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誰がために 16

「神楽、どうするんだ? 普通以下で」

「そうですよ兄さん。魔法が使えなければ並以下、殺りようが無いじゃないですか」

 帝と俺の会話を黙って聞いていた彩華と鈴音が、顔色を変えて騒ぎ出した。

 ――ああ、このまま放っておくとおかしな話になるぞ。

「だいたい私達は、そんな事、聞いてないぞ」

「どこでどう間違ったのですか、兄さん。こういう事は、もっと落ち着いて計画を練ってから実行する。そういうものじゃないのですか?」

 ――はい、お話はごもっともです。

「そんな感情に任せての行動だから、こういう落とし穴があるんだぞ、神楽」

「そうです。強引に引っ張り過ぎです。

 普段、私達に引っ張られるとすぐに泣いちゃうくせに」

 ――って鈴音さん、何の話ですか? と、やっぱり話が変な方向に向かって走り出しましたので、修正です。

 とりあえず俺は、背後で騒ぐ美人姉妹をさておき、

『なあ闇姫、困ってないで、何か手だてはないのか?』

 先程から腕を組んだり、頭を抱えたりして、悩んでいる、というのか、困った素振そぶりりを見せている『お人形』黒鬼闇姫くろきやみひめに問いかけた。

『う~ん、ない事も無いんだよぉ。でもねぇ、神楽君しだいなんだよねぇ。

 困っちゃうねぇ。だってぇ、彩華ちゃんや鈴音ちゃんに、引っ張られるだけで大泣きしちゃう、情けない神楽君任せなんだよぉ。どうしようかなぁ』

『あのですね、闇姫さん。今、この場では必要の無い間違った解釈をありがとうございます』

『わお、黒、感謝されちゃったよぉ。

 うん、だから黒は神楽君が好きなんだよぉ』

『それは、それでありがとうございます。

 で、その方法は?』

 俺の問いに闇姫は、彩華と向き合って、右手を伸ばして指さした。闇姫と俺の会話が聞こえない彩華は、指を向けられた理由もわからず、小首を傾げ自分に自身の指を向けて、

「――ん? 私が何か? 神楽、闇姫は何と言ってる?」

 当然、俺に言う。俺も闇姫のふりに、

「あのですね、闇姫さん。いくら俺が情けないからと言ってもだな――この場を彩華に任せるのはちょっと違うと思うぞ。

 そりゃまあ、魔法が使えない俺より彩華の方が、強いのはわかっていますがね」

『神楽君、違うよぉ。変な事を言ってちゃ駄目だよぉ。よく見てよぉ』

 言う闇姫の指し示す先には、俺が闇姫を呼び出した時、彩華も呼び出したのだろう、腰の得物、魔剣や妖刀と言われるたぐいの刀があった。

「えっとですね闇姫さん、それは彩華の刀であるわけですよ。それを俺に『使え』と」

 俺の言葉に闇姫はクルリと振り向く。その表情には満面の笑みを浮かべている。

『そうだよぉ神楽君。だってぇ、黒は帝兄貴に魔法が使えないんだよぉ。だからぁ、お手伝い出来るのは、これくらいなんだよぉ』

「あのですね闇姫さん。あれは彩華のもので、断りもなく勝手に決めちゃマズいでしょう。それとも闇姫が彩華を説得するんですか? 間に入るのは俺ですけどね」

「なあ神楽。先程から闇姫は何を言っているんだ?」

 部分的にしか話が伝わらない彩華が、眉をひそめながら問いかけてきた。

「闇姫がな――」

 言いかけた俺の言葉を闇姫がさえぎり、

『彩華ちゃん、その刀、神楽君が使うからぁ、ちょぉっとの間だけ、返して欲しいんだよぉ』

 彩華に向かって、パクパクと口を動かしている。そんな闇姫の言葉に引っかかった俺は、

