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誰がために 19

「もしかして、私達は――おびき出されたと、いう事ですか」

 冷静に言葉を選び話すアディーラであった。が、言った直後、僅かに歯をきします音がした。

 そんな彼に相対する天鳥あまどりノ帝は、図星だよ、と、言わんばかりの不適な笑みを静かに作り、

「ああ、苦労したよ――」

 表情とは裏腹の言葉を先ず言って、

「――アリエラやヘリオの魔法を使えば、こちらの捜索圏外にいとも容易たやすく逃げれるからね。

 じゃあという事で、連絡員を尾行しても、やっぱり逃げられちゃうしね。

 結局こっちから出向く事は諦めたよ」

 そこまで言った天鳥ノ帝は、アディーラから視線を僅かに外し、彼の背後に立つ従者達を一瞥いちべつすると、何も無い空白の壁に向けた。

「――だから、どうしたらおびき出せるのだろうかと算段したのだが……」

 一つ嘆息すると、

「――犠牲になった者にはすまないと思っている」

 そこには天鳥神楽の顔があった。

 直後、天鳥ノ帝へと顔を戻すと、アディーラを見据え、だが、と、自ら言った前言を否定し、

「――と言っても、俺に反抗するための、争いの火種を作っていた事には間違いない。したがって、このような措置も仕方の無い事でもある訳だ」

 今まで策略として行ってきた行為を肯定した。

「アディーラ、お前達が逃げていたから犠牲が出たと気にやむ必要は無いぞ。

 早いか遅いかの違いだよ。『いずれは』と、いうやつだ。

 まあ、そういう意味では、お前達の今夜の訪問は、被害を最小限で抑えた英断と言えるな」

 言った天鳥ノ帝は、悪意ある笑みを浮かべていた。

「さてと、そんなところで、アディーラさんは俺を討ったらどうしたいんだ?

