誰がために 18
動く時が来たようだ。
天鳥ノ帝の眼前には、『お人形』白輝明姫を従えたアリエラ・エディアス、同じく『お人形』金剛輝姫に従えられた……いや、を従えたヘリオ・ブレイズ、更には金髪の男性を中央に十名程の従者がいる。
時刻は、まもなく日付の変わる夜半頃。ここは、神国天ノ原の首都『本都』であり、その要衝『本殿』である。しかも皇宮の寝所である。
「どうした、アリエラ。寂しさを我慢できずに、ついには寝床を襲いにきたか?
それにヘリオも久しぶりだな。
ん? そちらの方々は初見であると思うが、いきなり寝室とは――少々無作法だと思うぞ」
天鳥ノ帝は、そんな無粋な侵入者を見据えて、腰掛けていた寝床からゆっくりと立ち上がる。
背後には、これから熱く甘いひと時を過ごそうと、準備万端の鈴音と彩華が寝床に潜り込んでいる。
――全く、どっちも困った奴らだな。
まあ、しかし鈴音や彩華なら、いざとなれば素っ裸でも立ち回るか――
天鳥ノ帝は思い、僅かな笑みを作る。
正面、アリエラは、
「ア、アリエラは、寂しくなんかありませ・ン――」
銀髪のツインテールを揺らしながら言った。相変わらずの語尾を強調した、妙な喋り方である。
「――か、かぎゅ……神楽兄さんこそ、ア・アリエラがいなくて、寂しかったんじゃないんです・カ――」
噛みながらも言う。
相変わらず、微妙に焦点が外れた事、と、天鳥ノ帝が思うが、更にアリエラは、
「――アリエラ達がここにきた訳を、神楽兄さん、じゃない、天鳥ノ帝は知ってますよ・ネ。わかりますよ・ネ」
問うてきた。
天鳥ノ帝は、どうして最後に名前を言い直した? と、思うも、僅かに口角を上げると、
「はてさて、アリエラが寂しいのではなければ、何故かな?」
思いっきり白々しく返した。
天鳥神楽がして即位して天鳥ノ帝となってから、半年程が過ぎていた。
その間、先ず着手したのは、軍部の緩やかな解体であった。
地域唯一の国家となっていた神国天ノ原には外敵がいない。
なのに、いつ来るかもわからない外敵に対して、莫大な金を使って備えるのは如何なものか。
と、いうのが天命ノ帝の考えであった。
当然、反対派はいる。
「万が一、攻め込まれたら、如何なさるつもりですか!」
言われて天鳥ノ帝は、
――確かに、自分達がここにいるという事は、どこか他の地域にも人類が生存していると考えるのは正解だ。いずれは、そうした地域とも、何らかの関係が始まるだろう。
だが現在の生活や技術等の水準では、こちらから探しに出かける事は出来ない。そもそも生身では『生存限界線』を越えて、一日と保たないよ。多分、他の地域の生存者達も、そんなところだよ――
思うだけで、言葉にするのも馬鹿らしいと、身振りで示すように、無い無い、と、軽く手を振って、心配性の官僚達をあしらうだけであった。
のだが、
――実際のところ『生存限界線』から外、見渡せる範囲の周囲程度には、集落らしきものは無い。
まさか、この列島国家の跡地には、俺達だけしかいない……のか? それこそ『まさか』だが。
まあ、少なくとも遥か海の向こう、大陸のどこかには人類が残っているとは思う――
が、その反面、
――いや待てよ。山の死角の先に、ここと同じような国があるのかもしれない。
ふっ、それこそ万が一だが――
とも考える。
強大な力を持っているが故、確認したくても出来ないもどかしさをおぼえる天鳥ノ帝でもあった。
とは言っても自らの方針は変えない。
各部隊は治安維持程度の警察部隊と、名ばかりの国境警備ため最低限の部隊を残し、本隊は『本都』ヘ戻された。
退役の希望を取り、残った約一万人の現役続行を希望する者達で、治安部隊として再編すると、配属となった地域へと向かって行った。
内側への締め付けを強化するための駒として。
天鳥ノ帝が示した路線は、自らが持つ強大な力を背景とした圧政。つまりは恐怖政治である。