「闇姫さん、それ彩華に聞こえませんから。

 それに『返して』じゃなくて、『貸して』の間違いですよ」

 修正をうながす。と、闇姫は俺に向き直り、胸を張って言う。

『神楽君、変な事言っちゃ駄目だよぉ。あれは黒のなんだよぉ。だから「返して」で合っているんだよぉ』

「はい? 今何て?」

『だからぁ、あれは黒のだよぉ。そんなのわかりきった事なんだよぉ』

「いやいや闇姫さん、わかりきった事とかじゃなくてですね――」

「なあ神楽。そろそろ教えてくれ、闇姫は何を言ってるんだ」

 いよいよ痺れを切らした彩華が、俺の言葉に割り込んだ。

「なあ彩華、闇姫の話だとその刀って、闇姫から借りているのか?」

「ああ、そうだが――それが何か?」

「…………そっか……」

 ポツリつぶやく俺に、

『ほらぁ、黒は嘘をつかないんだよぉ』

 闇姫は得意満面の笑みで誇る。

「神楽、お前今まで知らなかったのか?」

「あ、ああ、知らなかった」

 言った俺に、彩華は方眉を上げて怪訝けげんそうに、

「超常の力を宿しているような得体の知れない刀だぞ。おかしいとも思わなかったのか?」

 問う。

「だ、だって、ほら、刀って、妖刀とか、昔からいろいろとあるじゃないか、因縁とかいわれとか。だ、だから本当か嘘かはさておき、そう思っていたんだよ」

 俺が言った直後、

「神楽……クク」

 先ず彩華が、

「に、兄さんってやっぱり……プッ」

 わずかに間を置き鈴音が、

「神楽、お前……はは」「うふ、神楽ちゃん……ふふふ」

 そしてほぼ同時に帝と社守軍師が、

 俺に優しい視線を向ける。

 と、この場の張りつめていた緊張の糸がプツリ、せきを切ったように嘲笑が吹き出した。

「そ、そんなに変な事を言ったか?」

 慌てた俺は、この場を取りつくろおうとしたが、時既に遅しであった。


 約十分が過ぎ、場の空気が落ち着くと、先ず彩華が、

「今度は答えてくれよ神楽、刀がどうしたんだ」

「そうそう、闇姫が刀を一度返して欲しいと言ってるんだ」

「ああ、それは構わないぞ。元よりその約束だ」

 言いつつ彩華は、いた刀を腰から外し俺に差し出した。

「すまんな、一旦預かるぞ――」

 俺は言って受け取った刀を、

「――ほら、これで良いのか?」

 闇姫に差し出しながら言うが、闇姫は受け取らず、

『神楽君、違うよぉ』

「はい? 何が違うんですか?」

『神楽君は本当に鈍いなぁ。

 それを神楽君が使ってぇ、帝の兄貴と闘うんだよぉ』

「はい?」

『うん、良いお返事だよぉ、神楽君』

「はい? あっ、いやいや、そう言う返事じゃなくてですね――」

『何言ってるのぉ。「はい」って言ったらぁ、「オーケー」とかぁ、「わかりました」とかぁ、「任せて」とかの意味なんだよぉ。神楽君知らないのぉ。駄っ目だねぇ』

 頭を抱えた俺は、語尾を上げない『はい』と、語尾を上げる『はい?』との意味の行き違いで、闇姫と契約した事を思い出していた。

「で、ですがね闇姫さん。刀を振った事なんて無いよ、俺」

『神楽君、何情けない事言ってるのかなぁ。そんなの適当に振ってれば大丈夫だよぉ』

「えっとですね、それじゃ駄目でしょう」

『だってぇ、その「スパット君」は、彩華ちゃんから学んでいるんだよぉ。黒と一緒で勉強家なんだよぉ。すごいんだよぉ。

 だからぁ、任せておけばバッチグ~なんだよぉ』

「闇姫さん、ナイスなネーミングですね。『バッチグ~』と合わせて、いつの時代の人ですか? 

