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誰がために 13

「神楽、いよいよだな、頑張れよ」

「ああ」

「兄さん、この時が来てしまいましたね。頑張って下さいね」

「ああ――って、彩華、鈴音、何で他人事なんだ?」

「そういう訳ではないぞ――」

「そうですよ。兄さんは私達の代表なのですから、全てをお任せしました、という意味ですよ――」

 言った彩華と鈴音は揃って、頼りないけど、と付け加えた。

 俺は、やれやれ、と一つ息をくと、

「まあ、何とでも言って下さい。

 とりあえず、こんな俺でも任された以上は、全力を尽くしますよ」

 一応言い返しておいた。


 俺達は今、神国天ノ原の首都『本都ほんと』、その要衝『本殿ほんでん』の真正面、御門前にいる。

 時間は、午後三時を回ったところ。先程、おやつだなんだと変な歌を騒ぐように歌う、俺の契約する『お人形』黒鬼闇姫くろきやみひめに、買っておいたお菓子を渡して黙らせたところである。

 この時間は『本殿』敷地内の庁舎が業務を行っており、大きく開かれた御門を行き交う人がまだまだ多い。

「一度部屋に戻ってから、報告に行こう」

 言った俺に、彩華と鈴音が、「うむ」「わかりました」と返事を返してきた。


 俺達が『北浜』を出たのは、二日前の事である。『本都』には、本来なら昨日到着していてもおかしくないのだが、そこは役目として、同じ魔法使いであるヘリオ・ブレイズやアリエラ・エディアス達『離反組』の捜索を行いながらであったため、一日余分に時間を必要とした――とはいえ、往路は理由はどうあれ一週間程かけた訳だから、復路はかなり手を抜いているように取られても仕方ない。

 実際のところ、真っすぐ『本都』に戻っても良かった。だが、こんな俺達でも一応軍人である。しかも俺達は過去に一度『離反組』を相対しながらも、取り逃がしている。そんな訳で受けた命の実行は、例え建前でも必要と考えての行動である。

 後に帝に報告というのも、当然『離反組』捜索の結果を伝えるためのものであるのだが、その本題に対しては、全くの手ぶらである。

「なんだ、帰り道は手ぶらでさっさとご帰還か?」

 等々、とある文官どもの嫌味いやみに対しても、一応の防衛策として、建前の行動は必要でもあった。


 部屋に戻ると、俺は居間の片隅に、彩華と鈴音は『魔の部屋』……いや、客間に荷物を置いた――って、彩華さん、鈴音さん、自分の部屋はどうしたんですか? というツッコミは今更である。

 俺は鈴音と彩華が来るまで、仰向けにゴロリと寝転んで、ぼんやりと天井を見上げ、ふと思うは、

「――アリエラやヘリオはどうしているかな。そもそも、何処にいるんだろう。変にかつぎ上げられていなければ良いのだが……まあ、ヘリオがいるから大丈夫か」

 今回の目撃情報を活かせなかったため、いまだに行方をつかめていない『離反組』の事であった。

「――もっともあいつらより、こっちがおかしな事になっちまったよ。

 全く困ったもんだ――」

「何が困ったんだ、神楽」

「兄さん、また声を出しての独り言ですか? 傍目はためにおかしく映りますよ」

 声が聞こえた開けっ放しの扉の方に視線を向けると、彩華と鈴音が、穏やかな笑み……いや、非常に優しい笑顔で立っていた。

「またやっちまったのか、俺」

「うむ、残念ながらいつもの事だな」

「いつも誰とお話をしているのですか? あまり度が過ぎると、慣れている私達でも引きます」

 毎度ながらの彩華の真っすぐな物言いと、鈴音の辛辣しんらつな言葉であったが、表情はその言葉に似合わず、非常に優しい笑顔だった。

 ――お二人さんのその笑顔、精神的に非常にこたえます。できれば、言葉と表情は一致させて頂きたい。

「神楽、いつまでゴロゴロしている」

「そうですよ兄さん、早く起きて下さい。全くノロマなんですから、先に行っちゃいますよ」

「あ、こら、ちょっと待て――」

 と、俺は嫌な記憶を思い出した。

 ――ここは、一つずつ確認するぞ。先ず足はしびれていないな、よし。彩華や鈴音の手は届かないな、よし。足にも力は入るな、よし。

 俺は体を起こし立ち上がり――フラ? って、まさかの立ち眩み? ですか?

