策略 1
欠けていた人物像などを付け加えました。12・18
「独立魔戦部隊筆頭魔術師天鳥神楽、謁見を賜り、ただいま参じました」
あの怪しく荒れた軍務会議から三日程が経過していた。
謁見の間に入り、儀礼的な挨拶をすると、扉の開いている奥の部屋から声が聞こえた。そこは、極秘事項をともなう会談を行う為に用意された、謁見の間別室といわれる部屋である。
「神楽来たか。
人払いはすませてある。固い挨拶は抜きだ。
まあ、こっちに入って座れよ」
俺は言われるまま別室に入り、静かに扉を閉めた。
十畳ほどのさして広くない部屋の中央には、五、六人掛けの机が設置されている。その一番奥の席に、短く整えられた黒い髪に、引き締まった凛々しい顔の口元を、緩やかに上げる男性が一人で座っていた。
襟口、袖口に金糸で縁取り程度の、上質そうな白地の着物を着流しにする、所謂いい男。二十五歳と若いが、この神国天ノ原の王、天命ノ帝である。
ちなみに俺は帝と会うと、いつも思う――世の中不公平と。
俺は『本殿』敷地内の施設で育ったため、帝の事は即位する前からよく知っている。
その頃の彼は毎日のように施設に顔を出し、戦災孤児の俺達と遊んでくれた。そして、その立場を笠に着ない、そして気さくな性格の為か、幼い頃の俺は少し歳の離れた兄のように慕っていた。
俺は帝の正面に座った。すると彼は開口一番、三日前の軍務会議の事を話し出した。
「随分と派手に立ち回ったようだね」
「申し訳ございません」
「その件については今更何も言わないよ。大石原総長から既に一言二言あったと思うし、重ねて同じ事を言っても仕方ないからね。
まあ俺も事あるごとになんだかんだと言ってくる、宮内や天守があまり好きじゃないから、いい気味と思っている。
おっと、不謹慎だったかな。
その上ここで神楽を叱っちゃうと、鈴音ちゃんの言った事が嘘になっちゃうし、そうなると彼女の罪を問わないといけなくなっちゃうからね。
可愛い妹……今は恋人か……そんな彼女が罪人になるのは心苦しいだろ」
「お心遣いありがとうございます。鈴音にはよく言っておきます。
しかしその能力……相変わらず帝に隠し事は出来ませんね」
古来より帝の家系は、『読心術』と言われる能力が発現しやすいようだ。
「まあ『他人の心中が見える』なんて気持ちの良いものではないけど、その能力を代々受け継いでいるおかげで、失政を避け強固な国づくりが出来たんだ。
人類の愚かさを露呈しているようで嫌な話だが、この時代も欲に走ったたくさんの国々が戦争を始め、そして潰し合ってしまった。時の流れに乗ってしまったとはいえ残念ながら我が国も、そのたくさんの国の一つにだったのだけどね。
その結果、今ではこの神国天ノ原とバルドア帝国の二つになってしまった。
つまり、あちらも強固な国づくりに成功していたわけだ。もしかすると、バルドアの皇帝ロスディオの家系もなんらかの能力を持っているかもしれないね。
とりあえず皇帝さんの能力の真偽はさておき結局、強い国が残った。そしてお互い決め手を欠いて、そのため戦争は長引いているんだよね」
と言いながら、帝は愚かな歴史を繰り返している事を悔やむように少々表情を曇らせる。
「そんな事言わないで下さいよ。
私がこうして軍にいるのは、契約の主旨で謳っている通り、『争いを無くしたい』だけなんですから、帝の持ち駒として使って頂ければ幸いと思っております」
「確かに争いを無くそうとするならば、向こうを潰すか、こっちが潰されれば良いというだけの単純な話なんだ。しかしこの場合、厄介なのは最高の持ち駒である神楽達魔法使いの存在なんだ」
「最高かは別として、やっぱりそうなってしまいますか……改めて言われると、私たちの存在が戦争を長引かせているようで、心に重くのしかかります」
帝の心配は言わずともわかる。問題は『バルドア帝国にも、魔法使いがいる』という事である。
「そんなに気を落とす事はないよ。神楽達の存在が駄目だと言っているわけではないんだ。要は魔法使いの役どころといっていいのか、平たくいえば使い方の問題だよ――」