 それと――なんだか、非常に不安な言葉を交えて聞きましたが、仕方ないですね。

 わかりました、やってみるさ」

 決心した俺は、手に持っていた刀を見よう見まねで腰に佩いた。それを見ていた帝が、

「話がまとまったようだね――」

 言って向き変えると、執務机背後の掛け台にある刀をおもむろに取り、腰に佩いた。そのままのゆったりとした動作で再び俺と向き直ると、落ち着いたやや低い声音で、

「――さあ、始めようか」

 開始の宣言が狭い部屋に響いた。

 同時、俺は右手をつかにかけ、腰にひねりを溜めて、右前に構える。対して帝は、右足を前に自然体のまま刀を鞘から抜くと、正眼に構える。

 張りつめた空気が聞かせる幻聴なのか、耳障りな高周波が頭の中に鳴り響く。室温が急激に下がったように空気が重く、一秒一秒、時の進みが突き刺すように痛い。

 直後。


 シャ、シャン。


 唐突に背後から聞こえた音に、小さく弾むように体を揺すった俺は刀を抜こうとする。

「――あれ?」

 が、抜けない。

 刀自身がその身を抜かせなかったのだろう。

 刹那、部屋の空間が広がる。周りのイスが、机が、壁が、俺達を中心に離れて行く。やがては俺達の周囲をグルリと囲む先の見えない暗黒の空間に消えて、広大な平面の空間となった。

 超常の現象に、

「結界?」

 言いつつ、音が聞こえた背後に振り向いた俺の目に映るは、鈴音とその脇に立つ錫杖しゃくじょうを持った黒フリルの塊、ではなく、鈴音の契約する『お人形』銀界鬼姫ぎんかいききだった。