とは言え天鳥ノ帝はあの神楽である。言論統制こそすれど、非情に徹する事は出来ず、領民にはわりと寛大であった。
だが一点、反抗する者共に対しては厳しく対処していた。
所謂『粛正』である。
先ずは、天鳥ノ帝に反感を持つ臣下の者達から始まり、やがては領民へと、諜報関係から情報が入ると、天鳥ノ帝自らが出向いて『粛正の執行者』となっていた。
現場では、人間味が全く無い、非情に徹した無表情の天鳥ノ帝と、その契約する『お人形』黒鬼闇姫のふりまく笑顔が、周囲の『粛正』に無関係な人々まで恐怖させいた。その結果、僅か半年の間に『死帝』とまで呼ばれるようになっていた。
「うぅぅ、かぐ……うぅ、天鳥ノ帝がわからないのなら、ア、アリエラがお答え・シ・マ・ス!」
天鳥ノ帝正面に位置するアリエラは、小さな体を元気よく揺すって、吠えた。が、ツインテールのしっぽ以外、揺れる物が無いのが少々残念である。
対して天鳥ノ帝は冷静に、
「ああ、そうしてくれ。それと、神楽で良いよ。
アリエラだけの特典だよ」
答える。
「うぅぅ、あ、ありがとうございま・ス」
律儀に礼を言うアリエラの語尾だけは、怒っていた。
天鳥ノ帝はアリエラの背後に立つ金髪の男性に視線を向けて、
「そちらの方は――紹介して頂けるとありがたいが」
言うと、金髪の男性は優しい笑顔を作り、先ず一礼すると、
「遅れまして、いいえ、深夜にこのような場所に、少々強引な目通りとなった事をお詫びいたします。
私、アディーラ・バルドラインと申します。故あって、ブレイズさん、アリエラさんと行動を共にいたしております」
言うが、僅かに頭を下げる程度で、当然膝は折っていない。
天鳥ノ帝は気にも留めず、
「ほう、あなたがあの――噂は予々聞いてますよ。
確か――バルドア皇帝の――」
言ったところで、アディーラが言葉を挟む。
「天鳥ノ帝、申し訳ございませんが、その名は捨てております。
今は只の一領民であるアディーラ・バルドラインです」
天鳥ノ帝は、
「なるほど、それは大したものだ。己が受け継げる権力に未練が無いとはな。
だがあなたなら、この俺よりもっと上手く民衆を導けるのでは?」
言って口端を緩く上げ、息を抜くように小さく鼻で笑うと、だがな、と前置いて、
「――只の一領民では、俺の寝所に来れんぞ」
静かに言い返し、更に付け加える。
「さっきから、背後に凍てつくような殺気を感じているんだ。
あっ、シャレじゃないよ――」
天鳥ノ帝の言葉に、辺りに冷ややかな空気が漂い、彼を見る優しい視線が交差する。
が、彼はそんな視線を振り切り、咳払い一つ入れると、
「――いや、言い間違えた。
ほら、これからの、その、何だ、よく言う、というのか、所謂『甘いひと時』というやつをだな、邪魔された彼女達は……ほら、何と言うのか、怒り心頭に発するというやつでだな、無粋な侵入者に対して容赦無しだぞと……つまりは、放っておくとシャレにならないぞと、言いたかった訳だ」
言った。その直後、天鳥ノ帝の背後から、
「――兄さん」
「――神楽」
女性とは思えない、低く、静かな声に、恐る恐る振り向いた。
「へ? 俺? 俺を呼んだか?」
振り向いた先、美人姉妹は寝床に腰掛けるように、上半身を起こし足を床に付けている。そして、鈴音は大きなお目目を細めて、彩華は普段の三倍増しの鋭い眼光で、揃って天鳥ノ帝を睨んでいる。
「「「「何て事を言うのですか!!!!」」」」
――へっ? 声が増えた――
よくよく見ると、寝床の脇から二守筆頭と社守軍師が、ひょこりと顔を出していた。
「あのですね、何をなさっているのですか?」
頭を抱えた天鳥ノ帝が尋ねる。
「夜更けに何事ですか」
社守がしれっとして返す。
「楽しそうだから来ちゃった」
二守があっけらかんとして答える。
「建前と本音をありがとうございます」
「ほう天鳥ノ帝、体力自慢という訳だな」
彩華が、なんだか意味不明な事を言い出す。
――マズいぞ――
「ですね、私達二人じゃ満足出来ないのですね。