 次の瞬間、鈍い音と、音のイメージピッタリの鈍痛が体中を駆け巡っていた。

「………………」

「何をしているんだ、なんともならん奴だな、神楽」

「またですか、いいえ、ま・た・ま・た・ですね兄さん。あまり同じような台詞を言わせないで下さい」

 美人姉妹の容赦のない言葉が次々と、座卓の天板にすねをぶつけて、激痛のあまり声も出せず、涙目状態で脛を抱える俺に突き刺さった。

 ――五分後、ズキズキとうずく痛みがようやく治まってきたところで、大きく嘆息した彩華と鈴音に、

「日頃の鍛錬が足りん」

「そんなに足腰が弱くてどうするつもりですか」

「そんな事で、この先どうするのだ」

「グニャグニャしすぎで頼りのない事です」

 等と騒ぎ立てられ、仕舞には二人揃って、

「「そんな事で、私達二人を相手に出来るのですか?? 今晩、その実力の程を見せて頂きます」」

 と、とんでもない事まで言い出した。放っておくと、それこそ大変な事になりそうなので、

「全て俺が悪い事にして構いませんから、そろそろ報告に行きましょう」

 俺が言うと、美人姉妹からは、

「神楽に――」「兄さんに――」

「「言われたくない!」です!」

 先ず言われ、その後、

「ふん、覚悟しておけ」

「しっかり気合いを入れ直しておいて下さい」

 意味深な言葉が追加されて返ってきた。そんな彼女達に俺は、今度こそしっかりと立ち上がり、

「はい、承知しました。それでは行きますよ」

 言うと、毎度ながらのドタバタに終止符を打って部屋を出て、帝の執務室へと向かった。

 ちなみに帝に会う、いや、謁見えっけんするためには、本来様々な手続きが必要となる。が、俺達は『帝直属の部隊』であり、部隊名に『直轄』と付いている。平たく言ってしまえば、帝は直属の上司であるため、空いている時間なら、いつでも会う事ができる。

 本庁舎の受付で帝の予定を尋ねると、既に本日の謁見の予定は消化して、執務室に在室との事であったため、俺達はそのまま向かう。その途中、

「なあ、彩華、鈴音、部隊章の腕章を持ってきたか? 無いとまたややこしい話になるぞ」

 以前の彩華と近衛のやり取りを思い出した俺は、確認した。もっともあの時は、まだ部隊章を持っていなかったけどと、頭の中で付け加える。

 対して彩華は、

「私はお前と違う。むやみに事を荒立てたりしない」

 以前しでかした事を、すっかり忘れているらしい。

 ――名前や所属を言うだけで、あそこまでもめた人が、何を言うんですか。

 ドスドス!? ――「うぎょ!」

 何故か両側から肘鉄ひじてつが俺の脇腹に決まった。

「兄さん、彩華姉さんに対して失礼な事を考えていましたね。

 あっ、私はちゃんと持ってますよ、腕章」

「そ、それはどうも、失礼いたしました」

 ――てか、話の流れ上、彩華からの肘は仕方ないとしても、何故鈴音まで? それって、おかしくないか?

