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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
3 お近づきに
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チャンスを逃がすな!


連休……つまらないな。

児玉さんの家はすぐ近くなのに、会えない。会う理由がないから。


こうやって歩きまわりながら、いつか彼女に会えるんじゃないかと期待して……やっぱり会えない。

やたらとキョロキョロしてる?

迷子の家族でも探しているように見えるだろうか?


家が近いといいことがたくさんあるけど、期待してしまう分、がっかり度も大きいのが困るな。



――― こんなに淋しいなんて。



会って、まだ1か月だぞ。

そりゃあ、ほぼ毎日、一緒に通勤しているし、先週からお弁当も作ってもらってる。そのお弁当はものすごく美味しくて……。


いや、もちろん、お弁当だけに惹かれているわけじゃない。


あの笑顔。

元気で物怖じしない性格。

細やかな心遣い。……俺だけにではないことは分かってる。残念だけど、そこが彼女のいいところなんだから。


それから、ときどき出るドキッとさせられるような態度……というか、行動。

あれをやられると、焦ってしまって何も考えられなくなってしまう。

……俺が弱過ぎるのか?


だけど、触れられたり、近付かれたりすると……。


あ〜〜〜!

考えれば考えるほど、警戒と期待が入り乱れて……!



!!



ウソだろ? まさか。



……いや、本人だ。見間違いじゃない。

あそこで真剣な顔でレタスを選んでるのは、間違いなく児玉さんだ。

今日はジーパンに白いシャツ?

普通の服装もよく似合うなあ。


なんて、感心してる場合じゃない。

逃がすな! 急げ!



「児玉さん。」


「わ!」


あ、レタスが ――― 取った!

手に持ってるものを放り投げてしまうほど驚くなんて。


「あの…、すみません、驚かせて。」


「雪見さん……? ぷっ…、ごめんなさい、レタスを。」


「いいえ。はい、どうぞ。」


「ありがとう。ちょっと夢中になっちゃって。」


「レタスを選ぶのに、ですか?」


「そう。わたしね、スーパーではときどきあるの。虫がついていないか、とか、どっちの単価が安いか、とか、真剣に考えていたりして。」


スーパーの買い物で?

面白い。

面白くて……かわいい。


「雪見さんもお買い物? 今日のお夕飯は何?」


「今日ですか? いつもと同じ…」


いや、待て!

せっかくここで会ったんだぞ。

一緒に出かけるチャンス!


「同じつもりでいたんですけど、児玉さん、俺の夕食に付き合ってもらえませんか?」


「え?」


「今日は休みでダラダラ過ごしたのに、このままいつもと同じように弁当2つだと……。」


「あら。ダラダラ過ごしたんだ?」


「はい。」


本当は筋トレもしましたけど。


「『はい。』って、そんなに自慢げに言い切っちゃダメでしょ?」


「はい……。」


先生みたいな口調。

ああ、こんな会話も楽しい!


「まあ、わたしも似たようなものだから、言えないかな。ふふ。」


笑ってるけど、俺の申し出に返事がまだ……。


「夕食……ダメですか?」


「うーん……。」


「一人で外食は味気ないし……。」


「まあ、それはわたしも同じだけど……。」


俺と二人はダメ?

やっぱり図々しい頼みだったか……。


「この辺、あんまりお店がないけど?」


え?


「夕食にハンバーガーとかドーナツってわけには行かないでしょう? わたし、電車で出かけるような服で来なかったから。」


……ってことは、まだ断られたわけじゃない?


「あ、あの、車で。」


「え?」


「俺、車で来てますから。俺も普段着だから、ファミレスでも。」


お願いします!


「……ファミレスなら、この服装でもいいかな?」


「全然OKですよ!」


「じゃあ、行きましょうか。外食ならお買い物はしなくてもいいしね。」


やったーーー!


「このスーパーは10時まで開いてますから、帰りに寄ってもいいですよ。」


少しでも長い時間、一緒にいたいです。


「そう? 車で寄ってもらえるなら、重い物を買っちゃおうかな。」


「いいですよ。どんどん使ってください。」


児玉さんのお役に立てるなら喜んで!


「あ、今、何時? 5時か。……ねえ、せっかくここにいるから、やっぱり先にお買い物をしてもいい? で、途中でうちに荷物を置きに寄ってもらっても?」


「はい。」


一緒にスーパーで買い物っていうのも、新鮮な経験だなあ……。


「じゃあね、サラダ油でしょ、お味噌でしょ、お醤油でしょ、……あと、牛乳に卵、それから……えへへ、ビール。」


「ビール……ですか?」


「そう。毎日、夕食のときに1缶が楽しみなの♪ でも、買うと重いのよねー。」


「そうなんですか。じゃあ、今日の夕食のときも、俺に遠慮しないで頼んでください。」


「そう? ありがとう。……あ。」


酔いつぶれるまで飲んでくれてもいいですよ。

そういう児玉さんを見たい気もするし……って、無理か。児玉さん、強いもんな。


「カゴ、持ちましょうか?」


「大丈夫。このカートに乗せていくから。ねえ、雪見さん?」


「はい?」


そんなふうに、まっすぐ見つめられると照れくさいです。

下を向いてしまいそうになる……。


「雪見さん、『俺』って言うんですね。」


「え?」


……あ。

そういえば!


「あ、あの、すみません、馴れ馴れしく。つい。」


「あ、いいんです。いいの。気にしないで。」


ああ……、楽しそうな笑顔。

心の中がふわっと温かくなって、体の力が抜けそうになる。


「いいの。わたしの方が先に普通に話していたでしょう? でも、雪見さんはいつもきちんとした言葉遣いだったから、それが素なのかと思っていたの。でも、違うのね?」


「あの、はい、そうです。いつものは仕事用です。」


「そう。わたしにはそんなに気を使わなくていいですよ。わたしも遠慮なくお世話になってるし。」


あ。


これって、なんか、ちょっとだけ前に進んだような……。


「さて。じゃあ、さっさと買い物を済ませちゃおうかな。」


「はい。あ、カート、俺が押します。」


「そう? じゃあ、お願いします。最初はあっちね。」


わ! 来た!

児玉さんの手が……背中って言うか、腰って言うか……、その微妙な位置と力加減がなんとも……。


「は、はい。」


あったかくて、くすぐ……ん?

なんか、ぎゅうっと押されてる?


「やっぱりちょっと柔らかいよね。」


ああ……、後ろにもぜい肉が……。


「はい……。」


「和食のファミレスにしましょうね。」


「はい。」


絶対に痩せる!!

痩せて、褒めてもらう!!







第3章「お近づきに」はここまでで終了です。

次から第4章「5月の章」に入ります。

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