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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
4 五月の章
24/129

やったよ!


5月9日。

連休が開けた週の木曜日。


とうとう体重が減った。



「ほ、堀内先生!」


自分でも驚いて、思わず声がうわずってしまう。


「はーい、どうしたの?」


「減りました!」


「あら。どれどれ? ……86.7? 最初はいくつだっけ?」


「88.4です。」


「2キロ……までは行かないのか。始めてから1か月くらいだっけ?」


「はい。今まで前後1キロくらいで上下してたんですけど、86キロ台になったのは初めてで。」


「そう。まあ、急激に痩せるのは心配だから、ちょうどいいかもね。よかったじゃない。」


「はい。」


嬉しい〜〜〜!


「児玉先生にもお礼を言いなさいよ。」


「もちろんです!」


言葉だけじゃなくて、何かお礼をしたい。

……でも、この程度の減り具合じゃ早すぎるかな?


「そういえば、雪見さん、夕食は相変わらずお弁当2つ?」


う。

それを訊かれると……。


「はい……。」


「ねえ、自炊してみたら?」


「前はやっていたんですけど、だんだん面倒になって、そのうちに食材を腐らせたりして……。」


「まあ、わかるけど、毎日じゃなくてもいいからやってみたら?」


「はい……。」


「上手になったら、児玉先生にもご馳走してあげたりとか。」


「え?」


「料理が上手だと、株が上がるんじゃない?」


……そうかな?

たしかに、テレビ番組なんかで若手俳優なんかが料理してる姿はサマになってるけど。


児玉さんをうちに呼んじゃったりとか?


「……そうですね。考えてみます。」


休みの日ならできるかも。

久しぶりだけど、どうだろう?


そうだ!

今日は児玉さんが4時間目の授業がない日じゃなかったっけ?

弁当箱を渡しに行くとき、体重が減ったことを知らせよう!

きっと喜んでくれるはずだ!






「あ、雪見くん。ちょうどよかった。」


うわ。校長先生?

児玉さんと話そうと思って、少し早めにお弁当を食べ終わって来たのに。

もしかしたら、図書室の4月の利用状況のことで何か言われるのかも……。


「はい。なんでしょう?」


「ここの本って、借りてもいいの?」


ここの本?


あ!

机の上に持って来てる本?


「あ、はい、大丈夫です。ちょっと点検しようかと思っていただけですから。」


「そう。これなんだけどさあ、ずいぶん前に新聞で紹介されているのを見て、読みたいと思ってたんだよ。忙しくて忘れてたんだけどね。」


日本史の研究書?

へえ。

もとは数学の先生だったって聞いていたけど……。


「そうでしたか。お役に立ててよかったです。ええと、貸し出しの入力をしておきますので、番号を控えさせてください………、ありがとうございます。返却期限は一週間後です。」


「ありがとう。じゃ。」


おお。

校長先生まで利用してくれたぞ。

きのうは坂口先生が借りてくれたし、横川先生は2度目だった。

2週目でこれだけ見てくれる人がいるなら、持ってくる冊数を増やしてもいいかも知れない。


……そうだ。

早く弁当箱を洗って児玉さんのところへ行かなくちゃ。

今日は報告することがあるんだから。




……と思っていたら、弁当箱を洗っている途中で給湯室に児玉さんが。


「雪見さん。」


……なんだろう? めずらしく周りを気にしてる。

何か内緒のこと? 

すすす、と体を寄せて……ああ、児玉さんの香りだ。

狭い給湯室で二人きりなんて、ちょっと……。


「雪見さんの机にある本って……」


残念。

仕事の話か。


「ああ、あの本ですか? どれか、読みたいものでも?」


「違います。あれって……雪見さんの計画?」


「え?」


「先生たちに本を借りてもらうための計画なのかなって思って。」


そこに気付いた?


「……ええ。実はそうです。」


「やっぱりそうなんだ。席で仕事しないのにいつも置いてあるから、変だと思った。」


「あ、変ですか、やっぱり?」


「まあ、少しね。だけど……言ってくれれば手伝うのに。先生たちの前で話題に出すとか。」


そう言ってくれると思ってましたよ。


あれれ。

もしかしたら、ちょっと怒ってる?


