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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
2 作戦開始
15/129

児玉屋のお弁当 その2


「ありがとうございました。ものすごく美味しかったです。」


夜。

児玉さんに電話をかけた。


ほんとうなら、食べたらすぐにお礼を言うべきだったとは思う。

でも、生徒や先生がいる学校では照れくさくて、忙しいことを口実に、午後は職員室にほとんど顔を出さなかった。

まるで忙しかったアリバイを作るように、図書室内の目立つ場所をきれいにしたり、当番の図書委員に改善の相談をしたりしたことが、少し後ろめたい気がするけれど。


照れくさかったから……。

真実は、児玉さんに電話をかける言い訳、だな。



お弁当はほんとうに美味しかった。


使い捨ての細長いパック二つに、おかずとご飯が別々に詰めてあった。

おかずは生姜焼き、ゆで卵、オクラのおかか和え、粉吹きいも、ミニトマト。

痩せる計画が進行中だから肉類はないのかと思っていたので、生姜焼きは予想外だった。


児玉さんの生姜焼きは薄切り肉を使って、玉ねぎと一緒に炒めてあった。

生姜の香りが効いていて、冷めていても美味しかったし、甘くない味付けも俺好み。


ゆで卵は半分に切ってあったのがちょっと残念。

まるごとだったら児玉さんと一緒にお昼を食べている気分を味わえたのに。

もちろん、切ってある方が見栄えがいいし、食べやすいけど。



「お口に合いました? よかった。」


楽しそうな児玉さんの声。

いつまでも話していたい。


「量はどうでした? どのくらいあれば足りるのかわからなくて、心配だったんです。」


「十分です。ちょうど帰るころにお腹が空くくらいで。」


「そうですか?」


「はい。いつもは放課後になるころには一口欲しくなるんですけど、今日は平気でした。」


「ああ、それでお菓子とか食べちゃうんでしょう?」


「あ、わかりますか?」


笑ってくれてる……。

児玉さんはいつも楽しそうだけど、俺との会話で笑ってくれるとすごく嬉しい。


「そんなに満足してもらえるなら、作り甲斐があるなあ。」


「よろしくお願いします。楽しみにしています。」


「はい。明日も駅でね。」


待ち合わせの約束だ!

なんだかドキドキする。


「あ、明日は」


“早い時間じゃなくても” と言いかけてストップ。

痛みが引いてきたことを話したら、お弁当が終わってしまうかもしれない。

それに、ゆっくり歩いて、話せる時間を引き延ばしたい。


児玉さん、ごめんなさい。

今週だけですから!


「あの、何かお礼をしますね。」


児玉さんのために何かしてあげたい。

そのついでにもっと仲良くなれたら……。


「気にしなくてもいいのに。」


「いえ、そうじゃないと申し訳ないので。」


「じゃあ、足が治ったらでいいですから。楽しみにしています。」


「はい。」


何がいいかな?

考えるのも楽しい!


「じゃあ、失礼します。」


「はーい。また明日ね。」


ああ……。

この幸福感。


だめだ……。

児玉さんのすべてに抵抗できない。

下心の誘惑にも勝てない。

児玉さんともっと仲良くなりたい!


だけど……。


児玉さんにとって、俺はただの同僚?

定年退職した先生と同じ?


ああ!





水曜日、木曜日と、児玉さんのお弁当が続く。

それと一緒に、ちょっとのんびりした足取りの通勤も。


同じ職場で働いていても、ほんのすれ違い程度にしか会話できない俺と児玉さんの貴重な時間。

彼女がどう思っているのかは分からないけれど。


お弁当は、どのメニューも美味しかった。

特別な料理ではなかったけれど、味付けがちょうどよくて。

それに、自分のために作ってくれたものだと思うと、それだけで幸せな気分になる。

食べ終わったパックを捨てることさえ惜しい気がした。




4月26日、金曜日。

とうとう最後のお弁当。


さすがに申し訳なくなって、今朝は通勤電車を元通りの時間に戻した。

捻挫が治ってきたと知って、児玉さんは「よかったね!」と喜んでくれた。

俺も表面上は嬉しそうな顔をしながら、心の中ではがっくり。


これで、児玉さんの俺への興味は減量だけ。

もしかしたら、彼女はそのことは忘れているのかもしれない。今週は一度も話題に出なかったし。

でも、わずかな希望でもあるのなら続けていよう。

帰りに鳩川駅から歩いたら、児玉さんと一緒になる可能性もある。


「あれ? そういえば……。」


保健室で体重計の数字を見ながら気付いた。


「増えてない……?」


おかしいな?