 返答によっては、その道筋を用意するが」

 挑発するように問う天鳥ノ帝に対してアディーラは、内心から涌き上がる怒りを抑え、表立ってはあくまでも冷静に、

「私は全てを終えたら、身を引きます」

「ほう、身を引くとは――雲隠れでも? それとも……まあ良いか」

 天鳥ノ帝の返す中途半端な問いかけに、アディーラは、僅かに鼻で笑うと、

「確かに全てを終わらせたら後、穏やかに過ごしたいとは思っています。

 ――ですが、あなた達と戦闘をして、それを望むのは、少々贅沢でしょう」

「ここで命をす事も辞さないという事かい。

 そんな重い話、やめてくれよ。

 そもそもお前がいなくなったら、誰が民衆を引っ張って行くんだよ。

 それに俺達と戦闘をしても大丈夫なように、アリエラやヘリオがいるんだろう」

 そこに、いいえ違います、と、割って入ったのはヘリオ・ブレイズであった。

「――か……天鳥ノ帝。私達は戦闘をするためではなく、戦闘をしないためにここにいます」

 当然、

「へ、ヘリオ先輩は黙ってて下さ・イ――」

 不機嫌に割り込むアリエラ・エディアスであった。

「――話がややこしくなりま・ス」 

 ――ややこしくするのは、アリエラだ――

 この場の全員が思っただろう。

「アリエラがいれば、その場から戦闘は無くなるんで・ス」

 ――また、意味不明な事を――

 この場の全員が思っただろう。

「そうだねアリエラ。ごめんよ」

 ヘリオが謝るのだが、

 ――何故? そこで謝る――

 この場の全員が思っただろう。

「そうなんで・ス。可愛いアリエラを神楽兄さんがいじめる訳がありませ・ン」

 ――自分で言っちゃったよ。そもそもそういう問題じゃないはず――

 この場の全員が思っただろう。

 更に天鳥ノ帝は、

 ――まあ、俺はアリエラをいじめるつもりは無いが……鈴音や彩華がな――

 思いながら背後の美人姉妹にチラリ、視線をやると、彼女達はまさに悪戯っ子のような、小悪魔的な笑みを浮かべていた。

 が、首だけ振り向いた天鳥ノ帝に彼女達は、怪しい笑みを消すと揃って、

「「何か?」」

 冷ややかに言った。

 そんな美人姉妹のおかしな迫力に気圧けおされたのか、

「あ、いや、何でもないんだ、何でも……」

 天鳥ノ帝は焦り返答すると、無粋ぶすいな侵入者達へと向き直り、

「まあ、そうだな。万が一ここで戦闘となれば、結果は言わずとも知れた事になるな。

 そういう意味では、アリエラやヘリオの言った通りだよ。

 だが、アディーラ。お前は俺を討ちたい訳だよな。

 で、どうやって?」

 再度問う。

 が、答えるべきアディーラは、

「………………」

 押し黙ったまま、天鳥ノ帝から視線を外しすと、目を伏せた。

「まあ、不意をつけば何とかなるかもと考えたか? けれど、それが無駄な行為だという事を、お前は知っているだろう」

 天鳥ノ帝は一旦言葉を切ると一息、

「つまり、俺を討ちにきたのではない」

 言った。

「一時の感情に流されて、無駄な行為をする。そんな馬鹿が相手なら、俺も楽だったのだがな。

 では、話を聞こうか」

 アディーラは伏せていた視線を天鳥ノ帝へと戻す。が、

「………………」

 言葉が出ない。

「おいおい、まさか先程の具申ぐしんとやらが言いたくて、こんな馬鹿やったのか?」

 天鳥ノ帝は、少々呆れ顔でアディーラからの返答を誘う。

「い、いいえ……当然違います。あれは、後に続く話が本筋から逸れてしまいましたから、中途半端になりました。

 ですが、付け足す機会を頂きましたので」

 アディーラは一度言葉を切ると、うつむき、唾を飲み込み、顔を上げ、改めて天鳥ノ帝を見据え、

「帝――いや、王と言った方が良いですね。その地位を廃止しませんか?

 今は体制が変わって良い機会だと思います」

 言った。

「ああ、構わないよ」

 天鳥ノ帝の返事は、即答であった。

「い、今何と申されましたか?」

 アディーラは自身の耳を疑うかのように問い返した。対する天鳥ノ帝は、眉一つ動かさず、

「だから、帝の、いや王位を廃止しても良いと言ったのだが、何か不満でも?」

 再び言った。

「えっ、あ、いや、あまりにもあっさりと。

 ――ですが」

「ああ、無論無条件という訳ではないよ。

 先程も言ったろう、お前の返答次第で道筋を用意すると。

 まあ、少々意地悪い言い回しだったがな、本音を引き出したしたかったんだ。

 ――で、どうする?」

 天鳥ノ帝に言われたアディーラは、

 ――ああ、しきりに『俺を討ったら』と言ってましたが、私達に討てない事を承知で……つまりは、帝の地位を廃止すると言う意味だったのですね。そして、廃止したら私にどうするかを問うていたのですね。

