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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
3 お近づきに
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初めては恥ずかしい。


「おはようございま〜す。」


保健室の戸を開けながらかける声までスキップしているような気がする。



連休の狭間の出勤日。

今年のゴールデンウィークは週の真ん中に4月30日、5月1日、2日と3日間、仕事の日が入っている。

普段なら面倒に感じるこんなカレンダーも、今回は赤い字で書いてある日が恨めしい。

なぜなら……「仕事の日」=「児玉さんのお弁当」だから!


新しい弁当箱に詰めてもらった児玉屋のお弁当が、司書室に置いてある。

それだけで心が浮き立つ。


児玉さんが渡してくれたお弁当は、弁当用の風呂敷にきちんと包まれていた。


「包むものを買い忘れちゃったから、わたしのですけど。」


と笑顔で言われて、


「今日の帰りに買いに行ってきます。」


と答えたけど、本当のところ、自分の弁当が児玉さんのものに包まれていることが嬉しくて、にやにやしてしまった。

帰りに買いに行っても、会えなければ、明日も同じ。

買い忘れるか、持ってくるのを忘れるかすれば、もうしばらくは……という誘惑と戦い続けている。



「おはよう。」


保健室の堀内先生はいつも通り、机に向かって仕事中。

鼻歌でも出そうなほど浮かれている今日の俺としては、堀内先生の背中がありがたい。


今日の体重は……よし、増えてないぞ!

3連休で不安だったけど、なるべく動き回るようにしていたのがよかったんだな。

きのうは5キロの米を児玉さんの部屋まで歩いて届けたし、今日から朝もバスを使うのをやめた。

この調子だと、案外早く結果が出るかも……。


「児玉屋のお弁当、今日からですってね。」


わ!

堀内先生?!


「あっ、あの……、そ、そう、です。」


知ってた?

っていうか、いつの間にこっちを向いてたんだ?!


「お弁当箱も買ったんだって?」


「あ……、はい……。よくご存知ですね……。」


落ち着け!

恥ずかしがる必要はないんだぞ。


……とは言っても、顔が熱いのがどうしても!


「更衣室で聞いたの。あはは! そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。まあ、嬉しいのは分かるけど。」


分かる?!

分かられてる?!


ああ、もう!

この年で、耳まで真っ赤になってる俺は……。


「い、いえ、あの、こ、児玉…先生は、べつに、特別には……。」


「そうかもね。」


そんなにあっさり?!

やっぱり誰が見ても、児玉さんにとって、俺はただの同僚なのか……。


「だけど、雪見さんて、なんとなく放っておけない感じがするから。」


「放っておけない……ですか?」


「そ。だからあたしも児玉先生にお弁当のことを提案したんだし、児玉先生も作る気になったんじゃないの?」


放っておけない……。


「頼りないってことでしょうか……?」


児玉さんにも “頼りない感じ” って言われたし……。


「あははは! まあ、そんなところかな。」


頼りない……。


“ただの同僚” と “世話を焼きたくなる頼りない男” ……。



――― どっちがマシなんだ?







今日も美味しかった〜!


待ち遠しかったお弁当。

包みを開けるまでの緊張感、フタを開けるまでのドキドキ感は、先週の比じゃなかった。

開けてみたら眩しいような気がしたし……。


黒い弁当箱だから、先週よりもずっと色鮮やかで美味しそうに見えたのは確か。実際、味は最高だけど。

ああ、しあわせ……。



……ん? あれ?



これを児玉さんの席に置きに行かなくちゃっていうのは納得してるけど、洗わないと悪い……よな?

だとすると……え? 給湯室か? 職員室の隣の?



どうしよう?!



見られたら、訊かれるよな?

そりゃあ、内緒にしないでやるって言われたけど、やっぱり恥ずかしいよ!

しかも……、しかも、俺が心の中でものすごく喜んでるってことがバレたら……!


