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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
1 はじまりの章
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4月1日。最初の日。


(しゅう)くん。残念ながら、今回もダメだったわ。」


電話の向こうから清江伯母さんのため息混じりの声が聞こえる。


「いいえ。何とも思っていませんから、気にしないでください。」


「そうは言ってもねえ……。」


伯母さんの二度目のため息。


きのうの日曜日にセッティングされたお見合いの返事。

相手からのメッセージは「せっかくの御縁ですが」、つまり「ノー」だ。


「伯母さん。俺は今のところは急いでいませんから、しばらくお見合いの話は……。」


「何言ってるの?!」


ああ……、ダメか……。


「20代だからって油断してると、いつの間にか結婚なんかどうでもよくなっちゃうのよ! 今のうちからきちんと目標を持って婚活しなくちゃ間に合いません!」


「はあ。」


キンキン声が耳に響く。

でも、28歳で相手がいない人間はたくさんいるぞ。


「だいたいあなた、最近、太り気味なんじゃない? あれじゃあ、お見合い写真が詐欺っぽいじゃないの。」


う。

痛いところを突かれた。


あの写真、2年前のだからな。

あれから10キロ以上体重が増えている。

詐欺だって言われても仕方ない。


俺の身長は185cm。標準的な体重は75kg程度らしい。

写真を撮ったときはそのくらいだったはずだけど、今は85kg……は完璧に超えている。

顔が丸くなった気がするし、服もずいぶん買い替えた。


「伯母さん、まだたった3回だし…」


「3回って柊くん! 決まる人は1回でもすぐに決まるのよ!」


ああ……。

言い返さなければよかった。


「……はい。」


「あなたはね、条件は悪くないんだから、あとは見た目をなんとかしなさい。それに、その消極的な態度も。」


「はい。」


「消極的な態度は先方にも失礼なのよ。わかってるの?」


「はい。」


そう言われても、無理矢理お見合いさせられてるんだから、仕方ないじゃないか。


「あなたはね、雪見家の跡取りとして将来きちんとお墓を守って……」


ああ。

これが始まると長いんだよな……。



清江伯母さんは、俺の父親の一番上の姉だ。

父には3人の姉がいて、男は父さん一人。ということで、父さんは昔の習わしで言う「跡取り」だ。

その長男である俺も、必然的にそういうことになる。


跡取りって言ったって、うちには継ぐような財産や家柄があるわけじゃない。

父さんは祖父母と離れて暮らして久しいし、伯母さんが言う跡取りの意味は、さっきの言葉通り「墓守はかもり」程度のことだ。

だけどそれが、親戚一同にとってはとても重要なことらしい。

清江伯母さんは自分の実家の将来の墓守を確保すべく、俺の見合いに力を入れているのだ。



「聞いてるの、柊くん?!」


「あ、はい。聞いてます。ちゃんと。」


「ほんとうにもう……。次のときまでに、写真どおりの体型に戻しておくのよ! いいわね?」


「はい。」


簡単にできるならやってるよ。

俺だって、20代でこれでいいと思っているわけじゃない。


「これから雅子さんにも電話しなくちゃいけないから切るわよ。じゃあね。」


「はい。……ありがとうございました。」


あーあ。

母さん、気の毒だなあ……。俺のせいだけど。

この間の相手も悪い人じゃなさそうだったけど、無理矢理だと思うと愛想よくなんてできない。

まあ、こればっかりは縁だから仕方ないよ。



「さて。」


気を取り直して、ダイニングテーブルに広げてある図面を見直す。

今日から配属になった竹林高校の図書室 ―― 正式には県立竹林高校図書館 ―― の見取り図。

俺はここの学校司書として働く。職場としては2校目だ。


今日は辞令をもらい、同じく異動した先生方と一緒にあいさつをし、新しい職場となる図書室をざっと見て来た。


広さは一般の教室3つ分。

クラスの教室が入っているA棟の真ん中あたりに垂直に接続するB棟の2階、昇降口の上にある。

南北に長く、東側に窓、西側に廊下。窓からは向かいのC棟と隣のA棟、北側のD棟に囲まれた中庭が見える。


室内は北側にカウンター、周囲の壁と南側のフロアに縦に並んだ書架。

学習スペースは中央部分を占め、窓側に6人掛け机が3つ、廊下側に4人掛け机が6つ。

カウンターの前のあたりに、雑誌のラックと新聞、新しく入った本のコーナー。

出入り口はカウンター横、真ん中、反対側の端の3つで、通常使うのは真ん中とカウンター横の2つ。

北側の隣に司書室があり、カウンター横から出入りできる。



“整然とした図書室”。



それが第一印象。

前任の前川さんはコツコツと仕事をする先輩だったから当然か。それに、春休みで生徒の出入りがないし。

でも、それだけじゃないらしい。


「生徒の図書室利用は、あまり活発じゃなくてね。」


司書教諭の資格を持つ50代と思われる国語科の坂口先生が説明してくれた。


「試験前には勉強しに来る生徒が何人かいるけど、本を手に取る生徒は少ないね。図書委員が、暇だから放課後の当番は時間の無駄だって言ってたからね。」


要するに、本が利用されないから書架が乱れないのだ。


「学校としてはせっかくの図書室だから生徒に利用してほしいとは思ってるけど、具体的にどうしたらいいのかわからないし、先生方も忙しいしね。」


「そうですね。」


先生たちが忙しいのは、前の学校でも十分に見て来た。


「校長からは、利用生徒数を3倍にしろって言われてるんだよ。」


坂口先生がため息をつきながら言った。

ため息が出て当然だ。

3倍なんて、そんなに簡単な目標ではない。


「そうは言っても、僕も今年は3年生の担任になるから、図書室のことには手が回らないと思うんだよ。」


「あ、はい……。」


「だから、雪見さんの好きなようにやってくれていいからね。」


「……はい。」


そういうことか、と思った。


俺はこの坂口先生と相談しながら図書室の運営をすることになるはず……だったけど、あんまり当てにはできないらしい。

司書教諭が専任じゃない学校ではよくあることだ。

けれど、坂口先生が言う「好きなように」がどこまでを指しているのかは、今のところは不明。

とりあえず、明日、引き継ぎ書を詳しく見てみよう。



そういえば、あの先生……。



職員室であいさつをしたとき、目の前に並んだ先生方の中に見覚えのあるひとがいた。


小柄なショートカットの女性。

横で分けた前髪を2本のピンで留めて額が見えているところが、なんとなく卵を思い浮かべさせる。丸顔っていうわけじゃないけど。

ぱっちりした目とほんの少し微笑んだ口元で、前に並んだ俺たちをながめていた。


迎える側の先生たちの紹介はなく、坂口先生がすぐに図書室に案内してくれたので、それっきり、その先生を見かけることはなかった。

一応、職員室の片隅に俺の席もあるから、名前が分かって話をすれば、どこで会ったのか思い出すだろう。




ベッドに入って今日見た図書室の景色を思い出しながら眠ったら、満員電車のように生徒でぎゅう詰めになった図書室でバンザイをしている夢を見た。







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