 ドスドス!? ――「ぐぐげ!」

「鈴音に失礼だぞ。もう一つもらっておいてくれ」

「出血大サービス、誠にありがとうございます」

 これ以上余分な事を考えると、言葉通り……いや、それ以上の出血大惨事となりそうな雰囲気だったので、明鏡止水の心で窓から見える街の風景を目に映しながら廊下を進んだ。

 帝の執務室の手前に到着すると、いつもの如く近衛達が警護に当たっていた。本来ならここでチェックを受けるのだが、『直轄』という部隊名とその証である部隊章を提示した俺達は、所謂いわゆる顔パスというやつである。その際に帝の在室も近衛に確認をした。この時、帝の都合が悪いようなら、『直轄』の俺達でも待つか出直すよう言われるのだが、特別何も言われなかったため、そのまま通り抜けた。

 執務室の扉前に立った俺達は、無言の時がしばし続いた。

「神楽?」「兄さん?」

 ほぼ同時に聞こえた彩華と鈴音の声に我に返り、

「ああ、すまない」

 答えながら周りを見るが、少々離れたところで警護している近衛達は、普段と変わりない態度でいる。多分沈黙していた時間は、俺自身が感じたより、ずっと短い時間だったのだろう。

 俺は自身を落ち着かせるように、一度大きく息を吸い込み、静かにき出した。

 ――別に熱くなっている訳でもない。緊張している訳でもない。我ながらおかしな事をしているぞ。でも、強いて言えば、不安からの行動かな。さてと……

 俺自身に言い聞かせ、眼前の扉を軽く叩く。僅かな間の後、

「どうぞ」

 室内から秘書官の声が聞こえた。

 静かに扉を開き、俺達が入室すると秘書官は、

「奥へどうぞ、皆様を通すよう仰せつかっております」

 と、奥の部屋の扉へと手を指し示した。

 ――俺達が戻っているのは既にご存知な訳だ。まあ、当たり前か。直轄諜報の二守ふたつもり筆頭が既に報告しているだろうからな。

 俺達はその言葉に従って、奥の部屋の扉前に立ち、再び扉を軽く叩いた。

「――どうぞ、入ってきて下さい」

 室内からは社守やしろもり軍師の声が聞こえた。

 俺達はその言葉を受けて、静かに扉を開くと遠慮なく部屋に入り一礼すると、儀礼的に、

「『直轄追跡部隊』筆頭天鳥神楽、並びに――」

 言ったところで、

「まあまあ、顔を見れば、お前達とわかるんだから、かた苦しい挨拶は抜きだ」

 正面の執務机に座る帝が言った。続いて、その隣に立つ、派手な着物で、なまめかしい色香をただよわす女性、社守軍師が、

「神楽ちゃん達、お疲れさまでした……うふふ……あらかた瑠理ちゃんから聞いているわ……ふふ……でもそのお口から、直接聞きたいわ……ふふふ」

 目のやり場に少々困る裏人格で求めて……説明を求めてきた。

 俺は、はい、と返事をしながら、小さく一歩出て、

「――結果は既にご存知の事と思いますので、端的に申し上げますと、『離反組』がいたという痕跡すら見つける事は出来ませんでした。

 己の力不足を痛感いたします」

 言うと、深々と頭を下げた。そんな俺に合わせて彩華と鈴音も頭を下げた。

 そのまま一呼吸置いてから頭を上げて、

「続きまして、探査の方法につきまして申し上げます。

 往路においては、数キロごと……三、四キロごとに、復路は、往路において、手薄だったと思われる箇所に、可能な限り広範囲を探る探査魔法を、複数回打っての探索を行いました。

 概略は以上です。詳細につきましては、後ほど書面にて提出いたします」

 言った俺を少々不満げな表情で見る帝が、

「神楽、一つ抜けていないか? それも重要な事が」

 言ってきた。当然『北浜』での事なのは、わかっている俺だが、

「重要な事――と、言いますと」

 微妙にとぼける。と、今度は社守軍師が、

「あら、神楽ちゃん……ふふふ……『北浜』よ、き・た・は・ま……うふふ……如何でしたか、里帰り……ふふ」

 逃げ道を奪った。

 俺は仕方なく、少々わざとらしく頭を掻きながら、

「あっ、その事でしたか。

 えっと、任務中、申し訳ないと思いつつ、今、社守軍師が言われたように、里帰りという、個人的な事でしたので……大変申し訳ございませんでした」

 輪をかけてわざとらしい言い訳を、再び深々と頭を下げて、しどろもどろの口調で返した――まあ、普段から美人姉妹に対して練習(?)していますから、しどろもどろの口調は極自然ですよ。頭を下げるのも得意ですしね。

