おいしい夕食
「お疲れ様」
玄関までやってきた美咲が仕事鞄を受け取ってくれた。雅之は「ありがとう」と笑顔を返した。
このアパートで美咲と同棲を始めて三ヶ月。まだいくつかの問題はあるが、上手くやっていると思う。
雅之は美咲に礼を言いつつ、リビングへのドアを開けた。
すぐに芳しい香りが漂ってくる。
「あれ? 夕飯ができてる……」
「そっ、手料理だよ?」
弾けるような笑顔で言う美咲に、雅之は素直に驚いた。美咲は「料理は出来ない」と言っていたのに、いつの間に勉強したのだろうか。
「ね、一緒に食べよっ」
よほどの自信作なのか、美咲はいつにない笑顔でテーブルについている。雅之も上着を脱ぎ、久しぶりに食べる『彼女』が作ってくれた料理を堪能する事にした。
「あ……美味い」
雅之は思わず感嘆の声を漏らした。意外と言っては美咲に失礼だろうが、料理は初挑戦とは思えないほど美味かったのだ。
肉じゃがを口に運びながら、雅之は横目で美咲を見る。美咲の手にはいくつもの絆創膏。腕にまで貼られている辺り、相当な苦労だったのだろう。
「どう? 美味しい?」
「もちろん! なんていうか、俺の好みの味付けだし……俺の事を考えて作ってくれたんだなって」
「そ、そう……」
雅之の感想を聞いた美咲は恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。流石にクサかっただろうか、と雅之は美咲の様子を窺う。
「……あのさ」
美咲は顔を俯かせたまま、口を開いた。
「実はね……」
「ん? どうした」
雅之の位置からでは、美咲の表情を窺う事は出来ない。だが声色は先程までの明るいものでは無くなっていた。雅之は何事かと思い、箸を止める。
美咲は一語ずつ言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。
「その料理……私が作ったんじゃないんだ」
「え? でもさっき手料理って――」
「そう。明日香さんの、手料理」
カラン、と雅之の手から箸が落ちる。
明日香。
その名前は雅之が二股をかけている女性の名前だった。
「ねえ……そんなに肉じゃが美味しい?」
「み、美咲。あのな……」
「そんなに、雅之の事を考えて作ってある?」
「待ってくれ美咲。事情を……」
「ううん、大丈夫。全部知ってるから。雅之は料理が上手な女の子の方が好きなんだよね。だから明日香さんの家に通ってたんだよね。休日出勤、いつもご苦労様。こんなに手料理食べなきゃいけないんだから」
美咲はゆらりと立ち上がり、寝室に通じる襖を開けた。
「でも大丈夫よ。もう、休日出勤なんてしなくていいから」
むわり、と流れ出る金属臭。それは人間なら吐き気を感じずにはいられないもの。寝室に横たわるソレを見た雅之は、「なんてことをしたんだ」という意味を込めて美咲を睨んだ。
美咲はその視線を正面から受け止める。
傷だらけの両腕を撫でながら、雅之に笑いかけた。
「ねえ、私の手料理も食べてみてよ。――一人で捌くの、大変だったのよ?」
『完』
サクッと読んで楽しめる作品を目指した習作です。
浮気性な友人を思い出しつつ書いてみました。
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