横川先生のお弁当
うわー、華やかだ……。
袋を開けた途端、透明なフタを通して目に飛び込んでくる色彩。
黄色、緑、赤、茶色、ピンク、白……。
まるで横川先生そのもののような華やかさだ。
児玉さんのお弁当がない火曜日。
横川先生のお弁当、一日目。
児玉さんは、お弁当がないだけじゃなくて、校内にいない。
今日と明日、家庭科の研究授業でほかの学校に行っているから。
会うことができなくて淋しい。
彼女の笑顔が見られないと、なんだか元気が出ない。
せめて、帰りに会えるといいなあ……。
とりあえず、横川先生のお弁当をいただこう!
これだけ綺麗だと、味の方も楽しみだなあ。
いただきます。
…………。
変だな。
こっちは?
…………。
うーーーん。
なんて言ったらいいんだろう?
まあ、いいや。
ご飯は間違いなくご飯の味だし、野菜にはそんなに変わった味付けはしないだろうし。
え? 甘い?!
いんげんの炒め物かと思ったのに……。
なんだろう?
塩と砂糖を間違えたのかな?
それとも、俺が無知なだけで、こういう味付けの料理ってあるのか?
なんか……、全体的に不思議な……。
いや、ぜいたくを言ってる場合じゃない。横川先生がせっかく作ってくれたんだから。
ちゃんと食べて、お礼を言わなくちゃ。
「雪見さーん。」
昼休みに入ってすぐ、伊藤先生が図書室に顔を出した。
手に持っているのは、どうやら横川先生のお弁当らしい。
「ちょっと、司書室借りてもいいかな?」
司書室? ……ああ!
「お弁当を食べるんですか? 僕の机でどうぞ。」
「悪いね。なんかさあ、職員室じゃ、落ち着かなくて。」
わかるなあ。
俺も、児玉さんのお弁当は、一人でじっくり味わいたい。
「雪見さん……、あれ、伊藤先生?」
「あ、中林先生も?」
二人とも考えることは同じか。
「司書室ですか? どうぞ。」
「ありがとうございます。……雪見さんは食べたんですか?」
「はい、お先に。」
「どうだった? 美味い?」
「それは……食べてからのお楽しみの方がいいんじゃないですか?」
俺の口からは何とも言えません……。
「そうだよね! お楽しみ。」
「伊藤先生、僕、もらったときに覗いてみたんですけど、すっごい綺麗なお弁当でしたよ。」
「ホントに?! 期待できるなあ、それは。じゃあ、雪見さん、部屋借りるね。」
「はい、ごゆっくり。ここのドアは閉めておきますから。」
楽しそうな会話。
あとで感想を聞かせてください。
「雪見さん。ちょっと……。」
当番の図書委員とカウンターを交代して書架整理をしていたら、隣に中林先生が。
「…どうしました?」
なんだか顔が引きつってるような……。
いつもクールに決めてるのに。
「雪見さん、あのお弁当、全部食べたんですか?」
「中林先生、生徒が。」
書架の間の同じ通路でも、向かい側の通路でも、生徒が本を探している。
それさえも目に入らないほど慌ててる?
「あ……。じゃあ、こっちで。」
引っ張られて行く先は、やっぱり司書室。
ドアを開けると、事務机の向こう側で、伊藤先生がぐったりと椅子に座って天井を仰いでいる。
机の上には、2人分の弁当が半分ほど減った状態で置いてあった。
この様子だと、たぶん……。
「雪見さん、はっきり言ってください。あのお弁当、美味しかったですか?」
やっぱり……。
「あー、ええと、そうですね、俺の好みの味付けとは違っていました。」
「そ、そう、それ! そうだよね?!」
「伊藤先生……。」
美味しくなかったんだな、二人にとっても。
「ちょっと訊いてもいいですか?」
「なに?」
「横川先生って、普段、自分のお弁当を作ってるんですか?」
俺の質問に二人で顔を見合わせて……うなずいた。
つまり、あの味は、料理に慣れていないからじゃなくて、いつも通りの横川先生の味?
うーん……。
だとすると、少し変わった味覚の持ち主なのかも知れない。
「期待してたのになあ……。」
「はい……。」
そうだろうな。
気の毒に……は、横川先生も同じだな。
まさか、自分が作ったお弁当が、こんなふうに言われているなんて思わないだろうから。
まあ、本人が知ることはないだろうから大丈夫か。
「雪見さんは、全部……?」
「食べましたよ。残すのは嫌いですし、親切で作っていただいたものですから。」
「そうだよね……。よし、俺たちも頑張るか。」
「じゃあ、俺、図書室に戻ります。ごゆっくり。」
……とは言ったものの。
明日もか……。
お!
今、改札を入って行くのは……!
「児玉さん!」
烏が岡の乗り換え通路。
帰宅時間の人混みの中で児玉さんを見付けられるなんて、超ラッキー♪
こういうときには、背が高いのが役に立つ。
会えないと思っていたから、余計に嬉しい。
「あら、雪見さん。お疲れさまでした。」
ああ、この笑顔が見たかった!
しかも、家までの道のりはまだ半分以上残っている。
「どうでした、一日目の研究授業は?」
「工夫されていて、勉強になりましたよー。明日も楽しみです。」
「そうですか。よかったですね。」
早く終わって戻ってきてください。
すごく淋しいです。
「それより、雪見さん?」
「はい?」
「横川先生のお弁当、どうでした?」
……気になるのかな?
きのうもやたらと「楽しみですね。」なんて言ってたけど。
俺が向こうを気に入るんじゃないかって心配してる……ならいいのに。
「あのう……、正直に言っていいですか?」
「え? ええ、もちろん。」
「その……、どうも俺とは相性が良くないみたいで……。」
「……それは、つまり……美味しくなかったってこと?」
「まあ、はい……。」
驚いてます?
そうだろうなあ。
横川先生、自信あり気だったもんなあ……。
「あの、でも、俺の好みと違っただけで、普通なのかもしれません。俺、料理には詳しくないし、ちょっと想像と違っていたから、その……。」
「あ、ああ、そうだよね。横川先生、いつも自分でお弁当作って来てるもの。普段からお料理はやってるはずだから。」
「ええ、そうですよね。」
そうかも知れないけど、やっぱり児玉さんのお弁当が食べたいです。