帝は一つ息を継いで、これまで繰り返してきた愚かな歴史を振り返るように、言葉を続ける。
「――今まで魔法使いを抱えた国々は、その強力な力を背景に結果だけを求め、一番愚かな選択を行ってきた。
もし我が国がそれと同じくバルドアを潰すという結果だけを急ぎ、神楽達が表立って戦場に出て行ったとしよう。当然向こうも黙って潰されるつもりはないはずだから、お抱えの魔法使いが出てくるだろう。その結果は歴史が証明している通り共倒れだよ。それどころか、今回は魔法使いが四人いるわけだから『この星から人類はいなくなりました。そして争いは完全に無くなりました。メデタシメデタシ』と、シャレにならない事も充分考えられるからな。
俺は自身の天寿を全うしたいと思っているし、全ての者がそうであってほしいとも思っている。だからそんな無茶な選択をするつもりはない。
今のところ、そんな無茶を敵さんも仕掛けてこないところを見ると、皇帝さんもそれをわかっているみたいだね」
帝は微妙にホッとした息を一つ吐く。
「私も自身の目的の達成も見届けた上で、短いながらも天寿を全うしたいと思っています」
と、俺が帝の希望に賛同する。帝はその答えを待っていたかのように、大きく息を吸い込み、万人の前で決意を述べるように、やや眉尻を上げて口を開く。
「では話を本題に戻そう。
今回の戦場視察は十日後の十月三十日に出立する。目的地は第一砦から第三砦まで順次まわって行くとものする。期間は二十日間を予定しているが、事と次第によっては延びるかもしれぬ。
そしてなにより今回の視察は、『争いを無くすために、俺が出来る第一歩になるかもしれぬ』詳しく話す事はまだできないが、そのために、平たくいえば作戦の為に、勅令などという公式な文書を作成したわけだ」
「やはり、意図した事があったのですね。
時を迎えてお話しくださるのをお待ちしております」
「当然だよ。俺は神楽達を一番に信頼しているから、今すぐにでもと思うのだが……まあ、何事にも順序とか準備とかが必要だからな。期待していてくれ。
とりあえず、今日はこんなところだ。次回こうして話が出来るのは、出立後になると思う。長期間の視察になるが準備をしっかり整えておいてくれ。
あっ、それと他の大将達へは明日にでも大石原総長を通して伝えてもらうよ」
「御意に。それでは失礼いたします」
帝の最後の一言は、公称『妹』と恋仲になってしまい多少なりとも背徳という罪悪感を感じて、他の面々と顔を会わせづらい(特に彩華ですが)という、俺の心を見通した帝の気遣いだったかもしれない。
謁見の間別室を後にした俺は、鈴音達が待っている軍務室に向かった。
「お待たせ。戻ったよ」
『わぉ、神楽君が戻ってきたぁ。
おっかえりぃー。黒、待ちくたびれちゃったよぉ』
俺が部屋に入ると、愛嬌たっぷりの顔に、満面の笑みを浮かべた黒鬼闇姫が、真っ先に飛びついてきた。いつも通りの吸い込まれそうな漆黒の生地の振袖に、本日は銀糸で萩の刺繍が施されている。
『んっ? あのぉ闇姫さん、鈴音達はどこに行ったのですか?
はぁ……こうなる事態を避ける為に、鈴音達に監視をお願いしていたはずなんだけど……』
俺は部屋の惨状を見て溜め息まじりに呟いた。
『ねぇねぇ聞いて聞いてぇ神楽君、鈴音ちゃん達を監視していた黒がぁ、ちょっと目を離したスキにあの二人、消えちゃったんだよぉ。でも凄いよね鈴音ちゃん、黒の監視に気が付くなんてぇ、敵ながら天晴だよぉ』
『えっとですね闇姫さん。どこで間違えてそうなったのかわかりませんが、根本的にその言葉は、単語の順番が間違っています。
正解は「闇姫を監視していた鈴音達が、ちょっと目を離したスキにこうなった」です』
『あれぇ? 監視されてたのは黒だったのぉ? いつの間にか黒は騙されていたんだぁ。もしかしてあれかなぁ、「敵を欺くにはまず味方から」っていうからねぇ。さっすが鈴音ちゃん、黒はすっかり騙されたよぉ』
『てか闇姫さん、誰も騙していないから、その言葉の用法も間違っています。
とりあえず訊いておきます。
この惨状、どうしてこうなった?』
