誰がために 20
風が冷たく、山々が紅や黄金に染まる今は、霜月。
首長と代表議員を決める投票は既に終わり、深夜には開票も終えた。
その翌朝、この時期にしては暖かく、抜けるような蒼穹には雲一つない見事な快晴であった。
天鳥ノ帝の寝所にアディーラ・バルドライン達が無粋な訪問をしてから、二ヶ月が過ぎた。時間というものは誰にでも平等に与えられてはいる。だが、動いている者にとっては、短く。動いていない者にとっては、長く。そして当然の如く、己の正義の完結へと向かって進む天鳥ノ帝やアディーラにとっても、この二ヶ月は瞬く間に過ぎ去った、そんな時間であった。
「まあ、予想通り、というか、信任されなきゃ困っていたよ。
だが何だか、俺が一番お前を利用していたみたいだな」
「いいえ、これは私が選んだ事でもあります」
「じゃあ、俺は約束通り出てくよ。後は任せた」
返事はいらない、と言うように、振り向く事もなく、背を向けたまま軽く手を挙げて、最後に言った天鳥ノ帝、いや、天鳥神楽に戻った彼の背中をアディーラは、深く一礼して、無言で見送った。
アディーラ達の無粋な訪問の翌朝より、天鳥ノ帝は動き出していた。
知恵袋である軍師社守静と予てより決めていた手順通り、事を進める。
とは言うものの、以前に何度か天鳥ノ帝、いや、この場合は神楽達が、と言うべきだろう、操られたような綿密なものではなく、議会を解散するための根回しと言ってもよいものであった。もっとも、そんな面倒くさい事をせずとも、天鳥ノ帝の権限で解散は出来るのだが、選挙後の政局運営を考えた結果、手間はかかるが穏便な方法を選択せざるを得なかった。
「全く面倒くさいですね、ここまでしないと駄目なんですか? 社守軍師」
「当たり前です。今度の議会は、アディーラ・バルドライン側に議席の半数は取ってもらわないと駄目です。
領民代表として選ばれる予定の新たな首長に、『死帝天鳥ノ帝』のような、強権的な命をいきなり出させる訳にはいきません」
「何だか凄い言われようですね。こんなに大人しいのに」
反論する天鳥ノ帝の言葉を社守は、それはさて置き、と軽く受け流し、
「――つまりは今の議会を解散するのは簡単なのですが、半数の方にやめて頂かないといけません。そこが少々問題をややこしくしています」
「なら、適当に、気に入らない奴から殺っちまうか? どうせ俺『死帝天鳥ノ帝』なんだし」
茶化すような天鳥ノ帝に対して、社守は真面目な表情で向き直り、
「出来るんですか? 天鳥ノ帝」
「ご、ごめんなさい」
「あ、天鳥ノ帝! あれだけ頭を下げては駄目ですと教え込んだのに、一体どういうつもりですか!」
「う、ご、ごめ……すみ……」
「あらあら、静ちゃんの前では天鳥ノ帝もたじたじね」
いつの間にか加わった二守瑠理は言いながら、
――やっぱり表静ちゃん、コワっ!!――
と、怒った社守を可愛らしくデフォルメされたイラスト付きのメモを、社守からは死角になる絶妙な角度で天鳥ノ帝に見せていた。
「何してるのですか、お二人とも」
天鳥ノ帝と二守の間に漂う妙な空気を感じ取ったのだろう、社守が言う。
「「い、いいえ、反省してます」」
揃って言った二人に対して、怪訝そうに眉をひそめ、
「何を反省しているのだか。まあ良いでしょう。
さっさと次、行きますよ」
と、社守は歩く速度を上げた。
これは議会側に対して、根回しに回る天鳥ノ帝達の一場面である。いつもながらおちゃらけた感はあるのだが、実際の交渉の場では、高度な政治的判断と予断を許さない駆け引き、そして際限なく積み上げられる取引材料と、非常に緊張感ある重い空気の中で行われていた。
当然の事なのだが、交渉を仕切ったのは社守であり、天鳥ノ帝と仮面を付けた二守は――良く言えば、万が一交渉相手が暴れた時の用心棒。はっきり言えば、その場で黙ったまま相手に睨みをきかせて、こちらの条件に反論を言わせぬように、ある意味脅していた。
そんな陰での努力の結果、多くの嫌な涙と変な汗を流した根回しは、つつがなく終えた。
アディーラ達も訪問の翌朝より奔走していた。