 正面へ視線を戻すと、平然と立つ帝は、俺の背後に視線を向けて言う。

「ふむ――結界か、鈴音。だが、俺一人が不利になるものでは無いようだな」

 問われた鈴音は、

「はい。言えば、兄さんの不利を取り払ったと考えて頂ければ良いかと。

 こう見えても私、一応は妹ですので、兄の心配なんかをしますし、あんなんでも生きて帰ってきてもらいたい訳です。

 そんな出来の良い妹に心配をかける情けない兄は、剣術初心者です。

 漫画なんかにあるように、振り回した刀が周りの障害物にぶつかって、抜けなくなって、なんて情けなさに輪をかけるような事態を排除させて頂きました。

 その辺りを大目に見て頂ければ幸いです」

 返す。

「本当に鈴音は、神楽に対しては手厳しいな。まあ、それくらいが丁度良いのだろう。

 結界の件は了承した。神楽も当然異論は無いだろう」

 微妙な笑いを交えた帝の問いかけに俺は、はい、と返事を返しながら思う。

 ――鈴音の厚意はありがたいけど、いざという時の逃げ場が消えた……

 まあ、そんな事を考えているから、情けないなんていわれる訳ですね。

 そうだ、俺を守る結界。

 思い出したように闇姫に言う。

「闇姫、聞いておいてくれ。

 何があっても、俺の結界の発動は無しだよ」

『了解だよぉ、神楽君。

 でもぉ、なんでなんでぇ? そんなんじゃ神楽君なんかイチコロだよぉ。あっ、と言う間だよぉ。痛いんだよぉ。怖いんだよぉ。どうしようかねぇ。困っちゃったねぇ』

 いつも通りの緊迫感の無い闇姫の口調なのだが、実感を込めて言われるより、変に恐怖を感じる気がする。

「あのですね闇姫さん。あまり不吉な事を言わないようにして下さいよ。

 そりゃ俺だって、剣での勝負なら彩華に任せたいと思うよ。

 それに俺を守る結界は、剣術を知らない俺に対するハンディとしては有りかもしれない。

 公正明大を謳う正義の味方という訳じゃないから、自分の有利は残しておきたいからね。

 けれど、それじゃ駄目なんだよ。

 帝は命を賭けた真剣勝負を望んでいると思う。

 だからそこは条件を五分にしないと、帝に失礼だと思うんだ」

『ふ~ん、そういうもんなんだぁ。

 じゃあ、わかったよぉ、そうするよぉ』

 話が一区切りしたところで、

「自ら勝ちを捨てたか――その心意気は買うよ。

 では、再開と行こうか」

 帝は言うと、先程と同じく、僅か右足を前に出した自然体で、おもむろに鞘に収めていた刀を抜くと、正眼に構える。

 対する俺は、はい、と答えると、先程と同じく、柄に右手をかけて右前に構える。

 瞬時に結界内の空間は、凍てつくような痛みを感じる空気が支配する。


 カサリ。


 小さく布地の擦れる音が俺の耳に入る。

 反射的に僅かに体が動き、柄にかける右手に力が入る。

 が、違和感。

 原因は、眉をひそめる帝の視線が俺の背後に向けられている。

「今度は何だ、彩華」

 帝が言うと、刀を鞘に収めた。それを見た俺も全身から力を抜き、右手を柄から外すと、振り向いて背後の彩華を見る。

 彼女は小さく手を挙げていた――ああ、擦れ音は彩華ですか。

「す、すみません――」

 彩華は申し訳なさそうに先ず謝ると、

「――な、流れを止めた事は申し訳なく感じております。ですが剣を学ぶ先達として、神楽に一言助言をと、思ったしだいで……

 よろしいですか?」

 微妙に間を外して恥ずかしさを感じたのか、僅かに桜色を頬に浮かべて言った。

 大きく息をいた帝は、

「まあ、今更駄目だとも言えないだろう――」

 言うと、

「――だが水を差すのは、これで最後にしてくれよ」

 眉根を寄せて不機嫌な様子であった。仕方なく俺は、

「すみません。お言葉に甘えて、少々時間を頂きます――」

 帝に一言断ると、

「――彩華、助言はありがたいが……まあ良いか。

 で、何だった?」

 問う俺に、彩華は厳しい表情で、

「なあ神楽、剣術を学んだ事は無いのだろう」

 逆に問いかけられる。

「ああ――強いて言えば、軍の訓練で多少、と言っても、まあ体育で習うレベルかな」

 答える俺に、ならば、と前置きした彩華は、

「――相対するなら抜刀ではなく、刀は抜いて構えて対峙した方が良いぞ」

 言われた俺は、当然意味がわからず、首を傾げると彩華は、

「流派や使い方にもよるが、基本的に抜刀術は、不意打ちに対する護身の剣術だと私は思う。

 攻撃面では、間合いやタイミングを取らせにくい等あるが、素人のお前には無縁の事。かなりの使い手でないと、実践において使いこなす事は難しいぞ。

 簡単に考えてみろ、刀を使った事のないお前が、鞘から抜いて刀を振るのと、既に抜かれた刀を振るのでは、どちらが早い?」

