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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
2 作戦開始
11/129

作戦二週目 その1


「おはようございます。」


月曜日の朝。

鳩川駅の改札を入る前に児玉さんの声。

一週間の最初に児玉さんに会えるなんてラッキーだ!


「あ、おはようございます。」


ベージュのスーツとそれに合わせた靴、いつもの大きめの茶色のバッグ、そして、たまごの笑顔。

朝、この笑顔を見ると元気になる気がする。


「雪見さん、これ。」


紙袋?

なんだっけ?


「エプロンです。」


「ああ!」


児玉さんがこだわっていたカフェ風の。


「ありがとうございます。」


「あの作業服に比べたら、ずっと雰囲気が明るくなると思いますよ。」


「はい。」


わざわざ時間を作って買いに行ってくれたんだ。

こんなに協力してくれるなんて、ほんとうにありがたい。

俺も頑張らなくちゃ。





「こんなもんでいいのか?」


司書室でひとりごと。


ロッカーは先生たちと一緒の部屋だけど、いつもと違うものを身に付けるのが照れくさくて、司書室でチャレンジすることにした。

でも、ここには鏡がなくて、どんなふうに見えるのかよく分からない。

キャビネットのガラスに映しても、はっきりとは見えないし。



児玉さんが買ってきてくれたエプロンは、胸当てのある黒くて長いデザインだった。

包装に入っていた写真によると、胸当てのひもは頭からかぶり、同じ生地でできた腰のひもを後ろから前にまわして結ぶらしい。

一応、そのとおりにしてみた……けど、写真に比べて、ひもを結んだ残りの部分が短い。


布をケチってるんじゃないのか? ……と、いうことにしておこう。



いつも首から下げているIDカードが、今日は特に目立つような気がする。

今まで、暑くなって作業服を着ない時期は、ワイシャツのまま仕事をしていた。

家でもエプロンをかけることなんてないから、エプロン姿を他人に見られるということが恥ずかしい。

でも、せっかく児玉さんが買ってきてくれたんだし……。


あ、そうか。


うちの図書室にはお客がほとんど来ないんだから、気にする必要もないか!




……と思ったけど。


「失礼。新聞を見せてもらうよ。」


一時間目の終了後に沼田先生の登場。

来ない日もあるのに……。


「はい、どうぞ。」


ドキドキするなあ。

気付く? 気付かない?


そうだ。

なるべく後ろを向いて仕事をしていよう。


「レイアウトが変わってから、明るくなった感じがするねえ。」


「あ、そうですか? ありがとうございます。」


俺のエプロンは関係なさそう。

ほっとした……。


「ん? なんだ、雪見くん。」


「はい?」


「衣替えしたんだね。」


え?

気付いた?


「はい……。」


「背中が白いからますます明るく…、ああ、エプロンか。前川さんも、いつもエプロンだったなあ。」


「そうでしたか……。」


恥ずかしい……。

後ろを向いたら背中が白いから余計目立つ?

でも、そんなに変じゃないのかな。





「こんにちはー。」


司書室のパソコンで、利用者アップの<案2> 『待ち合わせには図書室をどうぞ!』のポスターを作っていたら、女性の声が。

顔を上げると、生徒がいない時間には開けっ放しにしている図書室との間の戸口から、横川先生の笑顔がのぞいている。

ほこりっぽい司書室が、いきなり華やかな雰囲気になった気がする。


「あの、こんにちは。何かお探し物……ですか?」


「いいえ。児玉先生が、雪見さんがイメチェンしたって言うから見に来たんです♪」


児玉さんが?!

イメチェンって……どうしてわざわざ横川先生に!


「ちょっと立って見せてくださいよ。」


あー、やっぱり綺麗なひとだー……。


「はい……。」


恥ずかしいけど、嬉しい気も。


「うーん……。」


首をかしげてる。

やっぱり似合わないのか……。


「そのIDカードをここに留めた方がいいですね。」


え?


「留めた方が」って……やってくれるんですか?!


ホルダーについているクリップで胸当ての左上に留めるだけのことだから、ほんの一瞬で終わり。

だけど……、誰もいない司書室で……、こんなに近くで。

手が胸に当たってます……。


「ああ、やっぱり、その方がいいです。すっきりして。」


「は、はい。ありがとうございます。」


ドキドキする〜。くらくらする〜。


「生徒がたくさん来るようになるといいですね!」


「はい。頑張ります。」


横川先生がいてくれたら、男子生徒が大勢やってくるかも……?


「じゃあ、失礼しました。」


「どうも……。」


あ〜、緊張した〜。





「雪見さん、どんな具合ですか?」


児玉さんが来てくれたのは、4時間目が終了したあと。

そろそろ昼食を食べ終わった生徒の声が、校舎内に響き始めている。


「どんな具合って……。」


見に来てくれないのかと思った。

生徒が来る前に、児玉さんにOKをもらいたかったのに。

まあ、結果的には間に合ったんだけど。


「こんな感じですよ。」


両手を腰に当てて児玉さんの前に立つ。


午前中いっぱいこの姿で仕事をして、沼田先生と横川先生に……、あと、通りすがりに覗いて行った校長先生にも見られた。

もうすぐ生徒も来ると思うと、かなり開き直りの気分にもなっている。


でも。

児玉さんに見られるのはやっぱり違う。

期待に添えているかどうか不安だ。

がっかりされたくない。


「あれ……?」


不思議そうな顔。

だめなのか?


「ああ! そうか!」


お、笑った。


「魚屋さんに似てるんだ!」


え?

魚屋?


「ああ、やっぱり茶色い方にすればよかったかなあ?」


魚屋……なのか?

この姿、残念なのか?


「ええと……。」


「ぷ。」


完璧に笑われてる〜〜〜〜!


「黒いゴム長靴とか履いたら、魚市場の人みたいだよねえ。うふふふ。」


魚市場……。

ゴム長……。


「恰幅がいいから……、ふふ。黒ならほっそり見えると思ったんだけど、うーん……。」


「すみません……。」


せっかく買ってきてくれたのに、がっかりさせてしまった……。


「あ、いいえ、似合ってますよ、ちゃんと。」


「そうですか……?」


魚屋として、ですよね?


「うん。名札をそこに留めてあるとすっきりするし。」


「ああ。これは横川先生が気付いてくれたんです。」


「横川先生? ああ、そうだったんだ。」


お。

やっと普通の笑顔になった。


「やっぱりこの胴まわりが問題よねえ。ちょっと触ってもいい?」


え?


「あの、まあ、……どうぞ。」


触るって……え? 人差指で?


児玉さん!

それは “つつく” ですよね?!

しかも、そんなにぎゅうっと押したら……!


「やっぱりぜい肉だ。」


「……はい。すみません。」


昔は筋肉だったのに……。


「雪見さん。」


「はい。」


「痩せましょう。」


「……はい。」



絶対に痩せよう。


痩せてこのエプロンが似合うようになったら、児玉さん、褒めてくださいね。







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