★★ 雪見さんて・・・。 : 児玉かすみ
今朝、雪見さんにお弁当を渡したとき、ものすごく嬉しそうな顔をしてた。
いつもそうだけど、今日は特に。
いつもは……ちょっと恥ずかしそうで、笑顔も控え目なんだけど。
2日間、お休みしただけなのに。
土日と同じなのにね。
それほど横川先生のお弁当が美味しくなかったのかしら?
雪見さんは「相性が良くなかったのかも」なんて気を遣っていたけど……、あ。
ちょうどよかった。伊藤先生に訊いてみよう。
「伊藤先生。おはようございます。」
「ああ、児玉先生。おはようございます。2日間見なかっただけなのに、久しぶりみたいな気がするなあ。」
「わたしがいないと、職員室が静かだって言いたいんですか? それより、伊藤先生、いかがでした?」
「なにが?」
「横川先生のお弁当です。とても楽しみにしていたでしょう?」
「その話ですか。ちょっとこっちで……。」
そんなに警戒するってことは、ほかの先生に聞かれては困る内容なの……?
「雪見さんから聞きませんでしたか?」
「あ、まあ、自分の好みとは違ったって……。」
「ああ。雪見さんは優しいんだなあ。」
「え?」
「だって……、不味いんです。」
「え……、そんなに?」
「はい。僕と中林先生は一緒に食べたんですけど、二人とも同じ意見でした。」
“不味い” って……。
横川先生は、毎日、自分でお弁当を作って来てるのに。
しかも、横川先生贔屓の二人に「不味い」って言われるほど……?
「どんなふうに不味いんですか?」
「なんだろう? 例えば、見た目で『これはこういう味かな?』みたいなものってあるじゃないですか? でも、食べると違う、みたいな。」
「ああ……、なんとなく分かるような……。」
「それから、どうしてこの材料に、こういう味付けをしてあるのか、とか。」
「はあ。」
食材と味付けが合ってないってこと?
“ちょっと変わってるけど、こういうのもいいよね” では済まされないくらい……?
「そういう味付けで、しかも濃いんです。」
濃い……。
「まあ、お弁当だと多少濃い味付けにするけど…。」
「児玉先生は食べてないから言えるんですよ。」
そんなに不味かったのか……。
こんなことになるなんて、作った横川先生も、食べた3人も、なんだか気の毒……。
これからは、お弁当を休むときは、ほかの人がいないところで言った方がいいかな。
……と、横川先生だ。
「おはようございます。」
「あ、児玉先生、おはようございます!」
こうやって笑っているところは、とっても素敵なんだけどなぁ。
「うふふ。児玉先生、聞いてください!」
「どうしたんですか?」
とっても嬉しそう。
わたしより5歳若いんだっけ?
まだ初々しくて、いいよね……。
「きのうとおととい、お弁当を作ってきたじゃないですか?」
……その話?
「みなさん、『美味しかった。』って言ってくれたんです!」
「わあ、そうなの? よかったですねえ。」
みんな優しいね。
まあ、横川先生には誰だって優しくしないではいられないのが当然だよね。
「ええ。でもね、児玉先生。」
「どうしたの?」
「3人分は大変でした。」
「ああ、そうですよね。普段は一人分しか作ってないんですものね。」
「ええ……、でも、それだけじゃなくて。」
ん?
何?
「わたし、自分のお弁当は、冷凍食品で済ませてるんです。」
「え……?」
「ほら、今って、解凍しないで詰められる冷凍食品もあるじゃないですか? 普段はそういうものを詰めて来てるんです。」
えぇ〜〜〜?
いつも手作りじゃないんだ?
「じゃあ……、今回のお弁当は……?」
「男の人3人分もの冷凍食品はうちの冷凍室に入らないから、今回は頑張って食材を買ってきて作りました♪ 特に雪見さんは児玉先生の手料理に慣れてますから、冷凍食品じゃ悪いと思って。」
「ああ、そうなの。頑張ったんですねぇ。」
冷凍食品の方が評判が良かったかもよ……。
「はい! 褒めてもらえてよかったです! 雪見さんには彩りも綺麗だって言ってもらえたし、自信が付きました!」
おお!
雪見さん、ポイント稼いだね。
「よかったですね。」
「これからも、児玉先生の都合が悪いときには交代しますから、いつでも言ってくださいね!」
「ええ、そうします。」
横川先生には申し訳ないけど、これから休むときは、横川先生のいないところで伝えよう。
どっちもかわいそうな気がするものね。
だけど……。
横川先生、雪見さんのことを話すとき、嬉しそうな顔するなあ。
今回のお弁当のことだって、もともとは雪見さんだけの話だったんだもんね。それが、いつの間にか3人分になって。
そういえば、この前、雪見さんの机の前で
「ここにある本って、読んでみたくなるものが多いんですよね。」
なんて言ってたっけ。
先生方は気付いてないけど、あそこの本は、雪見さんが先生向けにチョイスしてきたもの。
もしかしたら、雪見さんと横川先生って、けっこう相性がいいんじゃないの?
……お料理以外は、かな?
お料理は、今のところはわたしの味付けの方が雪見さん好みらしいから。
でも、横川先生だって、普段から作るようになれば、料理なんてすぐに上手くなるはず。
もしも料理の腕前がイマイチでも、横川先生にはいいところがたくさんあるんだから、そんなの帳消しになっちゃうよね。
それに、雪見さんが料理の練習をを始めたんだし、どちらかが上手なら……。
あれ?
わたし、勝手に縁組を決めてる?
これじゃあ、世話好きのおばさんみたい。
だけど、雪見さんって、つい面倒を見たくなってしまうんだもの。
あの人懐っこい笑顔がどうにもね……。
でも、やり過ぎないように気をつけなくちゃ。
あの机に置いてある本だって、思わず「協力する」なんて言っちゃって、失敗したもんね。
あれは雪見さんの仕事なんだから、わたしが余計なことをする必要はないのに。
「上手く行かなかったらお願いします。」って言われたけど、今の様子を見ると、わたしの協力はいらないみたい。
今だって、立ち止まってる人がいる。
――― 雪見さんて……地道にコツコツと頑張るひとだな。
図書室のレイアウトを変えたり、オリエンテーションの提案をしたり、職員室に本を持って来たり。
そんなふうにいろいろ考えているけれど、わたしたちに無理に何かを押しつけたりしない。
うまく行かなくても文句を言わないで、次のことを考えているみたいだし。
体重のことだって、そうだよね。
今は、朝も帰りも歩いているし、休日は料理の練習をしている。
毎朝、保健室で体重を量ることもちゃんと続けてる。
そういうところって、尊敬しちゃうな。
頼りない感じがするなんて言っちゃったことがあったけど、そんなことないね。
横川先生のお弁当だって、伊藤先生ははっきり「不味い」って言ったけど、雪見さんはそうじゃなかった。
とっても優しいひとだ。
そうだ。
あとでちょっと図書室を覗きに行こう。
しばらく行かない間に、何か変わっているかも知れない。
あのエプロン姿も板についてきたかも知れないしね!