 珍しく長々と言葉を連ねた。

「はあ――だが闇姫は刀に任せれば大丈夫と言っていたが」

「私もその刀を使っていたからわかるが、補助はしてくれる。だが、あくまでも補助だ。剣術素人のお前が、例え補助があったとしても、抜刀術が使えるとは思えん」

「はっきり言われると、何だかショックだな。

 で、そういうものなのか?」

「ああ、そういうものだ。

 だから、刀を抜いての五分ごぶ対峙たいじした方が、お前の生存確率は僅かに上がるだろう」

「えっと、またもや衝撃を受けましたよ。

 僅かですか?」

「うむ、僅かだ。

 だが、僅かでも良い。零よりマシだ。

 私は神楽に死んでもらいたくないのだ」

「ちょ、直接的な表現をありがとうございます。では、その僅かな期待に答えれるよう最大限の努力を致します」

「負けるなよ神楽――」

 俺だけに聞こえるように彩華は呟くように言うと、

「――私からは以上だ」

 続けてはっきりと言って、うつむき加減で俺の両肩に手を置き、強引に向きを変えさせられた。

 帝と俺は再々度向き合った。

 そして再々度の開始の合図を帝へ送る前に、俺はそのまま背後の闇姫に、

「闇姫、俺に万が一の事態が訪れた時、わかってるね」

『うん、大丈夫だよぉ。銀ちゃんが始末してくれるから、オーケーだよぉ』

「なんだか軽い言葉ですね。まあ良いでしょう。

 鬼姫も頼んだよ」

『神楽様、万が一の時はわかっているでございますです。

 が、そんな事はしたくないのでございますですわ。

 ですから、御武運を祈っているのでございますです』

「ありがとうな、鬼姫」

 正面の帝を見据みすえたまま言った俺は、一度大きく深呼吸すると、姿勢を正し深く頭を下げた。

「長らくお待たせいたしまして、申し訳ございませんでした。再々度となりますが、お願いいたします」

 俺は言うと、下げていた頭をゆっくりと上げ、再び帝を正面に見据える。対する帝も、

「では、始めよう」

 一つうなずいた。

 突き刺すような痛みを感じる空気が漂う空間で、俺と帝はほとんど同時に刀を鞘から抜くと、正眼に構えて対峙した。


 待った無しである。


 剣術勝負となって、焦りが見える神楽を落ち着かせようと、そして、余裕の笑みを浮かべる帝を少しでもいらつかせようと、鈴音と彩華のそれぞれが、申し合わせたように神楽に対して行った厚意も既に終了した。これ以上は止める手だてが無い。

 手段選ばずならば、下らない茶々を入れる事によって、一時的には停止できる。だが、それは助けるはずの神楽を逆に追い込む事になるだろう。

 故に鈴音も彩華も、黙って見守るしかない。

 そんな二人が『生きて戻ってきて欲しい』と祈るような気持ちで神楽を見つめる中、

 ――えっ? に、兄さん!? ――

 ――か、神楽! 何を? ――

 思わず声に出そうになるのをこらえた。

 二人が見る正面、神楽が正眼に構えた刀を、大きく上段やや右寄りに構え直すと、一拍、

「――ふぁ」

 初めての事で緊張や照れがあったのか、空気の抜けたような少々情けない掛け声と同時に袈裟懸けさがけに刀を振り下ろす。

 直後、金属のぶつかる不快な高音が僅かに響く。

「ば、馬鹿か!」

 思わず彩華の口から出た。が、神楽の姿に違和感を見た。

「に、兄さん!」

 朱に染まって行く神楽を見て、鈴音が叫ぶ。

「――へっ?」

 瞬間、神楽には何が起きたのかわからない。ぼやけた意識と朱に染まって行く視界、そして口の中に錆び鉄の味を感じながら神楽は思い出していた。

 ――声が聞こえたんだ。『袈裟懸けに振り下ろせ』と。あれは多分刀の声。

 それに従って、刀を構えて振り下ろした。

 だけど、それを帝は刀で防御したはず――

 そして気が付く。神楽自身、そのはずの体勢と、全く違う体勢になっている事に。

 振り抜いている。刀が床に突き刺さりそうな程。

 更に神楽は思う。

 ――刀を止められた感触はあった。今頃は鍔で競っているか、それとも弾かれ、返す刀で、られていてもおかしくないだろう。

 ああ、そうか、それだ。

 これは俺の血の味か。

 斬られたんだ。

 やられた訳だ。

 すまんな彩華、ごめんな鈴音、申し訳ない闇姫、鬼姫。

 悪いが、闇姫の暴走だけは止めてくれよ――


 唐突に神楽の目の前を遮っていた朱の壁が無くなった。そして視界が開けた直後、部屋が再構築されて行く。


 ――鈴音が結界を解いたのか。つまりは勝負がついたという事だな――


「いやぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 同時、結界の解けた空間を裂くような鋭い叫びが、室内に鋭く響き渡った。