いつもより体を動かしていなかったのに。

よく考えたら、ベルトの穴も1つ細くなったままだ。


「どうかした?」


堀内先生が手を休めて振り向く。


「今週は運動ができなかったのに増えてないな、と思って……。」


「あらそう。よかったじゃない。」


「はい。」


「自然と食事に気を付けていたんじゃない?」


そうか。

児玉さんのお弁当のおかげかも。


そうだ!

何かお礼を考えなくちゃ。

そろそろゴールデンウィークに入るから、その間にちょっと会う口実が……って!


俺、いつの間にこんな下心ばっかりの男になっちゃったんだろう?




ゴールデンウィーク前で早めに納品された本の整理に追われて、午前中はまたたく間に過ぎた。

4時間目の終わりごろ、児玉さんの最後のお弁当を開けながら、ひとときしんみりする。


これで終わりか……。


今日は鶏のささ身を焼いたもの、卵焼き、いんげんの炒め物、かぼちゃの煮物、ミニトマト。

最後かと思うとこのままとって置きたい気がするけど、それは無理な話。

食べてみたら、鶏のささ身は間にシソがはさんであり、卵焼きは長ネギ入り。

児玉さんの料理は、どうしてこんなに俺好みなんだろう?



4時間目終了のチャイムが鳴った。

何分かしたら生徒が来る。


図書委員が来るのは15分後。昼食を食べてから。

それまでは俺がカウンターに入る。

貸し出し用のパソコン、筆記用具、返却本を並べるワゴン、その他……準備OK?


「雪見さん!」


児玉さん?


授業が終わってすぐに寄ってくれたのか?


「あの、今日も美味しかったです。ごちそうさ…」


「体重、増えなかったんですってね!」


え?


「あ…、はい。堀内先生から聞いたんですか?」


「そうなの。よかったね!」


「はい。ありがとうございます。」


嬉しい。

これくらいのことで、こんなに喜んでくれるなんて。

俺って幸せ者だ……。


「でもね、」


でも?

何か良くないことが……?


「堀内先生が、足を怪我するのは、やっぱり体重が重いせいだろうって。」


「ああ……、そうですよね……。」


力士なんかも、よく膝にサポーターを巻いてたりするし。


「だから、もう少しちゃんと減らすために、食事にも気を配った方がいいって。」


「はい……。」


これからは野菜中心の食事にするか……。

だけど、コンビニのサラダを食べてると、うさぎになったような気がするんだよな……。


「それでね。」


「はい。」


「堀内先生が、わたしがお弁当を作ってあげたらどうかって言うんだけど、どうかな?」


え?!

この話がそこに行き着く?!


「あ、あの……、え? あの、い、いいんですか?」


うわ、生徒が来たよ。

こっちを見ないでくれ!


「ええ。ほら、前にやっていたことがあるって言ったでしょう? 堀内先生がそれを思い出して。」


「あ、あの、お願いします。ご迷惑じゃなければ。」


生徒の視線が気になる〜!!


「迷惑じゃないですよ、全然。」


そんなににっこりと?

なんか……もうダメかも。


あ〜!

生徒が!

絶対、見てるよ! でなければ、聞いてる!


「あ、でも、」


内緒話?!

ここで?!

今?!


うわ、また来た。

恥ずかしい! ……けど、早く終わらせないと!


あ。

児玉さんのいつもの香りだ……なんて、ぼーっとしてる場合じゃないだろ!


「今度は内緒にしないでやりましょうね。」


「は、はい。わかりました。」


わからない!

っていうか、今はあんまり考えられない。

あとでゆっくり考えよう。

とにかく今はこれで終わりに。


「じゃあ、失礼します。」


「はい。どうも。」


終わった〜〜!!


「こんにちは。」


お、図書委員だ。


「はい、よろしくね。」


ちょっと司書室で落ち着かないと。

生徒に見えない場所で鼓動を沈めながら、今の話をよく考えて……。







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