何はともあれ、全く予想していなかった結果に行き着いた経緯と今後の方針を伝え、組織の足並みを揃える事を最優先として、各地に散らばる主要なメンバーを集めた。とは言っても、その連絡は人の手によるものであり、移動は人の足によるものである。アリエラの召喚する『鳥?』で移動の手助けもするが、人目につかない時間やルートという制約のために思ったより捗らず、三十人程の主要メンバーが『トゥルーグァ』にほど近い集落にある寺院に揃ったのは、三日の後であった。
「少々寂しくなってしまいましたね」
アディーラは、三分の一程減ったメンバーを見て、ふと呟いた。
「はい、天鳥ノ帝の手勢、いいえ、直接帝本人に……」
よほど口惜しかったのだろう、言ったメンバーは、言葉の途中で何かを堪えるように唇を噛み締めていた。そんなメンバーを見たアディーラは、
「――わかりきった事をつい口に出して、すみません」
うっかり口にした言葉を後悔した。彼自身も天鳥ノ帝の『粛正』という名の凶行には、怒りの炎を消し去ってはいない。だが冷静に、
――これは、『今回の件に真っ向から反対すると思われる連中は始末した。残りはお前が説得しろ』という、天鳥ノ帝からのメッセージでしょうか。
それにしても、強硬派と言われる者達を見事に選び抜いていますね。多分間者が、このメンバーにいるんでしょうね――
決して口に出せない事を思う。
この組織も、一枚岩という訳には行かなかった。ある程度の規模の組織になれば、大なり小なり派閥が出来るものである。
本来なら、それぞれが意見を出し、精査し、組織を発展させて行くものなのだろう。だが、ある程度の権力を持つと、組織を割る。多分それは人類の歴史が証明している事であろう。
――旧態依然の体制の立ち向かう新興勢力が、いきなり組織を割ってはマズいですからね。
とにかく一つに纏まって向かって来いと、いう事でしょう――
アディーラなりの解釈をした。
だが、もとより体制に反対する勢力である。穏健派と言っても、一筋縄には行かない。
アディーラがこれまでの経緯の説明を終えても、半数以上が納得していないようであった。
――仕方ない話ですね。実際天鳥ノ帝がした事は、到底許し難いものですからね――
アディーラは当然のように思う。が、ですが、と頭の中で否定し、
「この方針に従えないのでしたら、抜けてもらっても構いません」
覚悟の上、言った。
ゆっくりと大きく二息。
議場となっている三十畳程の広間に、四十と余人がいるのにもかかわらず、耳が痛くなるような沈黙、それが不意に途切れた。
十名が立ち上がる音だった。
その中の一人が言う。
「私は、やはり天鳥ノ帝との和解は――」
「無いという事ですね――」
その言葉にアディーラが強引に口を挟んだ。
「――確かに天鳥ノ帝が未だに信用出来ないという事はわかります。
では、問います。
あなた達は今後どうするのですか?」
「……………………」
立ち上がった者達は、それぞれ言葉を失う。
だがアディーラは更に言う。
「今まで通り、反抗活動を繰り返すのですか?
それであなた達は満足なのですか?
それならば、私は止めません。どうぞ退席して下さい。
ですが、もし私達の行動を邪魔するような、はっきり言えば、強行的な活動に出るのなら、私は全力を持ってそれを止めます」
「……………………」
一旦切った言葉にも、立ち上がった者達からの返答は無い。
「私も天鳥ノ帝の全てを信用する訳ではありません。ですがこれは、何かのきっかけになるはずです。
ですから、一度だけ彼を信用してみませんか? いいえ、彼を、とは言いません。今一度、私を信用してみませんか?」
その言葉に立った者達は、小さく頷いて座った。
「待たせたね」
無言のまま振り返る事も無く歩みを進めた神楽が、皇宮、いや、先程アディーラに引き渡した時点で名称が変更された、『首長公邸』の正門から出ると、彩華、鈴音、そして『お人形』の黒鬼闇姫と銀界鬼姫が、そしてやや遠巻きに社守と二守が出迎えた。
「兄さん、お疲れさまでした」
「神楽、お疲れさん」
『さっすが神楽君、良くできましたぁ。ぺこり』
『神楽様、大変お疲れさまでございましたですわ。
めまぐるしく動いたこの数日、愛する殿方にかまって頂けなかった鈴音様は、それはそれは不機嫌で大変でございましたですわ。一刻も早く、愛の語らいをぎゅげ……痛いです。ごめんなさいでございますです』
ゴキと、鈍い音が鬼姫から響いた。当然そこには、硬く右手を握りしめ、鬼姫の頭を直撃している鈴音がいた。