見られたら……。

今、何時だ? 4時間目終了まであと4分?

急げ!




同じ階のA棟の職員室。

給湯室は手前の入り口から入って、まっすぐ奥の右手にある。

ちなみに、俺の机はそのすぐ前。


まだ4時間目が終わっていないから、職員室に人は少ない。

机に残っている先生たちも、それぞれの仕事で下を向いているし。



よし。

今のうちに!



慌てていることを悟られないように給湯室へ。

洗剤とスポンジを探す手がちょっと迷う。

視線は何度も職員室の動きを探り、耳は今にもチャイムが鳴るのではないかと警戒する。



終わった!

布巾は……ああ、このキッチンペーパーでいいや!



拭き終わらないうちに4時間目終了のチャイムが鳴った。

授業が終わった先生たちが帰ってくる前に、これを児玉さんの机に置いて来たいけど……。


「あれ? 雪見さん、お弁当?」


小野先生!


そうか。

給湯室にお茶を入れに来る先生もいるのか……。


「はい。その……、」


「ああ、児玉屋か! かすみちゃんが言ってたよ、お弁当箱も買ったって。」


大きな声で!

しかも、弁当箱のことまで!


「はい……。」


「あれ、混んでる? ちょっとお茶を……。」


「あ、坂口先生。僕はもう出ますから。」


ああ、次々と……。

早く退散しよう。

弁当箱を片付けないと、いつまでも……。


「めずらしいね、雪見さん。この時間にここにいるなんて。」


「坂口先生。児玉屋が再開したんですよ。」


小野先生……。

わざわざ言わなくても……。


「児玉屋? 今度は誰?」


小野先生。

できれば、意味ありげな視線じゃなく、はっきり言ってくれた方が気が楽です。


「雪見さん?」


「……はい。」


ものすごく気恥ずかしい。

また顔が赤くなってる……、ああ……。


「ぷ。」


「坂口先生、笑ったら悪いですよ。」


「ごめん。たしかに必要だな、と思ったらね。くくく…。」


……え? 必要?


「そうだよな。その若さでその腹はヤバいんじゃないかと思ってたんだよ。よかったねえ、雪見さん。」


「はあ。」


そんなふうに言われるとは思いませんでしたけど……。


「あ、混んでる?」


うわ、また来た。


「あ、僕はもう終わったのでどうぞ。」


坂口先生の反応を見たら、ちょっと気が抜けた。

もう図書室に戻らないといけないし、早く……。


「あれ? 雪見さん、お弁当ですか?」


ああ、やっぱり気付かれた?


「はい……。」


「あのね、児玉屋なんだそうだよ。」


「児玉屋? ああ、そうですか。よかったですね。」


え? またそういう反応?


「はあ。じゃあ、僕は図書室に戻りますので……。」


俺が言わなくても勝手に知れ渡っていく……。

しかも、みんな自然と納得して。




あのみんなの反応……、要するに、こういうことか?


“児玉さんにお弁当を作ってもらっている人間は、栄養上の管理が必要なひと”。


誰も俺と児玉さんの仲を勘ぐったり、冷やかしたりしてくれないのか?



それはそれで悲しくないか?!

俺は定年間近じゃなく、若い男なのに!



そりゃあ、知られたら恥ずかしいって思ったけどさ!

だけど、恥ずかしいのは、太めだってことをみんなに認識されるからじゃなかったのに!




……あ。


ぼんやりしてたから、弁当箱を児玉さんの机に持って行くのを忘れてしまった。

しかも、机の上にむき出しで置いてきてるな、たぶん。

もう戻ってる時間はないし……。



いいや、もう。

ああやって置いておけば、先生たちにはあっという間に広まるだろう。

なにしろ俺の席は給湯室に一番近い。

昼休みにあそこを通る先生はたくさんいるみたいだから。


知らない間にみんなに知れ渡ってくれた方がいいや。








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