「やめてぇぇぇぇぇぇえええええええ!!」

 直後、よく似た金切り声が別方向からもう一つ。

 二つの叫びはほうけていた神楽の意識を、現実へと引っ張り戻した。


 ――ああ、痛みを感じないな。あまりの深手を負うと、感覚が麻痺するって言うからな――


 神楽の開けた視界、その左目には駆け寄ってくる社守静やしろもりしず。右目には同じく駆け寄ってくる社守と瓜二つの女性、間違い無い、二守瑠理ふたつもりるりが映っていた。


 ――あれ? 何で社守軍師に二守筆頭が? 鈴音や彩華じゃないのか? ははは、あまりの不甲斐ふがいなさに愛想を尽かされたかな――


 二人の女性が駆け寄ってくる神楽の目の前には、折れた刀を支えにして片膝をつき、白地の着物が朱に染まった天命あまめノ帝がいた。


 ――へ? 帝? 何故? 何しているのですか? その傷は? 誰が? って、俺か? 俺がやっちまったのか? ――


 神楽の袈裟懸けに振り下ろした刀は、防御した刀ごと帝の体を文字通り袈裟懸けにしていた。


 帝は顔を神楽に向けると一拍後、

「――見事だ」

 一言だけ口に出した。

 そんな帝の間違いなく死に至る深手を見た神楽には、返す言葉が見つからないのだろう、

「――み、帝。こ、こんな事って……こんな事になって……こんな事は……」

 同じ言葉を繰り返すのみであった。

 帝の両脇に立つ社守静と二守瑠理が無言のまま、深手を負った帝を支えると、その場に寝かす。

「すまんな、瑠理、静。辛い思いをさせたな――」

 口を開いた帝は一息、

「――ん? 瑠理、駄目じゃないか素顔をさらしては――」

 再び一息、

「――静、俺の前では裏の人格でいろって言ったのに――」

 更に一息、

「――瑠理、静、泣くな。これは俺達で決めていた事だろう。

 今後は神楽達をしっかり支えてやるんだぞ」

 言うと、帝は社守と二守に体を起こさせる。

 二人が支え上半身を起こすと、再び神楽と向かい合い、

「――俺には跡継ぎがいない。

 ……だから、俺を倒した神楽……お前がこれから……この国の王となる……良いな。

 静、瑠理、鈴音、彩華……お前達が立会人だ」

 この言葉に神楽は目を大きく見開いて、

「ちょ、ちょっと待って下さい。

 い、いきなり王って言われても、な、何も俺はそういうつもりは、いや、そんな大役は――い、いやそれよりも、まだ治療すれば、今からでも遅くありません。

 ほ、ほら、社守軍師も二守筆頭も言って下さい。鈴音、彩華も何とか言ってくれよ」

 口に出てくる言葉を連ねるが、帝は何も言わずただ穏やかに笑っている。見守る社守も二守も、黙ったままかぶりを振り、そして鈴音と彩華は何も言わず、ただ俯くだけであった。

「……神楽、鈴音、彩華……俺のわがままに付き合わせてしまって……お前達には……申し訳なく……思っているよ。

 ……静、瑠理……後の事は……頼んだよ……」

 言い終えると天命ノ帝は、静かに目を閉じた。

「わ、わがままって? み、帝? 答えてくださいよ」

 神楽の問いかけにも、もう反応してくれない。

 神楽はそんな帝を揺り起こそうとしたのだろう、両の手を帝の肩にかける。だが、揺する事が出来ない。

 神楽にはわかっている。もう、今更という事が。

 素直に両親の敵討ちと言えず、いろいろと理屈をつけて自身の正義のためと、行ってきた事が全て終わった。

 それは、天命あまめの血脈がここで途切れたという事でもあった。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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