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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
3 お近づきに
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先生たちと俺


俺が児玉さんにお弁当を作ってもらっていることは、一日目が終わるころにはほとんどの先生が知るところとなった。


先生たちは、児玉さんが言ったとおり、誰も気にしないようだった。

気にしない、と言うよりも、みんな「ああ、なるほどね。」という雰囲気。

中には羨ましがる先生もいたけれど、それは “美味い弁当” に対する羨望で、俺と児玉さんの関係に対してではなかった。


「ほらね、だから言ったでしょ? 誰も気にしないって。」


二日目の朝、鳩川駅で会ったとき、児玉さんは笑った。

その笑顔はあまりにも屈託がなくて……、俺は心の中が複雑な思いでいっぱいになった。




「だって、酷いじゃないですか。」


体重を量りに来た保健室で、つい、堀内先生に愚痴をこぼしてしまう。


「いくら僕が太り気味で、恋愛には縁がなさそうに見えるとしても、誰一人、 “もしかしたら” って思ってくれないなんて。」


「ふふっ。あ、ごめん。」


「いいんです……。言ってみただけですから。」


いくら不満を言ったって、この体形は自業自得だ。


「あのね、雪見さんの外見のせいじゃないと思うよ。」


「……そうですか?」


そう言いながら、笑ってるじゃないですか。


「去年、児玉先生がお弁当を作り始めたころ、ほかの先生にも頼まれそうになってね。」


「ほかの先生?」


「そう。伊藤先生とか……親しかった何人かの先生がね。美味しいって評判になったから。」


「ええ、ほんとうに美味しいです。」


「中にはお金を払うって言った先生もいたのよ。だけどね、そんなふうに引き受けてたら、きりがないでしょう?」


そりゃそうだ。

弁当作りを仕事にしてるわけじゃないんだから。


「だから児玉先生は、『これは原口先生が気の毒だからやってるの。』って、何度も説明してたの。まあ、ボランティアみたいなものってことかな。」


「ああ……、そうなんですか……。」


ボランティア。

気の毒だから? ……俺に対しても?


「ぷっ……。ほらほら、そんなにがっかりした顔しないで。」


「はい……。」


そう言われても、児玉さんの動機が “博愛の精神” だけだと思うと……。


「ちゃんと結果が出たら、児玉先生も喜んでくれるよ。」


「そうですね……。」


喜んでくれるのは間違いないと思う。

だけど。


「それに、スリムになった雪見さんて、けっこうカッコいいんじゃない?」


「え……?」


「“もしかしたら” ってことだって、あるかもよ?」


もしかしたら……。


児玉さんが俺を……?


「そ……、そうかな……?」


「うん。可能性がないとは言えないよね。」


そうか。

痩せたら。


「だから、頑張りなさい。」


「はい。」


よし。


ちゃんと痩せて、児玉さんに見直してもらおう!

ほかの先生たちにも冷やかされるようになってやる!


「ありがとうございました。失礼します。」


「はーい。じゃあ、また明日。」



堀内先生って親切なひとだなあ。

あんなにアドバイス………って!


俺、ひと言も、自分が児玉さんのことをどう思ってるかなんて言わなかったよな?!


そうだよ。

ちょっと愚痴っただけで。


なのに ――― 。


堀内先生にはお見通し?

そういえば、児玉さんに弁当のことを言ってくれたのも堀内先生だって……。


うわ、恥ずかしい!

ああ、また顔が……。


「あ、雪見さん、お邪魔してるよ。」


「あ、沼田先生、新聞ですか? どうぞ、ごゆっくり。」


赤くなってるのがわかりませんように!

早く司書室に入っちゃおう。



それにしても堀内先生……鋭いな。





児玉さんのお弁当のことが広まったことで、いいこともあった。

図書室の利用者アップの作戦を思い付いたのだ。


もともとゴールデンウィーク中に、先生たちを対象にした作戦を考えていた。

そして思い付いたのは ――― 俺の机の上に、毎日、本を置いておくこと。



今のところ、授業で図書室を利用する予定が入っているのは1年生の情報の授業だけ。

それ以外では、先生たちが図書室に足を運ぶ機会がほとんどないのだ。


すでに授業計画を立てている先生たちは、俺にしつこく「授業で図書室の利用を!」と訴えられても困ってしまうだろう。

どんな本があるのか、どうやって役立てるのかを検討するのは、それなりに時間と手間を要する。

それを、異動して来たばかりの俺がやたらと勧めても、逆に反感を買う可能性だってある。


だから、とりあえず “机に本を置いておく” だけなんていう消極的な方法をとってみることにした。

誰にも迷惑がかかるわけじゃないし、うまくいけば、先生と俺の信頼関係も築ける。

先生たちに図書室に来てもらうのは、なかなか簡単なことじゃないことは、今の時点でわかっている。

一番顔を出してくれている社会科の先生たちだって、新聞以外には目が行かない。


だったら、図書室を持ってくればいい。

……ただ、今のところはこれ見よがしにじゃなく。邪魔にならないように。



そこで役に立つのが、俺の席が給湯室の前だということ。

何人もの先生が、昼休みや放課後に俺の席のあたりを通るのは、きのうの件でよく分かった。

俺は基本的には司書室で仕事をするから、そこにはめったにいない。

だから、先生たちが気付いて立ち止まって見てくれる可能性がある! ……んじゃないかな。

普段いない席に本が置いてあるのは変かも知れないけど。


まあ、尋ねられたら修理の途中だとかなんとか、いくらでも言い訳をすればいい。

でも、「借りたい」って言われたときに貸せる言い訳じゃないとダメだな。


一冊借りてくれたら、次の可能性につながる。

図書室に返しに来てくれたときに、次の本を探してみる気になるかも知れない。

職員室で俺に返してくれたとしても、何か、次につながる話ができるかも知れない。

先生同士の話題に上るかも知れない。


……あくまでも全部、 “かも知れない” だ。

でも、何もしないよりはマシなはずだ!



この作戦のことは、児玉さんには話さないことにした。

話せばきっと、協力を申し出てくれるとは思う。たとえば、サクラになってくれるとか。


けれど、そんなふうに気を使ってもらうのは悪い。

児玉さんだって忙しい身だし、ほんとうは興味がないのに楽しそうなふりをしてもらうのは申し訳ない。

それに ――― これは俺の仕事だ。

レイアウト変更みたいに人手や助言が必要なわけじゃない。



……だけじゃないかな。



――― プライド?



うん。たぶん。


俺の心の中での挑戦。

先生たちに対しての。





午前中に自然科学の棚から6冊ほど選び、蔵書管理システムに『準備中』の入力をしておいた。

それを、弁当箱を洗いに行くときに、一緒に職員室に持って来た……けど。



――― どう並べる?



わざとらしくないように。

でも、タイトルが見えるように。


きれいな写真の表紙の本を一番上に、重ねたのが崩れた感じ……まあ、こんなものか。

もう図書室に戻らなくちゃ。



4時間目終了のチャイムと同時に職員室を出ながら振り返る。


どうか、誰かの目に留まりますように!








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