それで、四人同時ですか。そんな大層な持ち物じゃないと思いますが——」
半目の鈴音が彩華に呼応したのか呟き出した。
「——もっとも、あれは見た目じゃないですし、帝としてそれくらいの甲斐性はあっても良いと思いますし、英雄? は色を好むとも言いますから、仕方ないですね。
ええ、そうです仕方ありませんね」
――い、いかん、鈴音の呟きモードだ――
抑揚のない、鈴音の呟きは更に、
「――それを止めるには、やっぱり『チョキン』するしかありませんね。
でも、でもですね、それをすると、今後、私達も困った事になるかもしれません。
本当に厄介ですね。本当に困りましたね。
そうですね、ここは私と彩華姉さんが我慢すれば良い事ですね。
でもちょっと口惜しいですから、干涸びるまで搾り取るのも一つの手でしょうか。
ああ、でも私達じゃ満足出来ないから、この場に四人いるのですね。
そんな私達に干涸びさせる事が出来るのでしょうか。
ならば四人で……まあ、何て事でしょう、世の中矛盾だらですね……」
危ない方向へと突き進んだところで、
「あら、天鳥ノ帝。私達を呼んだのは、そう言う事だったのですね。
今度の帝はしっかり仕込んでくれるのかしら」
二守筆頭のさらなる混沌ヘと誘う声が聞こえて、
「どんな御用かと来てみれば、びっくりです。
天鳥ノ帝は、年端も行かぬ少女から、お姉さんまで守備範囲が広い事ですわ。困った程の見境無し。
——全くもって、いかがわしい!」
社守軍師の言葉が輪をかける。
「えっとですね、俺は呼んでいませんから。
お二人とも騒がしいから来たって、さっき自分達で言ってたじゃないですか。
てか、年端も行かぬ少女って……アリエラには手を出してません」
天鳥ノ帝は慌てて、お姉さん二人の怪しい発言を消火する。しかし視線をそらしていた背後から、
「ア・アリエラは、もう十六になりまし・タ!
裸を見られた事がありま・ス! ホッペもプニプニされまし・タ! も、もしかすると……うぅぅ」
――こ、こら、火に油を注ぐな――
天鳥ノ帝が思うとほぼ同時に、
「ア、アリエラ、そんな事を言うもんじゃないよ」
ヘリオが心配して言うが、当然手遅れであった。
「へ、ヘリオ先輩――」
いつものように、アリエラがヘリオに口撃するのをさえぎり、半眼ながら鋭く睨むという非情に複雑な目つきの彩華が、
「据え膳食わぬはなんとやらか、男とはそういうものらしいな。
まあ、それが他人事なら私も笑って見過ごせる。
だが、身に掛かる火の粉は振り払う。
そこへ直れ、この不埒者!」
言われた言葉に、天鳥ノ帝は体を小さく弾ませ、姿勢を正すと、
「はい? 俺?
って、えっと彩華さん、そこへ直れって――」
問われた彩華は、いつの間にか呼び出した刀を鞘に入ったまま、その先端で天鳥ノ帝のとある部分を指し示すと、静かに、そして冷徹に、
「去勢する」
言った。
「――――へ? って、またそれですか?」
思わず返す天鳥ノ帝に彩華は、
「うむ。一応棒は残しておいてやるつもりだ。だがせめてもの情けと……私にも未練がある。
さあ、下着を下ろせ! 何、切っ先でチョイチョイと刻むだけだ。お前もこの刀の切れ味は知っているだろう。全てが終わった頃、ちょいと痛いと思う程度だ。
だが途中で動くなよ。手元が狂って、それこそ全てが綺麗さっぱりになるぞ」
言うと、おもむろに寝床から立ち上がり得物を腰の位置に構える。
「って、ちょ、ま、マッタマッタ。あ、彩華さん、真っ裸で、は、はしたないですよ。
てか、その話はこの場でする事ですか?」
焦る天鳥ノ帝に彩華は答えず、その代わりに、
――ゴホン――
一つ大きなわざとらしい咳払いが聞こえると、
「――私も男ですので、天鳥ノ帝の今の心境はよくわかります。
そちらの美人さん達もそろそろ勘弁してあげてくれませんか? そろそろ本題に戻したいと思います。
と、その前に、お二人ともその姿では――大変綺麗でありがたいのですが、気が散ってお話どころではありません。先ずは服を着て下さい」