「全く鬼姫ちゃんは一言どころか、二言三言多いです!」
『わぉ、神楽君、すっごい音がしたねぇ。痛そうだねぇ。銀ちゃん壊れなかったかなぁ』
自分の頭に拳骨を落とされたように、自らの両手で頭を押さえる闇姫であった。
神楽は、そんな妙に緩い光景を見て、ふっ、僅かに笑い、
「何だか、以前の軍事刑務所から出た時みたいだよ――」
思い出し、呟くように言う。
「――さてと、いつまでもここで騒いでちゃ迷惑だよ。
行こうか」
ゆっくりと歩き出した神楽の言葉を肯定するように、彼女達も歩き出した。
神楽達一行がすれ違う者達から、好奇とも恐怖とも取れる複雑な表情で、それでも一礼されて見送りを受ける。
それを穏やかな笑みを作り、軽く一礼で返しながら先頭を歩く神楽が、ふと、足を止めた。
「ここで色々な事があったけど、この門をくぐるのは、これが最後だな」
それは一行が『本殿』の御門をくぐる直前、その大きな楼門を、そして蒼穹を見上げた神楽がポツリと呟いた言葉だった。
その言葉に鋭く反応したのは、鈴音。
「兄さん――」
だが言葉が続かない。だが神楽はその意志を読み取るかのように、
「――ああ」
嫌な間を空けながら問いかけ答えた鈴音と神楽の短いやりとりが終わると、再び神楽はゆっくりと歩み始める。
無言のまま御門をくぐり抜け、『本殿』の外に出ると、ここまで一度も振り向く事無く歩いてきた神楽が、足を止めて僅かに迷う。
と、その時、
「か、神楽兄さん――」
「皆さん、いろいろとお疲れ様でした」
聞こえた声の方へと神楽達が揃って視線を向けると、アリエラとヘリオ、そして彼女達が契約する『お人形』白輝明姫と金剛輝姫が立っていた。
「へ、ヘリオ先輩! アリエラの言おうとする言葉を取らないで下さ・イ! 失礼で・ス!」
「ご、ごめんよ、アリエラ」
毎度の如く銀髪のツインテール以外揺れるものが無い、少々残念な小さい体を揺すって怒るアリエラに、大きな体躯を小さく丸めてヘコヘコと謝るヘリオであった。そんな二人を見て神楽は、
――本当、学習をしない奴だな――
思いつつ、鈴音と彩華を、ちらりと見る。
そんな行為を二人が気が付かない訳が無い。
「何ですか、兄さん」
「神楽、何が言いたい」
鋭く返される。
「そうですよ天鳥神楽さん、無神経ですよ」
微妙な距離を保ったまま聞こえる社守の声と、その隣に、
『常にお勉強は必要よ。ウフ、ハートマーク』
と書かれたメモがあった。
「あ、いや、何だか後ろから触られたような……うん、か、風のせいかな、ははは」
などと、苦しい言い訳をする神楽であった。
――俺も一緒だな。てか、おまけが付いたし――
「えっと、ヘリオ、アリエラ、ちょっと――いや、真面目な話があるんだ。一緒に来てくれないか?」
言われた二人は、珍しく真面目な表情で話す神楽を見て、
「「は、はい」」
揃って短く返事をする。
「ありがとう」
言うと神楽は、止めていた足を再び動かす。そのまま一行は神楽を先頭に動き出した。
一行は、いつものように雑談を交わしながら、ゆっくりと歩みを進める。一応公衆の面前という心理が働くのだろうか、普段より抑え気味であった。
が、昨日まで、この神国天ノ原の頂点に君臨し、『死帝』と言われた天鳥ノ帝、魔法使い天鳥鈴音、侍大将山神彩華、軍師社守静、に……二守瑠理は……その存在自体、知りうる者が極僅かなためさておく。そして、体制側に敵対していたと噂されている魔法使い、アリエラ・エディアスにヘリオ・ブレイズが揃って歩いているのは、嫌でも目に止まる。
民衆はその光景を驚愕し、道をあけ顔を伏せるもの、さっさと脇道へと逃げ込むもの、様々な反応を見せた。
「――仕方ない事だな」
先頭を行く神楽が寂しげに呟いた。
「そうですね。兄さんがこの半年の間、行ってきた事を考えれば、当然の結果ですね」
「うむ、神楽はまるで悪魔のようであったからな」
「って、俺だけですか? 全て俺が悪いのですか……い、いや、ですね。
――ごめんなさい」
美人姉妹の口撃と睨みに、最後は二人の意見を力なく肯定した神楽であった。
そんな神楽に、『同じ立場だ』と言いたげな視線を向けるヘリオは、妙ににこやかな表情だった。
そんな一行だが、のんびりと二時間程、北へと歩みを進めた頃には、『本都』の街並を抜けていた。そして郊外に出ると街道から逸れたためだろう、行き交う人々もほとんどいなくなっている。
