★★ 大丈夫? : 児玉かすみ
今朝は雪見さんがいなかった……。
どうしたのかな?
今までは毎朝、鳩川駅で一緒になったのに。
乗り換えのときも見なかったし。
先週、「朝も歩こうかな」なんて言ってたけど、それで遅くなってるのかな?
いつもいるひとがいないと、ちょっと変な感じ。
でも、雪見さん、頑張ってるよね。
たいしたことじゃなくても、毎日続けるって、かなり根気が必要だもの。
雪見さんが住んでる3丁目は丘のてっぺんのあたりだし。
少しでも効果が出て、ほんとうによかった。
……あれ?
あれって、雪見さん?
あの大きな背中、重そうな肩掛けカバン、コンビニの袋……間違いないね。
どうしたんだろう?
前にいるってことは、早い電車で来たの?
……右足を引きずってる? 速くは歩けないみたい。
追いつくかな?
「雪見さん。おはようございます。」
「あ、おはようございます。追いつかれちゃいましたね。早い電車で来たんですけど。あはは……。」
あ、顔をしかめた。
やっぱり痛いんだ。
「どうしたんですか、足?」
「これですか? きのう、フットサルで捻挫しちゃって。」
「フットサル? ああ、サッカーの小さいやつ。」
「はい。高校時代の仲間とやってるんです。」
「へえ。」
「捻挫しちゃうなんて、2か月ぶりだったからかなあ?」
体重のせいでは……?
「雪見さん、スポーツやるんですね……。」
ちょっとびっくり。
司書っていう職業が静かなイメージがあるし、雪見さんはおっとりした雰囲気があるから……。
「はは、意外ですか? これでも中学から大学までサッカー部だったんですけど。」
大学までサッカー部?!
「じゃあ、けっこうハードな練習をこなしてたんですね……?」
「まあ……、そうですね。運動部としては普通だと思いますよ。そんなに強いチームじゃなかったですけど。」
それでも、やっぱり運動部だもんね。
……ああ、そうだ。
2年前はスリムだったんだ……。
「僕の大食いは、その頃の習慣がそのまま残ってるんですよね。運動しなくなったんだから、その時点で控えめにしなくちゃいけなかったんですけど。」
「そうですね……。」
足、痛そう。
「せっかく痩せ始めたところだったのに、今週は帰りに歩くのは無理だから、すぐに元通りかなあ……。」
あらら。がっかりした顔して。
そうだよね。
先週、あんなに喜んでいたんだものね。
「何かお手伝いできることがあったら、言ってくださいね。」
「ありがとうございます。まあ、今週いっぱいでどうにか大丈夫だと思います。」
そうは言ってもねえ……。
普通に歩けないんじゃ、何をするにも不便だよね。
仕事は仕方ないにしても、買いものとか………買い物?
「お昼……、駅前のコンビニに寄るの、大変じゃないですか?」
「え? ああ、そうなんですよね。バスのロータリーからはちょっと離れてますから。」
やっぱり……。
「学校に来るお弁当屋さんで買ったらどうかな?」
「生徒と一緒にですか? あはは、無理ですよ、あの混雑の中に入るなんて。それに、昼休みは生徒が来るから図書室にいないといけないし。」
そうだった。
あのお弁当屋さんは昼休みになるまで店を開けない。
そうじゃないと、授業を抜け出して買いに行く生徒がいるから。
……あれ?
「そういえば、どこでお昼食べてるの? 職員室では見かけないけど、司書室?」
「あ、ええ、そうです。4時間目の終わりごろに食べることが多いので、ほかの先生に申し訳なくて、司書室でささっと。」
「ああ、早弁してるんだ。」
「あはは。まあ、そうです。職員室と図書室を行ったり来たりするのも面倒で。」
「ふうん。」
前川さんは職員室で食べてたよね。
雪見さんはそうやって面倒がるから体重が増えちゃったのかもね。
……そうだ。
うーん、だけど、おせっかいかな?
でも……。
「あの……。」
「はい?」
どうしよう?
雪見さんはこういうの嫌かな?
だけど、黙って見ているのは気の毒だし、このひとって、なんとなく放っておけない感じがするんだよね。
まあ、去年も原口先生にやってたし、ほかの先生方は気にしないと思うけど……。
うん。
嫌だったら断るだろうから、言ってみよう!
「あの、よかったら、お弁当を作ってきましょうか?」
「え?」
あ、驚いてる。
そうだよね。
「ええと、足が治るまで。……今週いっぱい? 夜はどこかで食べて帰れるから大丈夫ですよね?」
「……いいんですか?」
「はい。どうせ自分のを作りますから。あ、でも、家庭科の教師だからって、味に期待されたら困りますけど。」
“鳩が豆鉄砲を食らう” ってこんな顔なのかしら?
そんなにびっくりしちゃった?
ああ。
もしかして、わたしが雪見さんに気があると思って心配してるのかな?
「あの、気にしないでくださいね。去年もほかの先生にやっていたので。」
「え、そうなんですか……?」
「はい。3月で定年退職された先生なんですけど、一年前に奥様を亡くされたあと、体調を崩されて。」
「定年……。」
「ええ。顔色が悪いのでお話を聞いたら、てきとうな物しか食べていなかったそうなんです。気の毒なので、栄養補給のために、ときどきお弁当を作ってきていたんです。」
「ああ……、そうでしたか……。」
「だから、わたしが雪見さんにお弁当を作ってきても、誰も誤解したりしませんから大丈夫ですよ。」
「はい……。」
ほっとした?
ちょっと力が抜けたみたい。
「あの。」
「はい。」
「お弁当、お願いします。」
そうそう。
遠慮しなくていいのよ。
「はい。じゃあ、明日から、今週いっぱいということで。」
「はい。よろしくお願いします。」
帰りにお弁当用のパックを買って帰らなくちゃね!
誰かのためにお料理をするって楽しみだなあ!