同胞? の危機と、空気を読んだアディーラが、苦い表情で割り込んできた。
言われた彩華と鈴音は、自身が一糸纏わぬ姿なのに今更ながら気付き、ド派手な着火音と共に紅玉のような真紅に染まると、
「「み、みんな出て行け!!」」
揃って声を上げ、寝床に潜り込んだ。
美人姉妹に追い出され、扉の外で気まずい沈黙の五分を過ごした天鳥ノ帝と無粋な侵入者達は、再び律儀にも寝所にて相対していた。
せっかく室外に出たのなら、それなりの場所に移動すればという意見はさておく。
「さて、紆余曲折があったが、本題に入ろうか。
それで、どのような用件かな?」
先ずは天鳥ノ帝の静かな開会宣言から始まった。対してアディーラは、
「私達は侵入者ですので、時間も限られております。既に噂通りの楽しい時間を過ごしましたし、遠回しに言っても仕方ありませんので、手短にお伝えします」
緩やかな笑顔を作って言った。
「ああ、そうしてくれ。俺も回りくどいのは嫌いだ」
天鳥ノ帝の言葉にアディーラは、では、と、受けて、
「――このところ、領民に対しての締め付けが、少々行き過ぎている気がします。
このままですと、遠からず反乱決起の可能性があります。
体制が大きく変わって、確かに厳しさが必要な時期かとも思います。ですが、鞭ばかりではなく、時には飴のように締め付けを緩め、度量の大きさを見せる事も必要と愚考し、そして具申いたすしだいであります」
天鳥ノ帝は鼻で笑うかのように、短く息を鼻から抜くと、
「まさに言葉通りだな。
で、アディーラ・バルドラインはこの俺を、どうしたいのだ?」
「天鳥ノ帝――言ってる意味が」
「わからん事でも無いだろう。答えは一つだろう。
それとも、反抗活動組織のリーダーとして、どうしたいのだ、とでも言わないと駄目だったかな。
まあ、俺が『粛正』した反抗活動家達が、たまたまお前の組織の、しかも幹部クラスだったらしいな。
俺も諜報部から聞いて驚いたよ――」
天鳥ノ帝が白々しく言うと、無粋な侵入者達の目つきが鋭く、殺気立ったものに変わった。
それを見た天鳥ノ帝は両肩をすくめて、
「――やっぱり答えは当たりだな、怖い怖い。だが今からそんなんじゃ、身が持たんぞ。
それはそれでまあ良いか――」
少々煽るように言って、更に言葉を続ける。
「――じゃあ、問いを変えよう。
俺を『討った』後、どんな世界に変えたいんだ? アディーラ・バルドラインが俺の代わりをやる訳だよな」
「い、いや、私は――」
アディーラは言葉を詰まらせる。そこに天鳥ノ帝は追い打ちをかける。
「アディーラ・バルドライン、お前はバルドアの名を捨てたと言った。
だが、周りはどうだ。まあ、今ここにいる従者は、それをわかっているだろう。しかし、更にその周りはどうだ。もうひと回り広げたらどうだ。もっと言うなら、旧バルドア帝国の領民達はどうだ。
その名は捨てたの一言で納得するのか?
そもそもお前が引退したら、今の組織を引き継げる者はいるのか?
お前はどうしていようが、バルドア皇帝の血筋の者だ。間違いなく御輿に乗せられるぞ。
そんなお前が、俺に代わってみろ。
結果は火を見るよりも明らかだよ――」
黙り込んでいるアディーラを天鳥ノ帝は睨みつけて一拍おくと、
「――こんなちっぽけな国を二つに割るような元凶は、無くさなくては駄目だ」
言った。
「………………まさか」
呟くようにいうアディーラの言葉に、天鳥ノ帝は被せるように、
「今の話をふまえて、再度問うよ。
俺を『討った』後、どんな世界を作りたいんだ?」
言って口元を緩め、一息入れると、
「——その答えを直接聞きたくて、随分と犠牲を強いてしまったから、しっかり答えて下さいよ」
天鳥ノ帝の言葉が冷たく響くと、無粋な侵入者達は不意をついたつもりが、嵌め手に絡めとられていた事を、この言葉で確信した。
読み進めていただき、ありがとうございます。