『あっ、これぇ。そうだよ出たんだよぉ、神楽君。八本も足があってぇ、すっごく素早くてぇ、黒が追いかけたけど隙間に入ってぇ、消えちゃったんだよぉ。あれは間違いなく敵の新兵器だよぉ。だってあんな不気味なやつ、黒は初めて見たんだよぉ』
『……もういいです。とりあえず敵の新兵器には「蜘蛛」と名前を付けて下さい』
『ハァーイ、了解ですぅ』
俺がいつも通り、嘆息まじりの会話を闇姫とかわしていると、その時、鈴音の執務室の扉が開き、中から鈴音と桃色フリルの塊――いや銀界鬼姫が出てきた。
『神楽様、お帰りなさいませですわ。って……!』
『兄さん、お帰りなさい。
闇姫ちゃん、ちょっと騒がしかったようだけど、どうしたの……あっ……!』
部屋の惨状が目に飛び込んできたのか、二人とも、口をポカリと開いた間抜け面で固まってしまった――せめて、口には手を当てましょう。
『こ、これ……ご、ご、ごめんなさい』
鈴音は、そのけしからんふくらみの前で両の手の指を組み、上目遣いのうるうるとした大きな目で俺を見ながら、許しを願い出るそぶりをする――出た『必殺のポーズ』である。
何度も俺からの小言をかわしてきたポーズの発動である。
『あ、ああ、いいんだ』
と、今回もこの言葉しか出なくなる俺であった。
俺は鈴音に叱られる事が苦手である。と同時に叱る事も苦手な、駄目兄貴である。
『おとなしく待っててくれるって言ったから……でも、何がおきたの』
『鈴音、その言葉は闇姫にとって意味が無い、それどころか「自由への解放」を意味しているようなものだ。
それを説明しなかった俺も悪かったが……
とりあえず、敵の新兵器らしい「蜘蛛」に、つられた闇姫が暴れてこうなった部屋を片付けよう』
と、ついでに俺自身の非も認めてしまう始末であった。
『黒鬼闇姫さんは、どうしてこう落ち着きがないんでしょうか。全くもっていい迷惑ですわ』
俺は鬼姫や鈴音の文句を聞かされながら部屋の片付けを始めた。
『確かに闇姫ちゃんから目を離したのはまずかったのは認めます。でも兄さんもしっかり躾ないと駄目だと思いますよ』
『ちゃんと躾ているよ。
やり方を教えていなかったのは俺のミスだったが、こうするんだ』
俺はそう言うと戸棚からお菓子を取り出しテーブルに置いた。
『闇姫、おいで』
『なぁに神楽君。おっ! お菓子発けぇーん』
『いいか闇姫、俺は少しの間ここを離れる、その間このお菓子を守ってくれ。
そして俺が戻ってきたら一緒に食べよう』
『了解了解でぇーす。早く戻ってきてよぉ』
闇姫はそのままお菓子を凝視して、『本物の人形』のように動かなくなった。
『どうだ、鈴音に鬼姫。おとなしくなっただろう』
呆気に取られている鈴音達を尻目に、部屋の片付けを進め五分程経過したのち闇姫に話しかけた。
『闇姫、お待たせ』
『わぁお神楽君待ってたよぉ、ねぇねぇ、お菓子食べていい、食べていいよねぇ』
『うん、しっかり見張りが出来たからいいよ』
『ワァーイ、いただきまぁーす』
いうが速いか、闇姫は満面の笑みを浮かべながらお菓子をほおばった。
『兄さん、その躾って……』
『神楽様なんといいますか……』
俺と闇姫のやり取りを見て呆気にとられていた鈴音と鬼姫は、揃って口を開いた。
『『……犬ですか?』』
『まあ、いいじゃないか。闇姫と付き合い出して十年が過ぎたけど、彼女を静かに待たせる方法は、これしか見つからなかったんだ。
ただし有効時間は五分くらいだ』
『闇姫ちゃん、なんだか可哀想……』
と、言いつつも鈴音は、非常に残念なものを見るように、その大きな目を闇姫に向けた――あの鈴音さん、その目は闇姫に失礼かも……と、一応弁護しておく。
『さて部屋もあらかた片付いたから、ようやく本題に入れるな。
今日、帝から話があったのは――』
俺は帝とした話の内容を鈴音に伝えた。
『そうだ兄さん、私が闇姫ちゃんから目を離す事になったのは、諜報部から連絡が入ったのです。
どうやら勅命の内容がバルドア帝国に漏れているらしいのです。今回の視察はかなり危ない事になるのかもしれません』
そう言うと、鈴音はその大きな目を不安の色に染めた表情で俺の方を見た。
読み進めていただき、ありがとうございます。