「そうか、俺はてっきり――まあ、良いか。

 とにかく頭を上げなよ。

 張りつめた任務の息抜きにでもなってくれたかな」

「はい――ですが、勝手な判断をして、本当にすみませんでした」

「それは良いから。とりあえず、命を任せたからには、お前達をその命以外、束縛そくばくするつもりも無いし、必要なら、息抜きも自由だよ――」

 帝は言葉を切って茶を一口含むと、しかし、とつなぎ、

「――このところは『離反組』に出し抜かれているようで、少々情けないぞ――」

 更に一息入れると、

「――どうだ、今の任から一度離れてみるのも良いだろう?」

 その言葉は、事実上の更迭こうてつと取れた。

「そ、それは――」

 その言葉に少々焦る俺の返事をさえぎるように帝は、

「深い意味は無いよ。広範囲を操作するなら、音無達の諜報部の方が適任だろう。

 その代わりと言っちゃ何だが、しばらくは反抗活動に対しての制圧に回ってくれ。

 そうだな――先ずは最近何かときな臭い話を聞く『キノモ』辺りがいいだろう。

 そうそう『直轄』の名は、お前達に預けておくから、自由に使ってくれて構わないよ」

 つまり帝は俺達に、『サーベ』の時のように、一般の領民達を相手に力を使えと言っている。

 つまり帝は俺達に、これから事を起こすかもしれない連中に、その可能性があるからつぶせと言っている。

 つまり帝は俺達に、ほぼ確定となった仮定の話、両親を暗殺した実行犯と同じ事をしろと言っている訳だ。

「た、大変申し訳ございませんが――」

 と、俺が言ったその時、穏やかだった帝の表情が急激に変化した。

 眉根を寄せ、眉尻、そして目尻を急激な角度で跳ね上げて――だが、非常に静かであり、何故か口元は緩やかに上がっている。怒り、不満、そして喜びが混在した、複雑な感情を表に出している。

 今まで見た事がない感情を表に出した帝に、俺が気圧けおされ言葉を止めると、帝はそのまま複雑な表情でゆっくり、静かに口を開いた。

「なあ神楽。俺はお前達の特殊な事情故、甘やかしが過ぎたようだな。

 よく聞けよ、ここにいる静や瑠理はもちろん、音無おとなし大石原おおいしのはら、そしてあの口うるさい宮内みやのうちに、ヘタレと言われている天守あまのもりでさえ、俺の命には原則二つ返事だ。

 俺が聞きたいのは、お前の意見や考えではない。求める返事は一つだ。

 さて、返事はどうかな」

 言われた俺はうつむき、

「………………」

 答える事が出来ない。

「神楽――」「兄さん――」

 彩華と鈴音が不安気に声をかけながら、覗き込もうとする。そんな俺達を気に留めず帝は、

「神楽、まだわからんかな。

 お前達は、俺の持ち駒なんだよ。いや、お前達だけではなく、この軍の兵士、いや、この神国天ノ原全てが、俺の持ち駒なんだよ。

 まあ、もっとも道半ばだがな、それが俺の目指すものだよ。

 ん? なんだ神楽、良い顔になったじゃないか――」

 ――いや、俺が使えていたのは違う。

「――ちょっとは理解できたか? これは『争いを無くすため』しかたないことだろう。

 だから、俺への反抗も許さない。

 お前達もそう思うだろう――」

 ――確かに俺の願いはそうだが、意味が違う。

「――これはな、受け継がれてきた『天命ノ帝』の使命なんだよ。

 だから、先代も反抗するやからを、手駒や捨て駒を使って、粛正しゅくせいしてきたんだよ――」

 帝は、今までの険しくも複雑な表情から一変、穏やかな表情へと変わり、

「――お前達の両親も、その対象だっただけの話だよ」

 告げた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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