作戦二週目 その2
痩せると心に誓った月曜日、夕食用に買った弁当は一人前だった。
ところが、寝る前に腹が減ってしまい、我慢できずに買い置きのカップラーメンを食べる破目に。
これでは何も変わりがない。
とりあえず今は、食べる量を減らすのはやめておくことにした。
週末に不安だった体重は、月曜日にも増えていなかった。
児玉さんが言っていたように、自然と自制しているのかもしれない。
火曜日の朝、体重を量りながら前の晩の失敗を堀内先生に話すと、堀内先生が笑いながら話してくれた。
「あたしも夜中にお腹が空くことってあるよ。」
「そうなんですか?」
「うん。あたしもね、若いころは夜中にカップラーメンを食べたりしたよ。」
女性でもやるんだ……。
「今はね、ホットミルクにしてる。」
「ホットミルク……牛乳ですか?」
「そう。あたしの場合は、かもしれないけど、あったかい牛乳はお腹がいっぱいになるんだよね。冷たい牛乳はただの飲み物なんだけど。」
へえ。
牛乳は好きだからいつも買ってあるし、俺もやってみよう。
水曜日。
「ダイエットしてるんですって? かすみちゃんから聞きましたよ。」
職員室ですれ違った体育の小野先生が、くすくす笑いながら話しかけて来た。
「そうなんですけど、まだ体重は減りません。」
相変わらず現状維持のまま。
「何か特別なことをやってる?」
「ええと、帰りにバスをやめて歩くのと、体重を量ること、です。」
「ああ、できることからってことね。」
そう言って、一歩下がって俺をじっくりと見る。
そんなふうに見られると、なんとなくもじもじしたくなる。
「歩くときは姿勢良くね。」
「姿勢ですか?」
「うん。前かがみになると腰に負担がかかるよ。雪見さんは背が高いから余計に。」
言われてみると、そうかも。
「腰から背中を伸ばすと胴まわりの筋肉を使うことになるし、それで大股で歩けばヒップにも効くよ。それに、颯爽と見えるよね。」
颯爽と……。
うーん、やっぱり見た目も重要だな。
「でも、だからと言って、お腹を突き出してそっくり返っちゃダメだよ。」
難しそうだ……。
帰りに歩きながら、店のガラスに映る自分の歩き姿を何度もチェックした。
横向きでガラスに映すと、どうしてもお腹のあたに目が行ってしまい……ものすごくがっかりした。
木曜日。
最初の図書委員会。
集まってきた生徒の中には、図書室の入り口で戸惑ったように足を止める生徒もいた。
レイアウトが変わったことに気付いたからだろう。
伊藤先生が俺を紹介するまでの間、生徒の視線がちらちらと俺に向けられる。
新しくやってきて、すぐにレイアウトを変えたりしたから、やる気満々の司書じゃないかと警戒されているのかも。
でなければ、魚屋風のエプロンが気になっているのか……。
伊藤先生の進行で役員が決まり、委員の業務内容の説明(おもに貸し出し関係と書架整理だ。)、分担のローテーション決めと続く。
ひととおり終わったところで、図書室利用のオリエンテーションに入る。生徒たちは早く終わりたくて気もそぞろだから、手みじかに。
生徒を引き連れて、本の分類と並べ方、探し方、そして、室内の利用について。
「学習スペースは窓側に寄せました。」
生徒たちが興味なさそうに、俺の手の動きを追っている。
予想していたとおり、反応が薄い。
「こちら側の2つの机は自由席です。待ち合わせや、のんびりしたいときに使ってください。」
生徒から「へえ。」とか「ああ。」とか、小さいながらも声が聞こえた。
ほんの少しの反応でも、ほっとする。
「それから、学習スペースも自由席も、フタ付きの飲み物はOKとします。」
「「え。」」
お。
みんながこっちを向いた。
いい反応だ。
「机に置くときは、必ずフタを閉めてください。食べ物は今までどおり禁止です。」
何人かの生徒が、何かを考えるような顔をしている。
ここを利用することを考えてくれているなら嬉しいけど。
「あのう……。」
質問?
「はい?」
「自由席って、何をしてもいいんですか?」
ああ。
使えるかもって思ってくれてる?
「音が出るようなことは遠慮してほしいな。でも、小声で話をする程度だったらいいよ。」
「本に関係がなくても?」
「そうだね。構わないよ。」
生徒の間に軽いざわめき。
期待できそう?
解散後、すぐに帰らずに室内に散っていく生徒がいて嬉しくなった。
放課後の利用者数が、俺が来てから初めて2ケタになった。
金曜日の朝。
服を着替えていたら、なんとなく違和感が。
なんだ?
何かこの……仕上がりが……?
!!
もしかして?!
……やっぱり?!
ベルトがゆるい。
穴を一つ分細くしても……入る!!
やった……。
児玉さん! やりましたよ!
駅で会った児玉さんは、俺の報告にパタパタと足踏みしながら喜んでくれた。
「すごいね! やったね!」
「はい。」
ああ、この笑顔が嬉しい。
それに、ほんの少しの変化なのに、こんなに喜んでくれるなんて。
「始めてから2週間だよね? これで勢いがつくといいね。」
「はい。」
ほんとうにほっとした。児玉さんをがっかりさせたくなかったから。
「でも、体重は昨日もあんまり変わってなかったんです。」
だから、効果が出ていないのだと思っていた。
「ああ、そういうときもあるみたい。わたしもね、体重はそのままで、体型だけ変わったときがあったよ。」
「そうなんですか。」
「自分では、脂肪が筋肉に変わったのかなって思ってた。体重はね、急に “ぽん” って減ったりすることもあったよ。」
ふうん。
脂肪が筋肉に変わってくれればどれだけ嬉しいことか。
しかも、帰りに歩くことにしただけで!
そうだ!
「来週から、朝も歩いて来ようかなあ。」
「朝も?」
「はい。朝なら下り坂で楽ですから。」
それに、児玉さんともっと手前で会える可能性があるし。
「体は大丈夫かもしれないけど、今より早く家を出なくちゃいけないよ。時間は大丈夫?」
あ。
それがあったか。
今よりも10分以上? ……厳しい。
「ええと、余裕があったら、ってことにします……。」
「うふふ。そうですね。」
でも、頑張ってみよう。
……と、思っていたのに。
日曜日に久しぶりに参加したフットサルの練習で、右足首を思いっきり捻挫してしまった。