神楽は更に小さな街道からも逸れると、山中へと続く細い林道に一行を先導して行く。
細い林道をしばらく進むと、周りを木々に囲まれているが、何故かそこだけが開けた小さな広場のようなところに差し掛かり、そこで足を止めた。
「さて、この辺りなら大丈夫だな」
周りを見渡した神楽が先ず言うと、今度はその体を後ろの皆に向けた。あたかも小隊長の朝礼での訓示、いや、その表情は今から死地に向かう決意を述べるようにも見えた。
「えっと、改まると照れるな……
と、とりあえず、今日までいろいろと世話になった事を、先ずお礼申し上げたい。
こんな不甲斐ない俺についてきてくれて、ありがとう……ございます」
言うと深く頭を下げた。
言われた皆は――呆気にとられたように、いや、神楽に向ける視線が少々優しいところを見ると、呆れたようだった。しかし神楽は頭を上げると構わず、
「それとアリエラ、ヘリオ。
なんと言うか、一戦も交える事無くここまで来れた事には、正直、ほっ、としているんだ。
これもまた、お礼を言うべきだな。
ありがとう」
神楽は再度、頭を下げた。
「か、神楽兄さん、や、やめて下さ・イ。
アリエラだって、感謝しているんです」
「そうですよ、神楽さん。僕も――」
「へ、ヘリオ先輩は黙ってて下さ・イ! 今いいところなんで・ス!」
何か良いのか、相変わらず微妙に的外れなアリエラだった。
「アリエラ、ヘリオ、その気持ちはありがたく頂いておくよ――」
神楽は返すと、大きく一息吐いて、
「――じゃあ、本題に入ろう。
既に鈴音、彩華、静さん、そして瑠理さんとは話をして決めている事なんだが、その実行にはアリエラ、ヘリオ、二人の承諾が必要なんだ」
「か、神楽兄さん、それはまさか――」
「多分想像した通り、『お人形』との契約を解除する」
「で、でもそれって――」
「ああ、『ここで終わる』という事だね。
でもそれは俺や鈴音、それに闇姫や鬼姫が消えるだけでなく、アリエラやヘリオ、明姫と輝姫も消えるという事らしい。
どうにもつきまとう、表裏一体というやつのようだ」
既に覚悟を決めているためだろうか、神楽は非常に重要な事を、あくまでも軽く、さらりと言った。
「で、も……そんな事しなくても、仲良く暮らしていけるんで・ス」
「そうかもしれない――」
神楽は可能性を肯定するが、けれど、とすぐさま否定し、
「――ほら、『サーベ』の事を思い出してみなよ」
言った。
鋭く反応したのは、ヘリオ。その状況を思い出したのだろう、小さく『あっ』と声に出す。
対してアリエラは――
「ほえ?」
忘れているのだろうか、それとも覚えていないのだろうか。全く困ったもんだ、と神楽は一つ嘆息すると、
「えっと、アリエラさん、お忘れですかね。
事の顛末はどうあれ、寝返った――と言って良いのかだけど、形に上では敵対して、今に至っている訳だ」
「ふえ」
どうやら、それなりに思い出したらしい。
「元々敵対していた訳だからあれは仕方ないし、同じ状況が訪れるとは思えないけどね。
でも、ちょっとした考え方の違いで、また別れる事にもなるかもしれない。
それは、せっかく纏まったこの国を、二つに割る事になるかもしれない。それほどの力なんだよ、この異能の力は。
俺はね、何百年かけてようやく一つに纏まった、このちっぽけな国が、少しでも長続きしてほしい思っている。
そりゃ、未来永劫と行かないのはわかっているけどね。
それにこれが、俺の契約の主旨であった訳だしね。契約は遂行された訳だ」
一旦言葉を切った神楽は、珍しく黙ったまま聞いているアリエラをから視線を逸らす。しかし言葉は、アリエラとヘリオに向けて、
「命を差し出せと言ってるも等しい事だからね。俺や鈴音のように、全てを納得しているのならいざ知らず、今初めて聞いた話だから、簡単じゃない事だろう。
本当は黙ったまま、こっちで勝手に契約解除とも考えたのだけれど、闇姫の話では、相方、と言っても、この場合は明姫の承諾が必要だから、勝手に出来ないと言われてね」
再度言葉を切ると、大きく一呼吸し、
「駄目なら一戦交えるしかない」
言った。
「で、でもそれって――」
「神楽さん、それは、いずれの道を通っても過程の違いはあれど、結果は同じという事ではないですか」