 ははは、確かに意地が悪い――

 先程のやり取りを考え直してみた。

「先程お答えした通り、全てを終えた後、身を引きます」

 同じ答えを繰り返すアディーラに天鳥ノ帝は、

「何故?」

 短くく。

「私は決して民衆の前に立ってはいけない存在です」

 アディーラの言葉に天鳥ノ帝は再び、

「何故?」

 一言で問う。

 ――これはまた、意地が悪い。

 先程のやり取りからして、普段よりあの美人さん達によって抑圧された思いが、私達に向けられているのでしょうか――

 アディーラは思うが、小さく首を振り、

 ――いいえ、さすがにそれは天鳥ノ帝達に失礼でしたね――

 自身の考えを否定し、

「私はバルドア皇帝の血を引く者です。それは、私が望もうが、望まなかろうが、利用される事でしょう。

 特に『サーベ』での反乱を起こしたナイグラの残党にとっては、再度、決起の良い口実を与える事になるでしょう。

 ですから私は、この場で、全てを終わらそう――と、言っても、一方的な幕引きという結果は、想像に容易いですが」

「そういう連中から片付けてきたつもりだったが、全員という訳にいかないからな。

 まあ、そういう考え方もありか――」

 アディーラの言葉を切るように、天鳥ノ帝が言う。

「――だが、俺は体制側だよ。そんな俺がお前達を倒しても、何も変わらないさ。

 それどころか状況は複雑に、そして悪くなるかもしれない――」

 その言葉を聞いたアディーラは、不可解、と言いたげな表情で首をかしげる。それを察した天鳥ノ帝は、それはだな、と続ける。

「――途絶えたバルドア皇帝の血統を神格化して、その後釜あとがまに居座ろうとするやからが出てくるかも、という事だよ。

 もっとも俺が生きているうちは、させないがね」

 そこまで言うと、天鳥ノ帝は大きく息を吐き、

「知っているだろう、俺達は人の半分程度しか生きれない事を。

 それに俺は、自分の血統を残すつもりもないしね」

 言った天鳥ノ帝の背後から、「ええ~」「うそ~」「あれだけやって?」「仕込んでもらえないの~」「やり過ぎで薄いのよ」「そうね、薄い言い訳よね」等々聞こえたが、全て聞こえなかった、という事にして、ツッコミも入れない事にした天鳥ノ帝は、

