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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
3 お近づきに
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順調かも。


先生たちに対する作戦に最初に反応してくれたのは横川先生だった。

作戦初日の放課後、用事で職員室に戻った俺にちょこちょこっと寄って来て、


「雪見さん。さっき、その本をちょっと見せてもらったんですけど、構わなかったですか?」


と、おずおずと微笑んだ。

いつものとおり綺麗な横川先生に微笑みを向けられて、俺はどぎまぎしながら


「ええ、構いませんよ。」


と答えるのがやっと。

すると、横川先生は安心した様子でにっこりと笑った。


「よかった。その本の写真、ほんとうに綺麗ですね。」


彼女が言った本は、星や星雲、銀河、惑星などの写真集。

見開きいっぱいに印刷されたデジタル画像の写真は、色も形もくっきりと素晴らしい。

天文学に興味がない人でも、ながめているだけで時間の経つのを忘れてしまうような本だ。


「そうですね。よかったら貸し出しできますけど?」


これこそが本当の目的。

うまくいくかどうか考えると緊張してしまって、さりげなく聞こえるように言うのは難しかった。


「え? いいんですか?」


「はい。図書室のシステムにはあとで入力しますから、いいですよ。貸出期間は一週間です。」


「ありがとうございます! ゴールデンウィークの後半に、ゆっくり楽しみます。」


本を抱えて嬉しそうに立ち去る横川先生の後ろ姿を見送りながら、心の中でガッツポーズをした。






5月2日、連休の狭間3日目。


臨時じゃないお弁当が始まって3日目。

今日も美味しかった。


今まで、夕飯に買って帰る弁当は温かい状態で食べられて、それなりに美味いと思っていた。

けれど、児玉さんのお弁当を食べてからは、店で買う弁当が味気なく感じてしまう。

昼には児玉さんのお弁当は冷たくなっているし、一人きりで食べるという部分は同じなのに。


俺の気持ちの問題?

うん、きっとそうだ。


児玉さんが俺のために作ってくれたと思うと、ありがたくて、嬉しい。

フタを開けるときに、児玉さんの笑顔が目に浮かんでくる。

食べているときも、お弁当を作っている児玉さんを想像してみたり、心の中で話しかけてみたりする。

まさに、至福のひととき。


3日目ともなると、こうやって食べ終わった弁当箱を洗いに職員室に行くのも慣れて……あ。


児玉さんが席にいる。職員室の真ん中あたり。

今日の4時間目は授業がないのか……。


弁当箱を渡しに行くのが少し照れくさいな。ほかの先生たちに会話を聞かれそうで。

毎朝一緒に来ているのは知られているけど、職員室で話すことって、今まであんまりなかったから。


だけど、仕方ない。

早く洗って持って行こう。

4時間目が終わって、職員室がもっと人でいっぱいになる前に。




「あの、児玉、先生。」


学校では “先生” 。

間違えなくてよかった。

やっぱりちょっとドキドキするな……。


「はい。…ああ、雪見さん。お弁当箱ですか?」


「はい。今日も美味しかったです。ご馳走様でした。」


「いいえ。」


ああ、たまごの笑顔だ。

こんな笑顔が見られるなら、いつも直接渡したいなあ。

いや、でも、やっぱり………ん?


今、一瞬、目が合った? あっちの先生と。

もう下を向いて仕事をしているけど、間違いなく、目が合った途端に視線をそらされた気が……。


周りは……やけにシンとしてるような。

やっぱり注目されてるのか?

どうしよう?!

なんだか一気に恥ずかしくなってきた!


先生たちは気にしていないと思っていたけど、みんな表に出さなかっただけじゃないのか……?


「明日からの残りの連休中も、食事と運動には注意してくださいね。」


「え? あ、はい。」


児玉さんは全然気にならない?


「ああ、そうだ。スナック菓子の買い置きなんて、ないでしょうね?」


「え、はい? ええと、スナック菓子?」


俺は気になるよ〜。

周りの先生たちが全員、聞き耳をたてているような気がする。

もう司書室に戻りたい……。


「そう。スナック菓子って、開けたらつい全部食べてしまうでしょう? 買い置きは危険よ。」


「はい、分かりました。じゃあ…」


「あ、待って。」


「はい?」


まだ何か?


「襟にご飯粒がついてます。」


う、わ! みっともない!


「ええと……、」


「自分では見えない? ああ、ちょっと待って。」


児玉さん!

取ってくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり恥ずかしいです!


「あの、洗面所で…」


いいですってば〜〜〜!!


「はい、いいですよ。なんで、こんな場所に付いちゃったのかしらねぇ? うふふ。」


「はい……。あの、すみません……。」


ダメだ。恥ずかしい……。

あ、チャイム?


「あの、ありがとうございました。」


なんだかクラクラする。

うわわわ、手を振ってくれちゃってるし。


ほかの先生がいても全然気にしないなんて……。

やっぱり児玉さんにとって、俺はただの同僚……?





ゴールデンウィーク明けから始めようと思っていた、テーマに沿った本の紹介展示。

その準備を今日から始めた。

今年初回のテーマは、無難なところで『スポーツ』。

廊下に貼るポスターと展示場所に貼る表示ができあがり、放課後の今は、本を選びながら展示方法を検討中。


新しく入った本のコーナーを少し寄せて、テーマの本を表紙が見えるように7冊くらいは並ぶかな?

その隣にワゴンを置いて、背表紙が見えるように並べる……。


最初に出しておくのは20冊〜30冊くらいか? あんまりたくさんだと、逆に選びにくいだろうし。

でも、借り出されると展示の本が減ってしまうから ―― そうなってくれたら嬉しいんだけど ―― 補充用に余分に選んでおきたい。

あとで探せるように、リストにも……。


スポーツ選手のための体の管理、有名選手の自伝や関連本、運動部を舞台にして描かれた物語、プロ野球、Jリーグ、アウトドア系スポーツ、それから……。


学習コーナーの空いている机にどんどん出して並べてみる。

最初に出すのはどれにする?


「あのう……。」


「あ、はい。」


後ろから男の子の声が。

振り向くと、掃除当番でおとといから来ている生徒の一人。


「ああ、掃除が終わった?」


「はい。」


「ご苦労さま。今週は今日でおしまいだね。」


「はい。……あのう、その本。」


彼の視線は並べてある本に。

さっそく興味を持ってくれた生徒がいるなんて、幸先がいいな。


「どれかな?」


「その、右端の……。」


「これ?」


「はい……。」


大リーグで活躍している野球選手を取材した本だ。


「読む? どうぞ。」


「…いいんですか?」


ああ。

俺が使うために集めているって思った?


「うん。きみたちが優先だよ。借りるならカウンターでね。」


「はい。」


いい笑顔だな。ちょっと恥ずかしそうに。



カウンターで貸し出し手続きをしている彼の後ろ姿を見ながら思う。


自分が選んだ本を、誰かが読みたいと思ってくれる。

司書をやっていて、 “幸せだなあ” と思う瞬間のひとつだ。



そうだ。


来週から、昼休みと放課後はもっとフロアワークに重点を置こう。

この学校の生徒たちは、前の学校に比べて図書室に来る頻度が少ないから、本を探すのも慣れていないかも知れない。

俺が書架の間をウロウロしたり、あいさつなんかをしていれば、だんだんと見慣れて声をかけやすくなるだろう。


……こんな体でウロウロしていたら邪魔だって言われないように、ちゃんと痩せなくちゃな。








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