんか? 案内しますから。」


俺にできるのはこのくらいしかありませんけど。


「はい……。」


まずは……分類どおりの『家庭科』の棚から。


「一般的に『家庭科』で使うのはこのあたりの本ですよね? 裁縫、料理、育児、住まいのこと、その他。」


「ええ、そうですね。」


「この分類では、家庭科を技術や実用的な知識としてまとめています。」


「はい。分かります。」


「でも、前の学校で調べ物の課題が出ると、生徒の何人かは別の棚に行き着いたりするんですよ。……例えばこのあたり。」


「『習俗・民俗学』……。そういえば、大学ではこの辺もやりました。年中行事とか、食べ物や服装の由来とか比較で……。」


「ああ、きっとそうですよね。高校生でも、そういうことに興味がある生徒がいるようですよ。もっとピンポイントで、歴史とか、古典文学に行き着く生徒もいました。」


「へえ。」


「それからこっちの……。」


「あ、ちょっと待って。この本を……。」


……ん?

あ、届かない?


「俺が取りますよ。」


ラッキー♪

児玉さんの役に立てちゃったよ〜。

高いところのものをとってあげるって、なんか嬉しい。


「どうぞ。棚が高過ぎますか? 一応、踏み台はあるんですけど。」


「ありがとう。背が小さいから仕方ないよね。届くと思ったのに。」


「児玉さんと俺とでは、目に入る棚の位置が違うんですね。」


「ふふっ、30センチも違うんだものね。見ている世界が違うよね?」


そうか、確かに……。


「雪見さん、次はどこに?」


「あ、ああ、こっちです。……あ、食べ物の調べ物だと、農業の本も見る生徒がいましたね。それから……、」


なんて幸せなんだろう! 俺が児玉さんの役に立てるなんて!


「『文学』?」


「はい。育児や介護のテーマだと、体験記やエッセイを選ぶ生徒もときどきいました。これがそのまま課題に結びつくのか分かりませんけど。」


「ああ……、なるほどね。 “心を学ぶ” 、みたいなところかしらね?」


「そうですね。あとは育児を教育という方向から見たり、遊びの研究をしたり、介護だとバリアフリーについてとか。無難に百科事典でまとめる生徒ももちろんいますよ。」


「課題を通して、生徒が自分で興味のあることを見付けて行くんですね?」


「そうかも知れません。あんまり広がり過ぎて、課題からずれないようにしないといけないんですけどね。」


……あ。


「すみません、児玉さん。俺、昼ごはんを食べないと。」


「え、ああ、そうですね。じゃあ、わたし、もう少し見せてもらっててもいい?」


仕事時間中の児玉さんに、「一緒に食べてほしい」なんて言えないか。

司書室で、お弁当をはさんで向かい合って……って、理想だけど。


「どうぞ。俺は司書室にいます。」


あーあ、残念。


でも、いいや。

今日は、少しは児玉さんの役に立てた気がするし……。


「あー……。」


ん?


あれ、また背伸びして……。


「児玉さん、踏み台を…」


あんな厚い本を!

しかも、あの棚、詰め過ぎてるよ!

きつすぎて、隣の本まで……。


「大丈夫。あれ? 重い……。」


「児玉さん、危ないです! 落ちて来ます!」


間に合うか?!


「え? わ!」


ダメだ、落ちてくる!


「痛!」



――― う…わ。ちょっとこの態勢は……。



「あーあ……。」


児玉さん……気付いてない?


俺に寄り掛かってるんですけど……。

児玉さんと本棚の間に挟まれて動けない……というよりも、動きたくない。

だけど、鼓動が伝わってしまうかも。

でも、もうちょっとだけ……このまま手を……。


「あ、雪見さん、ごめんなさい。足踏まなかった?」


え……?


そんなに無邪気な顔で俺を見上げてるってことは、もしかして、全然気にしてない?


「あ、あの、危ないですよ、その、」


「ああ、ごめんなさい。本がこんなに落っこちちゃって……。」


平気なんだ……。

俺が一人でドキドキしてるだけで……。


「いいえ……。高い棚は俺が入れますから……。」


俺、やっぱり男として見られてないのか?

そんなの悲し過ぎる!


……そうだ。

今は二人っきりなんだから、ここでなんとか……。


「雪見さ〜ん、いるかーい?」


ひえ〜!

校長先生!


「は、はい!」


まるで見計らったように……。


「先週借りた本、返しに来たよ。」


「あ、はい。ありがとうございます。」


児玉さんは? もう次の棚を見てる……。


「面白かったよ。来たついでに、本棚見せてもらうね。」


「はい……、どうぞ。」


なんだか力が抜けた。

もう、いいや。

昼ごはんはあとで食べよう。







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