「ありがとうございます。でも、児玉先生だって忙しいじゃないですか。」


「そうだけど。」


怒ってる児玉さんもかわいいなあ……。


「今回は俺の挑戦ですから。だいぶ控え目ですけど。ははは。」


「挑戦?」


「はい。何でも児玉先生に手伝ってもらうわけには行きません。……でも、上手く行かなかったらお願いします。あ、そうそう、体重が減ってたんですよ、今朝。」


「わ、ホント?」


ああ、やっと笑ってくれましたね。


「はい。86.7キロでした。86キロ台になったのは初めてなんです。」


「わあ、よかったね! 今度はそれをキープするようにね。」


「キープですか? もっと減らすんじゃなくて?」


「もう少し減るかも知れないけど、ストンと減って、しばらく止まるみたいよ。わたしはそうだった。」


「慣らし期間みたいなものですかね? あ、今日のお弁当も美味しかったです。ごちそうさまでした。」


「はい。」


この笑顔だよ〜!

ああ、幸せだ……。


どうしてほかの先生たちは、児玉さんの魅力に気付かないんだろう?

……気付かれたら困るな。ライバルが大量に出て来てしまう。

あ、チャイムが。


「じゃあ、俺、戻ります。ありがとうございました。」


「はい。頑張ってね。」


あ〜、なんだか体も心も軽いよ。

……体は本当に軽くなってるんだっけ。


そうだ。

あとで、机の上の本を入れ替えよう。






「雪見さーん。」


「はーい。」


放課後の当番の女の子が呼んでいる。

図書委員たちは少しずつ、仕事にも俺にも慣れて来ている。


「ここの本がなくなっちゃったんですけど、こっちのワゴンから移してもいいですか?」


彼女の視線の先には今月のスポーツの特集コーナー。

表紙が見えるようにブックスタンドに立てておいた本が、残り1冊になっている。


「ホントだ。へえ、借りてくれてるんだね。気付いてくれてありがとう。」


今週始めたばかりなのに。

やっぱり、目に付くと違うらしい。


「さっき、ここから2冊借りて行った人もいましたよ。」


「そう。よかった。じゃあ、空いているスタンドには、ここから適当に出してもらえるかな? 僕は少し補充するから。」


「はい。」


学習コーナーは、今日も野村くんだけ。

定期テストっていつだっけ? 二期制だから……たしか、6月と9月、12月と3月か。

テスト前は去年は8〜10人程度だったけど、それが3倍っていうのは期待できないな。みんな予備校なんかに通ってるんだろうから。

地道に日々の人数を増やすしかないよな。


でも、自由席は放課後にはたいてい一人や二人来ているし、スポーツの本も動き始めてる。

きのうは当番で来ていた図書委員の男の子が、仕事の途中で、立ったまま本を読んでいた。

それで思い付いて、備品部屋から丸椅子をいくつかもらってきて、書架スペースの隅っこに置いておいた。今日は誰も座っていないけど。


興味がある生徒はいる。

それは間違いない。


今月末には情報の授業で1年生の全クラスが1時間ずつ入る予定がある。

そこでうまく声かけができれば、その後の利用につながる生徒が出て来るかも知れない。


……あ。この配置。


「上手だね。」


「あ、そうですか?」


図書委員がやってくれたスポーツ関係の本のレイアウト。

ブックスタンドに立てられた本が、パッと目に飛び込んでくる。


「うん。ええと……佐藤さんだっけ? インパクトのある配置になってると思うよ。色合いとか、バランスとか……センスがあるんだね。」


「わあ、ありがとうございます。」


「こちらこそ。これからもよろしく。」


「はい。」


佐藤さんみたいに、図書室の中のことに興味を持ってくれる生徒もいる。

こういう生徒がカギになってくれる可能性もある。



まだ5月になったばかり。

焦って数字ばかり気にしないで、今は種をまく時期だと思って、地道にやって行こう。








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