アリエラの言葉にヘリオが被せるように言った。が、珍しくそれに対するアリエラから反撃が無い。
――まあ、無理もないか――
神楽の申し出に対して、反発し、一戦交えてアリエラ達が勝ったとしても、結果は同じである。光が消えれば、影も消える。全ては魔法使いとして契約した時から、定められていた事であった。
「今回、闇姫から話を聞くまで、今まで俺は勘違いしていたんだ。多分、アリエラ達もだろうけどね。
ほら、魔法の威力って凄いから、結局は相打ちになるんだと思っていたんだ。
でも違ってたみたいだ。
毎回勝負はついていたんだろう。でも、片方が消えれば、残された方も消える。それが魔法使いが闘っても相打ちになるという事の正体なんだろうね。
結局俺達魔法使いは、局地的には戦局を左右出来ても、敵対する魔法使いがいる以上、大局的には不要な存在なんだろうな」
少々寂しげに語る神楽は、一度言葉を切ると、大きく嘆息する。
そして、アリエラに手を差し出し、
「一緒に行こう」
語りかけるように言った。
押し黙っていたアリエラは、小さく頷くと、神楽の手を取り、
「う、うん。
だ、だって、同じなら、仲良しの方が良いんで・ス」
自分に言い聞かせるように言った。
そんなアリエラを見ていたヘリオは、
「うん、そうだね」
言って、優しい笑顔を見せた。
二人の返事を聞いた神楽は振り向いて、
「彩華、静さん、瑠理さんは、俺達に――」
「これは天命ノ帝と決めた事です」
神楽の言葉を切って社守が言う。
「それにな神楽、今更残されては困る」
続いて彩華が言う。と、紙をめくる音がする。
『そうだ、そうだ。私達にここで首をくくれと?』
二守のメモを見た神楽は、思わずこめかみを押さえた。
「なあ、闇姫。皆一緒で良いか?」
『神楽君の最後のお願いだからねぇ。まっかせてぇ』
神楽はもう一度こめかみを押さえて一拍、気を取り直して、
「じゃあ、始めよう。いや、終わりにしようか、闇姫」
『おっけぇだよぉ』
黒鬼闇姫、銀界鬼姫、白輝明姫、金剛輝姫は神楽達を中心に四方を囲んだ。
そして闇姫が音頭をとって、
『汝との契約を、これにて解除する。
良き旅立ちを』
言うと、白輝明姫が、
『我、承認する』
答えた。事の重大さからすると、あまりにあっけないものであった。
それを皮切りとして、それぞれの『お人形』は、契約解除の文言と、承認の文言を交わしていった。
全てが終わる頃、神楽の、鈴音の、アリエラの、ヘリオの、そして、彩華、社守、二守の体から一つ、また一つ、小さな光の粒が溢れ出す。
やがて、光の粒は『お人形』達に囲まれた空間を満たし、行き場を失い天へと昇り出す。
――何だか温かな安心感があるな。俺には覚えが無いけど、これは母に抱かれているような感覚なんだろうな。とにかく苦痛が無くて何よりだ。
ああ、もう何も考える事が出来ないな――
一つ、また一つ、溢れる光の粒に何かを吸い取られるように、体が透けるようになったところで、神楽の意識は途切れていた。
首長アディーラ・バルドラインは、一つの時代の終焉を、『本殿』本庁舎の本会議場に向かう廊下から見ていた。
「彼らは自身の正義を貫き通したようですね」
それは、北に連なる山地の中腹から天に向かって伸びる、金色に輝く光の柱だった。
「お疲れさまでした。次は、平和な時代に友として出会いましょう。
それまでは、背負ったものを下ろして、疲れた体と心をゆっくりと癒して下さい」
そして、柱の行く先、天を見上げて、
「安らかに、いや、彼の地でも変わらず賑やかにやるんでしょうか。
それはそれで、ちょっと羨ましいですが――」
言った自身の言葉を、軽く鼻で笑い、
「――良い休息を」
乱世を纏め上げた者達へ、ねぎらいの言葉を口にしていた。
「さて、新たな時代に向かいますか」
徐々に薄らぐ金色に輝く光の柱を見送ると、本会議場の扉を開いた。
最後まで読み進めていただき、ありがとうございます。
20〜30話程で終了するつもりが、だらだたと約一年、続けてしまいました。
あれやこれやと試しているうちに、だらだらと長くなってしまいました。極端に少ない登場人物等は、その反動です。
一応予定していた形に結べたのは、奇跡かもしれません。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。