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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
2 作戦開始
10/129

作戦一週目、終了。


どうも上手くいかない。

期せずして同時に始まった図書室の利用者アップ作戦と俺の減量作戦、どちらも。

まあ、まだ一週目だけど。



図書室の利用者を増やす作戦<案1>は、今のところ空振り。

せっかくレイアウトを変えたのに、それを宣伝する場が少なすぎるのだ。


新入生に図書室利用のオリエンテーションをするつもりだった。

前の学校では短い時間だったけど、毎年LHRに組み込んでもらっていたから、ここでもそのつもりでいた。


けれど、それができなかった。

前例がなかったから。



坂口先生は「一年生の学年主任と相談して。」と言い、その学年主任の先生は「LHRの内容は担任の先生に任せてあるからなあ……。」と渋い顔。

どうにか学年会議の席でレイアウトが変わった説明はできたけど、オリエンテーションについては「希望のクラスはお申し出ください。」としか言えなかった。

申し出てくれたのは児玉さんと横川先生だけ。全8クラスのうちの2クラス。

まあ、ゼロじゃないだけよかったな。


きのうのLHRを前半と後半に分けて、駆け足だけど、クラスごとに説明した。

開館時間や貸し出し方法の説明には退屈そうにしていた生徒たちも、雑誌を置いていることやリクエストの制度があることを聞くと、「へえ。」という顔をしていた。

書架の間を歩きながら説明したときには、俺の話を聞かずに、本を手に取っている生徒もいた。

自由席を見てにっこりする生徒もいて、少しだけ希望も出て来た。


生徒たちは、まったく興味がないわけじゃない。

ただ、知らないだけ。

この子たちが来てくれれば。

そして、友達にも話してくれれば……。


とは言え、たった2クラスだけでは仕方ない。

なにしろ目標は去年の3倍だ。


先生たちは自分たちの仕事で忙しくてあんまり期待できない。

各教科で購入する本の下見をしてもらうのもやっと。


来週木曜日の図書委員会の初日に、担当の伊藤先生に頼んでオリエンテーションの時間を入れてもらえることになった。

児玉さんのおかげで知り合いになれていたことがありがたかった。


委員会初日は、通常なら委員会内の役職や分担決めと仕事の説明だけで終わるけど、2年生、3年生にも図書室が変わったことを知ってもらうにはこの日しかない。

少なくとも図書委員は全クラスから出ているんだから。




通常の時間割になった4月8日の月曜日には、昼休みに3人ほど本を借りて行った。去年から継続して来ている生徒だろう。

レイアウトが変わったことと、席では飲み物がOKになったことを説明すると、興味深そうに見回していた。

放課後にはたった一人、男子生徒が閉館の5時半まで静かに勉強していた。きっと、1月以降も一人で来ていた生徒に違いない。

配置が変わったことを説明すると、少し迷って、司書室側の窓側の4人机へと歩いて行った。

利用者のほかに、放課後に掃除当番が来たけれど、大急ぎで掃き掃除と机拭きをして行ってしまった。


火曜日、水曜日もほぼ同じ。

きのうの木曜日、6時間目に2クラスのオリエンテーションをしたら、放課後に女子生徒が2人ばかりのぞきに来た。

そして今日、12日の金曜日。

昼休みには、男子生徒が自由席に雑誌を読みに来た。


ちょっとは効果があった?

でも、あくまでも “ちょっと” だ。

まだ、去年の実績にも追いついていない。


図書委員に宣伝効果を期待できるだろうか?


いや。

他人に大きな期待をかけるのはやめておこう。

じゃあ、俺ができることは?



……ポスターでも作ってみるか。

大きくなくても、何かキャッチフレーズでもあれば……。


あと、リピーターだ。

「また来よう」って思ってもらわないと利用者が増えない。

あの自由席の雰囲気を明るくできないかな?



あ。

6時間目終了のチャイムが鳴ってる。

今日もあの男の子は来てくれるだろうな。






「雰囲気を明るく、ですか?」


放課後に様子を見に来てくれた児玉さんが、室内をゆっくりと見回す。

さっきまで彼女のクラスの生徒が2人来ていて、自由席で3人でくすくす笑いながら雑誌を見ていた。


「お花を飾るとか?」


「花瓶は水がこぼれると困るので……。」


「あ、そうか。……じゃあ、テーブルクロスとか。赤いチェックの。ちょっとカフェっぽくていいんじゃない?」


赤いチェックの……。


「たしかに明るい雰囲気になりますけど、生徒が図書室だって忘れてしまいそうな気が……。」


「ああ、たしかに。大きな声で話したりね。……あ。」


え?

どうして俺のことを、そんなふうに足もとから上へと見るのでしょう?


「雪見さん、その作業服。」


紺色のジャンパーのような上着?

ワイシャツとネクタイの上にいつも着ている。


「これですか? 教育委員会の指定物品ですけど?」


「それ、ダメよ。」


「そうですか?」


「おじさんっぽいもの。」


う。

ズバリと言いますね。



………?



あ。

あの男の子、笑ってる。隠そうとしてるけど、間違いなく。

勉強に集中してるのかと思ったけど、俺たちの会話、聞こえてるんだ。


「エプロンにしましょう。カフェ風の。」


「カフェ風、ですか?」


児玉さん、あくまでもカフェにこだわるんですね。


「そう。雪見さんは存在感があるから、」


“存在感” 。

控え目な表現……。


「その作業服を脱ぐだけでも図書室全体の雰囲気が明るくなると思いますけど。ねえ、野村くん?」


え?


「え? あ、はい。」


あ、あの子、野村くんっていうのか。

無口だし、本を借りて行かないから、名前は知らなかった。

また笑ってる……。


「ほらね?」


「はあ。」


でも。


「カフェ風のエプロンってよくわかりませんけど……。」


「あら。」


一緒に買いに行ってあげましょうか……なんて?


「じゃあ、わたしが買ってきます。」


あ。


「お金はあとで請求しますから。」


「はい。よろしくお願いします……。」


そうだよな……。


「そうそう、毎日の記録を見せてください。」


声を小さくして囁かれて、距離の近さと、言われている内容の二重の意味でドキッとする。


「あの……、やっぱり見るんですか?」


ああ、やっぱり近い。

ふわっと、児玉さんの香り。

体を引いた彼女を追って、もう一度確かめたくなるくらい微かな。


「当たり前じゃないですか。」


見るのか……。


学校ではいつも忙しそうだったから、あれは単なる脅しなのかと思ってた。

そう思いながら律儀に記録を付けていた俺は……どんな話題でも、児玉さんと話せることが楽しみだったからです、はい。

でも、自分から「見てください。」とは言い出せなかった。まだ、何も効果が出ていないから。


彼女を司書室に招き入れ、いらないA4用紙の裏に1か月分の枠を印刷した紙をおずおずと渡す。


「あ、増えてないですね。」


あれ?

感心されてる?


「ええ……、はい。」


たしかに増えてはいないけど、減ってもいない。

この一週間、ほぼ横ばい。

それでもOK?


「帰りも歩いてるんですよね?」


「はい。」


途中で児玉さんと一緒になるかも、と期待しつつ。


「よかった。このまま頑張りましょう。」


増えないだけで、こんなに笑顔で褒めてくれるのか?

それなら、いくらでも頑張れそうな気がする。


「はい。」


土日は保健室に行けないから、自分で気を付けないとな。


……なんて思ってる時点で、けっこう効果が出てるのかも?







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