児玉屋のお弁当 その1
児玉さんの手作り弁当……。
今日から……。
俺のことを気の毒がって言ってくれたってことは、ちゃんとわかってる。
わかってるけど………落ち着かない。
だって。
だって。
だって。
……俺のこと、ちょっとは気に入ってくれてるのかも?
なんてことを考えてる俺は……ただの間抜けか?
そうだよ。
児玉さんは前にも同僚の先生にお弁当を作って来ていたんだ。
その相手は定年間近の先生で、体調を崩して気の毒だったからだ。
つまり、その “定年間近” の先生と俺は同列。
特別な感情なんて何もないんだ!
だけど……。
いや、俺だってべつに、児玉さんに特別な感情を抱いているわけじゃない。
いいひとだなあ、と思っているし、話をするのは楽しいけど。
そう。それだけ。それだけだ。
だけど……落ち着かない!
どんな顔をして受け取ったらいいんだ?
っていうか、自分がどんな顔をするのかと思うと……ああ!
「朝、会ったときに渡します。」って言われたけど、どこで渡してくれるんだろう?
鳩川駅?
いや、今週は早めに出て来てるから、ここでは会えないよな?
そうすると、きのうみたいに雀野駅から学校までの間?
そこでも会わないと、学校? 職員室とか?
職員室?
ほかの先生の前で? 恥ずかしいよ!
いや、児玉さんは平気なのか……。
そうだよな。
俺は定年間近の先生と同じ扱いなんだから。
ほかの先生たちも、見慣れた光景なんだよな?
だけど……。
「あ、雪見さん!」
児玉さん?!
改札口の中で……?
「え? あ、あの……、待っててくれたんですか?」
いつもの時間よりも早く?
俺のために?
「うふふ。だって、学校の近くじゃ、雪見さんは嫌でしょう? はい、これ。」
小さい紙の手提げ袋は、思っていたよりもずっしり重い。
俺のためにボリュームのある弁当を作ってくれたに違いない。
児玉さん。
どうしてそこまで俺のことを気遣ってくれるんですか?
そんなに可愛らしい笑顔でこんなことをされたら、俺……。
「あの……、ありがとうございます。」
胸がきゅーんと痛む。
笑いたいような、泣きたいような、どうにもならない気分。
どうしたんだろう?
俺……感動してる?
「きのうも言ったけど、味は期待しないでね。」
俺の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれながら、児玉さんがくすくすと笑いながら言った。
「そんなこと……。美味しいに決まってます。」
児玉さんの優しさが込められているから。
「だといいんだけど。ふふ。」
美味しいに決まっています。
絶対に。
学校までの道のりが飛ぶように過ぎて行く。
電車の中。乗り換え通路。また電車。学校に続く道。
足をかばってゆっくり歩いているのに、なぜか、あっという間。
隣で楽しそうに話している児玉さんの見慣れたはずの笑顔が今日はまぶしくて、いつものようにまっすぐ見ることができない。
目が合うたびに……、児玉さんの肩が俺の腕に触れるたびに、とび跳ねる心臓。
どうしたらいいんだろう?
「あの。」
職員玄関を入って、ロッカー室へと別れる直前。
どうか、誰も来ないでくれ。
「はい?」
その天真爛漫な笑顔。
胸が苦しいです……。
「あの、アドレスを教えてください。」
こんなに緊張してるなんて、まるで10代に戻ったみたいだ。
「アドレス?」
「あ、あの、その、もしかしたら急に休んだりするかも知れないし、そしたらお弁当が、無駄になったり……。」
俺、赤くなったりしてないだろうな?
「急に? 足首、だいぶ痛いですか?」
心配してくれてる?!
俺のことを?!
「いえ、あの、そんなことはないんです。その……、児玉さんのご都合で作れないときでも……連絡がとれれば……。」
「ああ! そうだよね、寝坊したりとか。ふふふ。」
「はい。あ、いえ、そういう意味じゃなくて、その。」
ああ、こんなにしどろもどろになるなんて、かっこ悪い!
同僚なんだから、アドレスを教え合うくらい、普通じゃないか!
「そうですね。お互いに知ってた方が便利ですね。ええと……。」
やった! ……なんて喜んでることが、すでに同僚の域を越えてる気がする……。
「児玉先生のお弁当? ああ、原口先生ね。」
体重を量りに行った保健室で、さり気なく堀内先生に訊いてみた。
「週に2、3回作って来てたみたいよ。職員室では『児玉屋』ってみんなに言われててさ。」
「そうなんですか。」
ほんとうにみんな知ってたんだ。
「もともとヒョロヒョロした先生だったのに、奥さんを亡くしてからますますやつれちゃってね。そりゃそうよね、夕食は毎日お蕎麦で、お昼はコンビニのおにぎり1個だけだったそうだから。」
夕飯が蕎麦だけ? 昼はお握り1個?
俺には耐えられない……。
「そうだ。雪見さんも頼んでみたら?」
「え?」
ドキ。
「お弁当。バランスのいい食事は、ダイエットには大切だよ。」
「は、はい。あの……考えてみます。」
今週だけ作ってもらってるって言えないのは何故だ?
「児玉屋のお弁当は美味しいって、味見した先生たちが言ってたよ。」
美味しいんだー。
やっぱり。
ああ……楽しみ……。