「俺は即位後、天命の血統の神格化を阻止するために、かなり厳しい事をやったんだよ。

 まあ、簡単に言えば、古くから天命の家系に使える腰巾着を――」

 言ったところで、自分の首の前に横一直線を、右手の親指で引いた。

 それが動作通りの事なのか、単に解雇したと言いたかったのか、

 ――多分両方ですね――

 アディーラは思う。

 天鳥ノ帝は言葉を続ける。

「――素直な腰巾着どもを各地に散らした訳だが――

 お前を倒すと、そいつらがお前達の残党と結び付いて、俺がいなくなった後に、再びこのちっぽけな国を巡っての覇権争いを始めるかもしれない。

 なにせこの神国天ノ原をまとめる者がいなくなる訳だ」

 アディーラが、ですが、と言葉に出したところで、天鳥ノ帝は右掌を彼に向け制すと、

「そういう奴らなんだよ、腰巾着共は。

 理念の違いをさておき、言葉だけは巧みに近づいて、利だけを得るために影から動かそうとする。

 気が付いたらなんて事になっている訳だ。

 ここで俺がお前を倒してしまうと、バルドアの血統を潰して、更には天命ノ帝を討った、と、両方が敵になる訳だしね。

 腰巾着どもが交渉相手を揺さぶるには充分なネタだろう」

「そうですが――

 天鳥ノ帝は、私にどうしろと。ここで闘ってくれる訳ではないようですし、かと言って、私の考え方を否定した訳ですから、何らかの――」

 と、アディーラが言ったところで、自身が気が付いた。そして、まさか、と口から出る前に、

「気付いたようだね」

 天鳥ノ帝は、やはり悪戯っ子のような笑みを作り言った。

「い、いや、それは――」

 慌てて返すアディーラの言葉を、潰して天鳥ノ帝は言う。

「当然、無条件じゃないよ。

 選挙でお前が領民達から選ばれたならの話さ。

 そうだな、本日より二ヶ月後を投票日としよう。

 もちろん出馬するよな」

「は、はい」

 妙な迫力に気圧されて返事を返したアディーラに天鳥ノ帝は、

「頑張ってくれよ――」

 と、言いつつ振り返り、

「じゃあ、予定通り進めて下さい、社守軍師」

 言うと、社守やしろもりは、

「ではアディーラ・バルドラインさん、こちらへ」

 事務的に、窓際の机へとアディーラを案内する。社守も同時に移動し、向かい合わせで机につくと、ちょっとした事典程の書類の束を取り出し、

「こちらが立候補の届け出書類となっております。

 ご説明いたしながらですが、数カ所の自筆をお願いします――では」

 と、始めた。

 ――何もここでやらなくても、応接室とかあるでしょう。

 多分、当事者以外の全員が思っているのでしょう――

 天鳥ノ帝は思うが、口に出さなかった。

 逆襲覚悟の上でツッコミを入れる事の出来る天鳥ノ帝が黙っている上、社守の姉である二守ふたつもりは、我関せずよろしく、あさっての方向を向いている。

 ――ああ、表の静ちゃん怖いから、と、いうやつですね――

 つまりは静まり返った寝所に、

 ――そう寝所は静かな方が良い。まあ時には怪しくあえぐ声とか――

 それはさておき、そんな静かな空間である寝所という場所に不似合い、と言える社守の書類を解説する事務的な声と、これまた事務的に応答するアディーラの声だけが響く。


 三十分程後、役所のような空気が漂う寝室で、

 ――ああ、低く静かに響く声って、眠気を誘いますね。

 そりゃそうですね、只でさえ眠くなる『草木も眠る丑三つ時』ですよ。

 ヘリオに従者達も床に座り込んで、って、あれ? アリエラは?――

 天鳥ノ帝が思って、振り返ると、いた。

 いつの間にか寝床の左右のへりにわかれて座る鈴音と彩華に挟まれて、仰向けで寝転がっている。

 ――一体いつの間に? まあそれは良いが――

 そんなアリエラを見て、

 ――相変わらずだな――

 思う。

 アリエラの、十六にしては発育不良気味の膨らみ――の事ではない。

 確かに、普段から鈴音のけしからん膨らみや、彩華の素敵な膨らみに囲まれていると、例え標準ちょい大きめでも、発育不良気味に見えるのかもしれないが、断じてそういう意味ではない。あくまでもアリエラの予測不能な行動について、相変わらず、と思った天鳥ノ帝である。

 と、その時、

「――ここにサインを、それで最後です」

 社守の声が聞こえた。

 はい、と答えつつペンを走らす音が止り、

「――お待たせしました」

 アディーラが立ち上がり、元の位置ヘと足を向ける。

「天鳥ノ帝、以上で終了です」

 社守の言葉に、天鳥ノ帝は、

「では、これにて立候補の受付は終了だな」

 言った。

 これに慌てたのは、当然アディーラである。

「ちょ、ちょっと待って下さい。

 終了って、公示も無しにですか? それって――」

「俺が帝をやっているうちは、俺がルールだよ。嫌なら、お前が選ばれてから変えれば良い事だ。

 まあ、事実上の信任投票だが、甘く見てると落ちるぞ。とは言っても準備期間は二ヶ月あるし、大丈夫だろう」

 相変わらず悪戯っ子のような笑みを作る天鳥ノ帝の言葉に、アディーラは更に慌てる。

「え! 信任投票って一体? 他の立候補は? と言うより、天鳥ノ帝は?」

「俺は出ないよ。出たら話がおかしいだろう。

 まあ、対立候補は他に適任者が……大石原おおいしのはら総長、とも考えたが、軍事色が強くなるからな。何より本人が嫌がって、頑として受けてくれなかった。それに大石原総長には何かと世話になっているからな、俺も強く言えないんだ。

 と、言う訳で、しっかりやってくれ」

 言い終えた天鳥ノ帝は、背後の寝床足側縁にに腰をおろし、

「そうそう信任投票となるけど、信任されなかったら、俺が続ける事になるぞ。バルドア側ならいざ知らず、天ノ原側では……まあ、組織があるか。

 さてと、そろそろ寝たいけど——」

 言いかけた言葉を、右端に腰をおろす鈴音と、左端に腰をおろす彩華が、

「「これ、どうするの??」」

 と、さえぎった。

 それは、議題が完全熟睡状態の美少女、アリエラに移り変わった瞬間でもあった。

 再び静まり返った静寂の中、

「皆さん、泊まって行かれますか?」

 言った社守の言葉に、一応敵地のど真ん中という事で、アディーラは従者達と帰り、ヘリオはアリエラの付き添いで残った。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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